第2話『しまなみ海道と、秘密のノート』
愛媛での再会から少し時間が経って――
今度は、母と娘たち、そして私とで向かう小さな旅。
舞台は、海と空と橋が繋ぐ場所――しまなみ海道。
過去に囚われていた心が、少しずつほぐれて、
笑い声が風に溶けていく。
これは、“事件のあと”を描く物語。
それぞれの未来へ進むための、大切な通過点。
ひとつの橋を渡るたびに、
私たちは少しずつ“明日”へと近づいていく。
■Scene1:出発は今治から
朝の今治駅。
薄曇りの空の下、私たちは小さく手を振り合って集合した。
今回の旅は、再会を祝うものでも、未来を見つめるものでもある。
けれど何より、それぞれが少しだけ「自分を許せる」ようになるための時間だったのかもしれない。
目的地は、しまなみ海道――
レンタカーを2台借りて、今治造船を見学したあと、島々をつなぐ橋を渡り、大島、伯方島、そして大三島へ。
助手席で窓を開けていた舞衣が、風を感じながら言った。
「この橋を渡るとき、なんか心が自由になるの。海と空が、ひとつになる感じがするんだ」
海と空の間を走る車。
その風景は、まるで心の中の“過去と未来”をつなぐ架け橋のように思えた。
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■Scene2:大三島で見つけた手帳
大三島にある大山祇神社。
古木が並ぶ参道を歩き、御朱印を受けたあと、小さな文具店に立ち寄った。
懐かしさを感じさせる木製の棚と、手描きのラベルが貼られた文房具たち。
その片隅で、紗菜がふと手に取ったノートを、私に差し出してきた。
「凛奈ちゃんに、これを渡したかったんだ」
それは、3人の娘たち――紗菜、ひより、舞衣が交代で書いたメッセージノートだった。
ページをめくると、そこには優しい筆跡が並んでいた。
《困ったとき、泣きたいとき、
いつでも私たちを思い出して。》
プリクラの写真が1枚。3人の笑顔と、私の似顔絵が寄り添っていた。
思わず胸が熱くなって、私は言葉を失ってしまった。
でも、心の奥は静かに、何かに守られているようなぬくもりに包まれていた。
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■Scene3:伯方島の塩ラーメンと笑顔
昼食は伯方島の人気ラーメン店へ。
伯方の塩を使った透明なスープに、細麺とチャーシューが浮かぶ。
「伯方の塩、最高!」
ひよりが豪快にスープを飲み干しながら、満面の笑顔を見せた。
その姿を見ていた綾香さんが、ふっと目を細めた。
「事件のときは、泣いてばかりだったのに……
こうして笑ってるのが、今でも信じられないの」
「それだけ、強くなったんですよ。――母親も、娘も」
私はラーメンを一口啜りながら、そう返した。
言葉にすることで、私自身もようやくそれを実感していた。
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■Scene4:橋の上の約束
多々羅大橋の歩道を、全員で歩いていたとき。
風が吹き抜け、しまなみブルーが遠くまで続いていた。
そのとき、美智子さんがふと立ち止まり、空を見上げた。
「こうして、未来を歩けるのも……あの時、凛奈ちゃんが来てくれたからよ」
言葉の重みを、私は静かに受け取った。
“誰かのために動いた記憶”が、こうして人の未来に残ること――それは、探偵として何よりの報いだった。
「ねえ、今度韓国行くとき、キムチ一緒に漬けよ?」
ひよりが楽しそうに私を見上げる。
「いいよ。市場で材料を選ぶところから、全部一緒にね」
旅はまだ続く。でも、このひとときは、永遠に記憶に残ると確信していた。
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■Scene5:日が沈むころ、瀬戸内の風
帰り道。
車の窓の外に広がる海が、夕焼けに染まっていた。
太陽は西の空へと沈みながら、瀬戸内の穏やかな水面に金色の光を落としている。
志津香さんが、ハンドルを握ったままぽつりとつぶやいた。
「娘って、不思議な生き物よね。
あんなに小さかったのに……今は、私を追い越しそう」
「大丈夫。ちゃんと追い越させてあげればいいんです」
私は助手席から微笑みながら言い、
後部座席で眠りかけていた舞衣に目をやった。
親子の絆は、“離れる”ことで深まることもある。
私も、そうだったから。
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■Scene6:また、韓国で
夕方。今治駅に戻ると、夕暮れが街全体を柔らかなオレンジ色に包んでいた。
「じゃあ、約束ね。今度は私たちが“韓国”に行く番」
綾香さんが右手を差し出し、母たちがその手に重ねる。
娘たちも笑いながら手を添え、ひとつの輪になった。
私はその輪の上に、そっと自分の手を重ねる。
「うん。待ってる。みんなで、また会おうね」
この旅の終わりは、きっと新しい始まり。
キムチと記憶を胸に、
私は次の「誰かの真実」へと歩き出す。
事件の痛みも、涙も、忘れたわけじゃない。
でも今では、それ以上に笑顔が思い出されるようになった。
誰かを守りたかったあの日。
誰かに守られていた今日。
そして、誰かと共に進んでいく明日。
旅が終わっても、絆は消えない。
むしろ、こうしてまた新しい「約束」をくれる。
「次は、韓国で――一緒にキムチを漬けよう」
きっとこの約束も、いつか叶う。
そう信じられるようになったのは、私が“探偵”だからじゃない。
誰かと心で繋がれたから。
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また、“キムチの記憶”とともに、次の物語でお会いしましょう。




