第1話『再会の街、松山で』
探偵として、女優として。
どれだけ日々が忙しくなっても、心のどこかで、私はずっと――“あの場所”に戻りたいと思っていた。
愛媛・松山。
かつて事件で出会い、絆を結んだ三組の母娘たち。
あのとき交わした「また会おうね」の約束を、ようやく果たす時が来た。
これは、過去の事件を越えて生まれた“家族のような関係”を描く、静かであたたかな再会の物語。
笑顔と成長と、ほんの少しの涙と。
忘れられない日々が、ここからまた始まる。
■Scene1:あの約束の地へ
青空に白い雲が浮かび、飛行機はゆっくりと愛媛・松山空港へと降下していく。
機内に流れる着陸のアナウンスを聞きながら、私は少しだけ目を閉じ、胸の奥を静かに整えた。
――1年ぶりの、この場所。
機体の扉が開くと、外の空気は暖かく、柔らかく、私を優しく迎えてくれた。
今回、私を迎えてくれるのは、かつて誘拐事件に巻き込まれた三組の母娘。
そして今では、遠い親戚のような――かけがえのない友人たち。
•結城綾香(大王製紙)と娘・紗菜
•倉科美智子 (ユニ・チャーム)と娘・ひより
•村上志津香(今治造船)と娘・舞衣
彼女たちと交わした「また会おうね」という約束が、ようやく今日、果たされようとしている。
■Scene2:ホテルの再会と贈り物
松山市内のホテルに到着すると、ロビーにはスーツ姿の母たちと、制服を着た少女たちの姿があった。
「凛奈ちゃん、こっちー!」
「会いたかったのよ。やっと来てくれたのね」
目を輝かせて駆け寄ってくる紗菜、ひより、舞衣。
1年前より少し背が伸びて、表情もどこか大人びていて、確かに“少女”から“女性”へと歩み始めていた。
私は彼女たちに、韓国のお土産を手渡した。
韓国ブランドのリップティントに香水、そして特製のキムチ詰め合わせ。
「これ、母の分も一緒に選んだんだ」
「化粧品ってさ、香りが韓国っぽくてすごく可愛いの!」
プレゼントを受け取った少女たちは、まるで誕生日を迎えたかのように目を輝かせ、何度もありがとうと笑ってくれた。
そんな姿を見ながら、美智子さんがふと呟いた。
「この1年で、娘たち……すごく強くなった気がするのよ」
私は頷いた。
あの出来事を“ただの記憶”にせず、自分たちの力に変えている姿が、そこにはあった。
■Scene3:道後温泉の静けさ
午後はみんなで、道後温泉本館へ。
歴史の香る湯屋の空気は、どこか時間の流れがゆるやかだった。
木造の浴場、ほんのり香る檜の湯気。
足湯に浸かりながら、少女たちはリラックスした表情で笑い合っていた。
そのとき、ひよりがぽつりと聞いてきた。
「凛奈ちゃん、キムチの力って怖くない?」
私は少しだけ考えてから、静かに答えた。
「……うん。怖いときもあるよ。
でもね、それ以上に“誰かと繋がれる”ことの方が、私は嬉しいの」
ひよりは黙って頷いた。
その横で紗菜と舞衣が「それ、ちょっとカッコイイかも」と無邪気に笑った。
過去を“見る”力。
それは時に残酷だけれど、それを通して誰かを守れるなら――
私はその力と、これからも向き合っていきたいと思った。
三人の少女は、まるで本当の姉妹のように、肩を寄せ合っていた。
■Scene4:母たちの夜の語らい
夜。娘たちが部屋に戻ったあと、私たち大人だけの時間が始まった。
松山の街を見下ろすホテルのラウンジ。
グラスの中の赤ワインがゆっくりと揺れ、窓の向こうでは街の灯りが静かにきらめいていた。
「次は、私たちが凛奈ちゃんを守る番よ」
綾香さんがそう言ってグラスを掲げると、美智子さんと志津香さんも笑顔でそれに続いた。
「娘たち、今度は“韓国に行きたい”って言ってるの」
「凛奈ちゃんの家族にも会いたいって」
私はその言葉に、自然と頬が緩んだ。
あの事件を経て、それぞれの家族が一歩ずつ前に進んでいる。
事件で結ばれたのではなく――
事件を越えて、生まれた絆。
そう、今なら胸を張って言える。
■Scene5:それぞれの“未来”
翌朝。
チェックアウト前のロビーで、母たちと短いコーヒータイムを過ごす。
「美智子さん、大学の地域連携に関わってるんですって?」
「ええ。若い人たちに、もっと地元の良さを知ってほしくてね」
「舞衣ちゃん、“船を造る女の人”になりたいって言ってたよ」
「今治造船で職人さんの見学もして、もう夢中みたい」
「紗菜の進路、四国か韓国かで迷ってるんだけど……凛奈ちゃん、どう思う?」
私はコーヒーを一口飲んで、静かに笑った。
「どこを選んでも、大丈夫。
だって――あなたたちなら、“信じて進める”から」
そう答えながら、私は思っていた。
もしあの事件がなかったら、きっと彼女たちと出会うことはなかった。
けれど今は確かに――家族のような存在になっている。
■Scene6:明日へ、またね
ホテルの部屋に戻ると、窓の向こうには松山の夜景。
灯りがひとつひとつ瞬いていて、それが誰かの日常であることを想った。
私はスマホを取り出し、韓国にいる家族へメッセージを送った。
《いま愛媛。みんな、元気そうだよ。
また一緒に、会える日を楽しみにしてる》
そして、スーツケースの中にある小さなキムチ瓶に目をやり、
そっと、旅の終わりと次の始まりを感じた。
この旅は、まだ終わらない。
だけど今日は、笑顔で終われる。
「また、会おうね。みんなの未来で」
私はその言葉を、心の中でそっと呟いた。
事件がきっかけだった。
でも今では、そんな過去よりも――
今日交わした言葉や笑顔の方が、ずっとまぶしく思える。
母たちと娘たちは、それぞれの場所で、強く優しく未来へと進んでいた。
「もう大丈夫」「どこへでも行ける」――そう言える姿に、私も少しだけ勇気をもらえた気がする。
探偵は、人の記憶を辿る仕事かもしれない。
でも私は、こうして“未来に向かう誰か”を見つめていたい。
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“キムチの記憶”とともに、またどこかでお会いしましょう。




