特別編『凶刃の旋律──富山・環水公園ライブ事件』
探偵は、いつどこで呼ばれるかわからない。
それがたとえ、自分の国へ帰る途中、搭乗ゲートの直前だったとしても。
私は釜山に戻るはずだった。
日常へ、家族の待つ場所へ。
でも、その道はまた、ある事件に引き戻された。
舞台は富山。静かな街で、静かに狂い始めた心の軌跡。
ナイフを持った男、傷ついた人々、そして断ち切れなかった執着。
人は、どうして「別れ」を受け入れられないのだろう。
どうして「好き」という気持ちが、時に誰かを傷つけるのだろう。
――そんな問いに、
私はまた、キムチで向き合うことになった。
辛さの奥に、真実はある。
甘さや優しさだけじゃ、救えない誰かもいる。
今回もまた、過去の傷と、心の闇と、
静かな悲鳴に耳を澄ませて、私は探偵として歩き出します。
■Scene1:韓国へ帰るはずだった、その時――
成田空港。私は韓国・釜山の事務所へ戻るため搭乗口へ向かっていた。
だが、その時、スマートフォンが震えた。表示されたのは――舵村本部長。
「凛奈くん。すまん、また君を引き戻す。富山で“おかしな事件”が起きた」
彼の声は重く、迷いがなかった。
私もまた、すぐに搭乗券を折りたたみ、ゲートを引き返していた。
“探偵としての帰国”は、まだ終わっていなかった。
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■Scene2:環水公園で起きた、あまりに静かな悲鳴
富山県・環水公園。世界一美しいと称されるスターバックス。
その裏手で野外ライブが開かれていた。人気グループ【Zone STARZ】の音楽が鳴り響いていたその最中――
「ぎゃああああっ!」
30代の女性が悲鳴を上げ、群衆がざわめいた。
目撃者によると、血を流した20代後半の男性が、ナイフを手にして歩いていたという。
そして、富山駅からここまでの道に、血の跡が続いていた。
「このままじゃライブが中止になる。早く!」
舵村本部長の指示で、私は一緒に富山駅へと向かった。
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■Scene3:富山駅の新幹線内、3人の被害者
改札を抜けた直後、駅係員から報告が入る。
「新幹線の車内で、3人が倒れていました!」
現場に駆けつけると、そこには――
・20代後半の女性(左肩を刺され出血)
・50代の男性(右胸を浅く刺されていた)
・30代前半の女性(太ももに切創)
すぐに搬送され、3人とも命に別状はないことが確認された。
到着していた千蔵警部と井上警部と、私は3回目の顔合わせとなった。
「再会が事件ばかりですね」「ほんとに、困ります」
そう軽口を交わす余裕が出たのは、一命が確認されたからだ。
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■Scene4:凶行の理由と“心の破片”
舵村の捜査メモには、ある名前が記されていた――上川颯太(28)。
環水公園でナイフを持っていた男だった。
そして、刺された女性の一人――**市川紗月(27)**は、彼の元恋人だった。
彼は、突然の別れに納得できずストーカー化し、
その執念が暴発したのだった。
「別れるって言ったのは、向こうだ。でも、他の男と……許せなかった」
彼はそう供述していた。
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■Scene5:キムチで見た、最後の言葉
私は駅の待合室で、小さなキムチ瓶を手に取った。
韓国製、唐辛子強めの“激辛”――これは脳を研ぎ澄ますタイプ。
キムチの酸味に包まれ、私は上川と市川が最後に言葉を交わした時へ戻った。
「ごめんなさい。私、誰かに依存されると苦しくなるの」
「君がいなきゃ、俺は……」
「でも、それじゃお互い壊れちゃう」
彼女は、きちんと別れを告げていた。
彼が選んだのは、言葉を受け入れず、刃で破壊する道だった。
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■Scene6:別れと、再出発のフライト
すべてが終わり、事件は収束した。
環水公園には人が戻り、ライブは再開された。
スターバックスでは、コーヒーの香りがまた漂っていた。
舵村本部長、千蔵警部、井上警部と私は改札前で別れを告げた。
「凛奈くん、今度こそ――少し、休んでいい」
「そうですね。鞄のキムチも、ひと瓶くらい減りましたし」
そして私は、ようやく帰国の飛行機に乗った。
韓国の空港へ降り立った時、
私の鞄の中のキムチ瓶は、静かに、蓋を閉じたままだった。
今回の事件は、これまでの「キムチ探偵」シリーズでも少し重たい話でした。
でも、凛奈にとって事件の重さも、心の痛みも、
「キムチで見届けるしかない」現実なんです。
傷ついた人々に、簡単な答えはありません。
けれど、それでも人は前を向いて、
次の日、またコーヒーを飲んだり、ライブに笑顔を向けたりする。
それが、この物語の最後の「救い」になればいいなと思っています。
次はまた、きっと凛奈はキムチとともに、
とんでもない事件か、とんでもない味覚か、
どちらかに巻き込まれるでしょう。
読んでくださった皆さん、
また釜山か、富山か、どこかの街でお会いしましょう。




