第122話:幻の温泉宿と“雨の入湯手形”──静岡・伊豆“消えた温泉主”の謎
■Scene1:雨の伊豆、消えた宿主
「雨の伊豆って、風情あるよね――」
私は静岡県・伊豆の修善寺温泉街を歩いていた。
前日まで晴れていた空は、今日に限ってしとしとと降り続ける雨模様。
今回の目的は、知人に紹介された老舗温泉旅館**『蓬莱館』**での取材と滞在。
ところが、到着早々、女将から意外な言葉を聞かされた。
「……ごめんなさいね。本来なら主人がご案内する予定だったのだけど……昨夜から、姿が見えないの」
宿の主人・**平山辰蔵(ひらやま たつぞう/62歳)**が、
昨晩“いつもの散歩に出かけたまま戻らず”、携帯も通じないという。
だが旅館内には荒らされた形跡はなく、財布も部屋に残されていた。
そして、彼が最後に手に取ったものは――
「雨の日限定の入湯手形」。
雨が降った日だけ、有効になるという特別な温泉の印だった。
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■Scene2:幻の露天風呂と“手形の伝説”
その手形は、10年以上前に廃止されたはずのものだった。
だが、宿の女将は言った。
「辰蔵はずっと信じてたの。“あの露天風呂は、雨の夜だけ開く”って。
だから、雨が降ると……探しに行ってたのよ、あの裏山へ」
旅館の裏手には、かつての源泉跡がある。
10年前の土砂崩れで閉鎖されたはずの場所――
それでも辰蔵は、**“あの湯が本物だ”**と、語っていたらしい。
私は傘を差し、裏山の小道へと足を踏み出す。
泥に滑る足元。ぬかるんだ道。
だがその途中、木の根元に、足跡と割れた瓶の破片が落ちていた。
そして……濡れた苔の下に埋もれていたのは――
半分に割れた、手形の陶器だった。
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■Scene3:キムチと、静寂の湯
私は小さな岩陰で雨を避け、鞄からキムチ瓶を取り出す。
――古漬けのように熟成された酸味が、ゆっくりと脳を刺激する。
目の前の景色が、夕暮れ時の光に染まっていく。
10時間前、辰蔵は確かにこの道を歩いていた。
「……今年は、あの湯がまた開く気がするんだ」
そう独りごちた彼は、手形を手に、裏山をさらに奥へと進んでいた。
そこには――確かに、あった。
岩の裂け目をくぐり抜けた先に、湯けむりが立ちのぼる空間。
周囲は崩れかけの石垣に囲まれ、源泉がじわじわと湧き出していた。
だが……その奥、ぬかるみの中に辰蔵の杖が突き刺さっていた。
「――!」
私は急いで現在に戻り、地元消防に連絡した。
キムチの記憶が示した場所に向かった隊員たちは、
ぬかるみで滑り転倒していた辰蔵を発見。意識はあり、無事救出された。
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■Scene4:語られなかった“再生の温泉”
辰蔵は、雨の音が聞こえる病室で微笑んだ。
「あれは、もう誰も信じていなかった場所さ。
でもね……あの湯だけは、俺の原点だったんだ」
若いころ、旅館を継ぎたてだった彼は、その露天を自分で掘り当てた。
だが土砂崩れ後、町の決定で埋められてしまった。
その日から、彼は毎年雨の日だけ、あの場所を訪れていたという。
「もう、あの湯を客に見せることはない。けど……
あの湯にだけは、“自分”を思い出させてもらえるんだ」
私は静かに頷いた。
“場所”には、物語が宿る。
そしてその物語は、忘れられそうになったときにこそ、誰かが見つけてあげる必要がある。
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■Scene5:再び灯る湯の名
数日後、「蓬莱館」では、旧源泉跡の再調査が始まった。
町も“安全が確保されるならば、一部開放の可能性もある”と前向きな返答を出した。
私が帰る朝、辰蔵は杖をついて見送りに来てくれた。
「君が来なかったら、俺はあのまま“幻”になってたかもな」
「でも、それじゃ白えび丼の味に負けちゃうでしょ」
そう返すと、彼は笑ってくれた。
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■Scene6:雨上がりの旅路、次の地へ
伊豆の空は晴れ始め、湯気の向こうに青空がのぞいていた。
私は小田原経由で、次の目的地――神奈川県の港町・三崎を目指す。
だがその途中、新横浜で急遽下車。スマホには、見慣れた警察官の名が表示されていた。
「凛奈くん、少し寄ってほしい場所がある。
神奈川の横浜山手で、またちょっと“変な音楽事件”が起きたらしくてね」
私は鞄の中のキムチ瓶を指先で叩いた。
「また……曲がり角か。分かった、寄り道するよ」
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