第142話:匿名者たちのアトリエ
■Scene1:西面アートビル、午前11時
翌朝、凛奈は再び西面の一角へ向かっていた。
封筒の中にあった紙の隅には、消しかけたように書かれた数字があった。
“11F/27B”
「11階、27番の部屋……アートビル?」
釜山の新興ギャラリーが入った雑居ビル。
その最上階にある“元アトリエ”が、最初の目的地だった。
同行するのは秘書のジウン。
兄や姉には“今日は撮影準備”とだけ伝えて出てきた。
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■Scene2:部屋の奥、塗り込められたキャンバス
27番の扉は、鍵こそかかっていなかったが、封印するかのように前に古い絵が立てかけられていた。
「これ……誰の作品?」
「匿名アーティスト“Yeon-Z”(ヨンジー)のものだと思います」
「え、ヨンジーって……“失踪画家”?」
ジウンの言葉に、凛奈の背筋が僅かに震えた。
「5年前、個展の途中で失踪した人物。その後、作品だけが各地に出回ってるんです」
部屋の中には誰もいなかった。
だが壁には――手紙の文面と同じ言葉が、絵の中に書かれていた。
“君は、笑ってはいけない”
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■Scene3:浮かび上がる疑念、演出か犯罪か
事務所に戻った凛奈は、改めて整理を始める。
・主演女優に届いた手紙(第1通)
・凛奈宛の手紙(第2通)
・路地裏に落ちていた手紙(第3通)
・アトリエで見つかった言葉(第4の痕跡)
「どれも、“釜山の裏”を示してる。でも、演出にしては雑じゃない?」
「つまり、本当に“失踪画家”と関係してる?」
「もしくは……その名前を使って、“誰か”がこのドラマ現場を止めようとしてる」
ジウンはふと、机の隅を指差した。
「凛奈さん、これ……差出人不明の招待状です。届いたのは昨日の夜」
封筒の中には、カード一枚。
『Yeon-Z、再演』
―場所:旧劇場・クロエ館/深夜0時集合
「これって……来いってこと?」
「ええ。たぶん、“次”が動き出します」
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■Scene4:深夜、クロエ館の扉が開く
釜山港に近い、古びた劇場“クロエ館”。
今は閉館し、取り壊し予定だったはずの場所。
深夜0時。
凛奈は単独でそこへ向かった。
姉にも、兄にも、ジウンにも知らせず。
(こういう時、動いちゃうんだよね……)
扉を開けると、ロビーの床に一枚の絵が置かれていた。
明らかに――最近描かれたもの。
赤い服を着た少女が、キムチを手にして笑っている。
だが――背景には、黒く塗りつぶされた人々。
「これ……私……?」
その時。
照明の切れた館内に、微かに足音が響いた。




