【特別編・後日談】 『それぞれの春、その後の言葉──富山・環水公園事件から1週間』
今回の番外編は、これまでのドタバタコメディとは違い、
“キムチ探偵”が向き合った、静かで切なく、でも確かに人の心に残る――そんな富山での事件の、その後の物語です。
恋愛、依存、別れ、暴力、赦し。
人は簡単に壊れてしまうけれど、それでもまた、誰かに救われ、立ち直っていく。
そんな当たり前のことが、当たり前に描けたらと思って書きました。
釜山に戻った凛奈の日常と、遠く富山に残る人々の想い。
それらが静かに繋がるような、そんな後日譚になっています。
今回は事件そのものよりも「心の整理」を描いた小さな物語ですが、
次回はまた騒がしく、キムチ瓶を開ける日が来るかもしれません。
それでは、本編へどうぞ。
事件から1週間が経った。
韓国・釜山の事務所に戻った私は、久しぶりにゆっくりとした時間を過ごしていた。
暖かいお茶、少し酸味の出た自家製キムチ、そして──静けさ。
だが、机の上には1通の手紙があった。送り主は富山県警・舵村本部長。
手紙にはこう綴られていた。
⸻
「凛奈くん。事件の翌日、被害者3人とも無事に退院したよ。
特に元恋人だった市川紗月さんは、『この傷を最後の印にします』と
自分の足で警察署に出向き、加害者との面会を断固拒否した。
だが彼女は、最後にこう言ったそうだ。
『それでも私は、彼を恨まずにいるために、立ち直らなきゃいけないんです』
人は強いな。
私はあの言葉を、職員全員の朝礼で読ませてもらったよ。」
⸻
私はその手紙を読みながら、ゆっくりと目を閉じた。
環水公園で流れていた【Zone STARZ】のライブ、スターバックスの温もり、
そして血の跡に染まったあの夜の空気が、すべて昨日のことのように蘇った。
この事件は、決して派手ではなかった。
だが、恋愛・依存・別れ・暴力・赦し――
人間の弱さと強さ、その全てが詰まっていた。
⸻
その後、富山駅の新幹線ホームでは、
あの時救助に当たった千蔵警部と井上警部が、
定期的に警備パトロールの強化を行っているという。
舵村本部長は手紙の末尾に、こんな言葉を残していた。
⸻
「3人そろうと事件が起きる。
でも、3人そろっているから止められる。
次にまた君が来るとしたら、できれば“事件じゃない再会”がいいな。
……いや、それは君が“キムチ瓶”を封印できたら、の話だけどね」
⸻
私は笑ってしまった。
ああ、やっぱりこの人たちが好きだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【総括】凛奈にとっての“富山”とは
富山の事件は、大きな陰謀でも国家レベルの謎でもなかった。
だが、人間の「心の破綻」と「立ち直り」の狭間にある、
日常の裏の“異常”が凝縮されたような事件だった。
凛奈はここでまたひとつ学んだ。
キムチの力は、時間を戻すだけじゃない。
“壊れた時間を、修復する道筋を見せる力”なのだと。
⸻
そして最後に
私は、舵村本部長の手紙の結びにそっと返事を書いた。
「次にお会いするときは……事件じゃない“ごはん”で会いましょう。
スタバじゃなくて、富山の白えび丼あたりで」
封筒を閉じ、私はキムチ瓶のひとつを冷蔵庫に戻した。
“まだ開けなくていい日”も、確かにあるのだから。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
富山での事件は、決して大きな陰謀ではありませんでしたが、
凛奈にとっては「人が壊れて、でも立ち直ろうとする姿」を目の当たりにした、忘れがたい経験になりました。
探偵として、タイムトラベラーとして、そしてひとりの少女として。
彼女はまだまだ未熟で、悩んで、間違えて、それでも誰かの力になろうとしています。
次の物語ではまた、新たな土地、新たな事件、新たな人たちとの出会いが待っています。
でも、その前に――
「ただ、ごはんを食べに行くだけの再会」が、きっとあってもいい。
そんなふうに思いながら、この話を閉じました。
次回、またどこかの街でお会いしましょう。
その時は、できれば“キムチ”と“笑顔”を忘れずに。




