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第116話:消えた教師と落ちた卒業証書──埼玉・秩父の記憶


■Scene1:春待つ秩父と、卒業式の朝


3月上旬、私は埼玉県・秩父市を訪れていた。

地元局のドキュメンタリー番組で“地方の卒業式と家族の絆”をテーマに、女子高校の密着撮影を行う予定だった。


訪れたのは私立・秩父清峰女学院。

山に囲まれた穏やかな校舎と、生徒たちの明るい声。

……のはずだったが、その朝、騒然としていた。


「三嶋先生が……いないんです」


国語担当で副担任の三嶋紗耶(27)が、

卒業式前日に忽然と姿を消したという。

部屋には卒業証書の束が落ちていた。



■Scene2:彼女は“最後まで責任を果たす”人


生徒たちは不安そうに口をそろえる。

「三嶋先生が逃げるわけない」「私たちのために、卒業式を楽しみにしてたのに」


職員室では、校長と教頭が淡々と話す。

「彼女はもともと精神的に不安定なところがありましてね…」


私はその言葉に違和感を覚える。

そんな簡単な問題だろうか?

生徒の一人が言った。


「昨日の放課後、先生、キムチの瓶持ってたよ」


私は小さく目を見開く。まさか。

鞄の奥にある私のキムチ瓶が、少しだけ熱を帯びていた。



■Scene3:落ちた証書と、遺された日記


先生の机の中には、鍵付きの日記があった。

“過去に戻りたい”という一文、そして最後のページに貼られたレシピ。


――『祖母直伝の秩父味噌キムチの作り方』――


私は校舎裏の調理室に向かい、冷蔵庫の奥にあった瓶を発見した。

赤いキムチ。見た瞬間に分かった。

「これは、“あの種類”だ」


私は恐る恐る、ひと匙を口に含んだ。



■Scene4:過去の三嶋先生と“卒業生の叫び”


過去の数時間前、三嶋先生は一人、教室の黒板を拭いていた。

そこに、生徒の一人・相原望のぞみが駆け寄ってきた。


「先生、私……卒業式、出たくないんです」

「どうして?」

「親が来ないから。誰も見てくれない式に意味なんかない」


先生は静かに言った。

「じゃあ、私が見届ける。私は……あなたたちの担任だから」


でもその夜、職員会議で「卒業式での登壇は外される」と通達され、

先生は泣きながらキムチ瓶を手に取っていた。


「過去に戻れたら、全部やり直せるのに――」



■Scene5:秩父の森にいた“最後の先生”


私は朝5時に、学校裏手の武甲山登山道に足を運んだ。

木々の奥、小さな東屋に三嶋先生は座っていた。


「……なぜ分かったの?」

「キムチが教えてくれたんです」


先生は言った。

「教え子たちを傷つけたくなかった。

 でも、あの子の一言で救われた。

 “私のために、先生はいる”って」


逃げたかったけど、戻りたくもあった。

先生は涙を流しながら、山を下りていった。



■Scene6:卒業式と未来への一歩


その日の卒業式。

校長の判断で、急遽三嶋先生が“名前呼び”に復帰した。


相原望の名を呼ぶ声は、震えていたが力強かった。

生徒たちは拍手でそれを迎えた。


私は手帳に書いた。

『卒業は別れじゃない。“見届ける勇気”があれば、また出会える』


キムチ瓶を静かに鞄に戻す。

秩父の風は、もう春のにおいがした。



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