第140話:さようなら、八ヶ岳 ― 長野からの帰還
■Scene1:静かなる出発
竜岡城駅から小海線に乗り、野辺山駅、そして小淵沢駅へ。
中央本線で松本へ出て、そこから新幹線「あずさ」と「はくたか」を乗り継ぎ、東京駅へ。
東京駅構内のカフェで一息ついた私は、スマホを開いた。
【帰国便・搭乗案内】と表示された画面に目を落とし、ふと息を吐いた。
(日本よ、またしばらく――)
私は羽田空港第3ターミナルへと向かい、
チェックインを終えると、夜の便で空へと舞い上がった。
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■Scene2:釜山の街、ただいまの音
約2時間後――
私を乗せた大韓航空機は釜山金海国際空港へと着陸した。
母の梵夜が迎えに来てくれていた。
「おかえり、凛奈。大変だったね」
「ただいま。けど……これでようやく、ひと段落だよ」
運転席に座る母。助手席に座る私。
窓の外に広がるネオンの海が、静かに再会を祝ってくれているようだった。
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■Scene3:小さな箱の中の、長野の匂い
事務所に戻ると、兄・泰亨と姉・信恵が出迎えてくれた。
「やっと帰ってきたー!」
「日本は寒かった?」
「ううん、優しかった。あと――お土産、あるよ」
私は小さなスーツケースから、長野の名産を取り出す。
・八ヶ岳ジャージー牛乳のバターサブレ
・野沢菜漬けとりんごチップス
・清水牧場のチーズセット
・川上庵の信州そば(お取り寄せ用)
・五稜郭で買った“星型お守り”
兄と姉の目が輝く。
「おおーっ、これめっちゃ高いやつじゃん」
「チーズにそば……最高」
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■Scene4:父とのひととき、そして茶碗蒸し
地下にある日本料理店で、父・洋佑が晩飯の仕込みをしていた。
「凛奈、おかえり」
「うん、ただいま」
厨房に入り、私は背中越しに問いかけた。
「また事件、巻き込まれちゃった。でも……良かったと思ってる」
父は黙って茶碗蒸しの蓋を開ける。
その香りが、何よりの“おかえり”だった。
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■Scene5:事務所で秘書と語らう
夜、私は探偵兼芸能事務所のオフィスでデスクに座った。
秘書のジウンが、温かいお茶を持ってきてくれた。
「長野はどうでしたか?」
「冷たくて、あたたかかった」
ジウンは笑いながら、こう返した。
「凛奈さんは、行く先々に“真実”を置いてきますね。
それって、きっと“誰かの心に火を灯す”ってことです」
私は少し照れながらうなずいた。
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■Scene6:夜のベッド、キムチは枕元に
部屋に戻り、パジャマ姿でベッドに横たわる。
カバンの横には、旅先で拾ったキムチの小瓶。
今日は食べない。
今日は、過去に戻る必要なんてない。
「おやすみ、八ヶ岳。
おやすみ、日本。
私は、ここでまた――目を覚ますよ」
電気を消す。
静かな夜。物語の一区切り。




