第147話:翻訳家は、消えた
■Scene1:釜山・翻訳アトリエ「言の葉工房」
凛奈と舞衣は、釜山港近くの静かな住宅街にある一軒のアトリエを訪れていた。
看板には小さく「言の葉工房」と書かれている。
そこは――舞衣の“先生”が住み込みで使っていた場所。
先生の名前は上原つかさ(うえはら・つかさ)。
40代半ば、日本生まれ。韓国と日本を行き来する翻訳家であり、特に外交文書や映像翻訳を得意としていた。
舞衣:「……1週間前までは返信あったの。でも急に……」
扉は開いていた。
中に入った瞬間――微かな鉄の匂いが鼻を刺す。
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■Scene2:部屋の異変と、翻訳途中の原稿
室内に人の気配はなかった。
だが、床には血のような痕が点々と残り、デスクの上には開いたままの翻訳原稿があった。
『原文:중앙 정보실 보안 경로는 ……』
『訳文:中央情報部のセキュリティ経路は……』
途中で、文字はにじみ、ペンのインクが断たれていた。
凛奈:「“中央情報部”……これは、政府関係の機密文書……?」
ジウン(電話越し):「凛奈さん、その文書はネット上に出回っていないです。
つまり、非公開文書の翻訳中だった可能性があります」
舞衣は震える声で呟いた。
「先生……もしかして“何かの翻訳”が原因で――」
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■Scene3:警察と、すれ違う調査
その後、凛奈と舞衣は釜山警察に事情を伝えるが――
刑事:「証拠が曖昧すぎる。翻訳中に家を空けることはよくある。
“血痕”も微量。事件性は“現時点では判断保留”だ」
凛奈:「……この“判断保留”が、一番命を奪うんです」
刑事:「なら、あなたたちは探偵か何か?」
凛奈は静かに答える。
「ええ、ちょっとだけ」
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■Scene4:残されたUSB、“声の鍵”
事務所に戻った凛奈は、アトリエから持ち帰ったUSBメモリを解析する。
中には音声ファイルが1件。
【音声】
「もしこれを聞いてるのが凛奈ちゃんなら、お願い。
私の訳した文書は“誰かにとって不都合”だったみたい。
この声が、証拠になる。……もう、翻訳者の命も狙われてるの」
声は、つかさ本人のものだった。
凛奈:「……“翻訳”は、ただの作業じゃない。
言葉は、真実を“別の形”で見せてしまう。
それが、誰かにとっての“脅威”になる」
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■Scene5:背後の組織と、迫る危機
夜、事務所のPCに外部アクセスの痕跡が確認される。
ジウン:「凛奈さん、これ……つかささんのPCからアクセスしたログです。
でもIPは――市内某所、廃ホテルからのもの」
凛奈:「つまり、つかささんはまだ――生きてる」
兄・テヒョンが言う。
「でもな、その“誰か”が彼女の口を塞ごうとしてる。
翻訳家殺害の前兆じゃないか?」
凛奈は、胸ポケットのキムチにそっと触れた。
「今度は、“声”を救いに行く。
言葉の最後に、“命”が乗ってるから」




