第97話:火山と英雄、黒の真実 ―鹿児島・桜島と封じられた叫び、英雄と呼ばれた人の最後の涙―
今回、キムチ探偵たちが訪れたのは――
かつて西南戦争の舞台となり、今も“英雄”の記憶が息づく鹿児島。
西郷隆盛。
その名を聞けば、多くの人が「自刃して果てた偉人像」を思い浮かべるでしょう。
けれど、私たちは本当に、彼の“死の真相”を知っていると言えるでしょうか?
教科書に載る英雄の物語の裏側に、
誰かが隠した“人間としての涙”があったのかもしれない――。
今回のキムチ探偵が向き合うのは、
歴史の表と裏、人々の記憶と忘却、そのあいだで揺れる「真実」と「嘘」。
現代の観光地の中にも、「歴史の演出」は息づいていて、
それを守ろうとする人がいれば、壊そうとする人もいる。
そして凛奈たちは、“香り”と共にその真相へと迫っていきます。
黒豚、とんかつ、白熊、桜島――
グルメと旅情の合間に眠っていた“偽られた歴史の真実”。
どうぞ、最後までお付き合いください。
■Scene1 鹿児島中央駅・火山の息吹と共に
九州新幹線を降り立った私たちを出迎えたのは、もくもくと煙をあげる桜島のシルエットだった。
「こんなに近くにあるんだ……」と、さくらが感嘆の声を漏らす。
まずは腹ごしらえ。向かったのは黒豚しゃぶしゃぶの名店。
柔らかく甘みのある肉をポン酢でいただくと、旅の緊張もふっとほぐれた。
その後、西郷隆盛像の前で歴史の重みを感じながら、私たちは仙巌園へと足を運んだ。
……そこで、信じられない光景に出くわす。
手入れの行き届いた苔庭に、男性がひとり、倒れていたのだ。
■Scene2 仙巌園・庭師の謎
倒れていたのは、仙巌園の植木職人・名越達也(34)。
彼は最近「西郷隆盛の遺書を発見したらしい」と噂されていた人物だった。
手がかりを探す中、凛音がそっと白菜キムチを口にする。
途端に視界が歪み、赤く染まる。
彼女が見たのは、黒煙と赤い炎に包まれた古い屋敷。
それは――西南戦争終結直前、鹿児島のどこかで燃え落ちた一軒の家だった。
そこに、西郷の“もうひとつの姿”があった。
■Scene3 西郷の遺書と偽りの英雄像
名越の持っていたスケッチには、「現在の銅像の下に別の像が埋まっている」という示唆があった。
調査のため、鹿児島市郷土資料館を訪れる私たち。
そこで発見された極秘文書には、こう書かれていた。
「政府の意向により、西郷隆盛の死を“英雄化”せよ。
実際の言動や文書は、記録に残すな」
――西郷は、最後の最後まで「降伏」を模索していた。
だがその姿は、時の政府によって“自刃の英雄”へとすり替えられていたのだ。
■Scene4 灰に埋もれた叫び
名越は、その歴史の裏を掘り起こそうとしていた。
だが、それを快く思わない人物がいた。
犯人は、仙巌園の維持管理を担う会社の重役・久保田(58)。
「西郷は英雄でなければならない」――彼は、観光と名声の維持のために真実を封じようとした。
再びキムチを口にした凛音が見たのは――
手紙を認め、静かに涙を流す西郷隆盛の姿。
そこにいたのは“神格化された英雄”ではなく、
一人の人間として苦悩し、国を想った男だった。
■Scene5 黒豚と黒の真実の味
事件が解決したあとは、《黒かつ亭》で黒豚とんかつ、そして《天文館むじゃき》で名物“白熊”を堪能。
甘く冷たい白熊を口にしながら、さくらが言った。
「英雄って、自分がなろうとしてなれるもんじゃないんだね」
夕姫も、珍しく神妙な面持ちで頷いた。
「期待される姿と、本当の自分がズレてるって……きっと、つらかったと思う。でも、それを背負うのも強さなんだよね」
■Scene6 凛音、そして火山の下での決意
桜島フェリーで島に渡り、火山灰が舞う中、凛音は小さく呟く。
「人の記憶も、歴史も、いずれ風化していく。
でも私は、それを忘れさせないためにいる」
彼女の手には、小瓶に詰めた桜島の火山岩と――白菜キムチ。
それは、過去と現在を繋ぐ静かな決意の象徴だった。
■Scene7 最南端を越えて、次は海の向こうへ
旅の終わり。私たちは沖縄行きの飛行機に向かって歩いていた。
「南の果てにも、きっとまだ真実はあるはず」
凛音がそう言ったとき、誰もが“もうひとつの旅”の始まりを予感していた。
西郷が残したのは、“英雄”の名ではなく、“人としての願い”。
そして凛音は、それを伝えるため、再び南の島へ向かう。
次なる舞台は――琉球。
風とキムチが、再び“真実”を呼び寄せる。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
鹿児島編、いかがでしたでしょうか?
今回の物語では、西郷隆盛という“英雄”の裏側にあったかもしれない、ひとりの人間としての姿に焦点を当てました。
彼の最期については、歴史的にも「降伏説」「自刃説」「暗殺説」など諸説あり、いまなお明確には語られていません。
だからこそ、「もし、語られなかった真実があったとしたら?」
「もし、彼が“英雄”ではなく、“哀しみを抱えた人”だったとしたら?」
そんな“もう一つの視点”から、キムチ探偵たちの旅を描いてみました。
もちろん、本作はフィクションです。
けれど、仙巌園の緑、桜島の噴煙、そして西郷像が立つ鹿児島の空気には、今もなお、語り継がれる“熱”が確かに存在します。
それは、人々の記憶の中で生き続けている、もう一つの真実なのかもしれません。
凛音は、これからも“真実を見つめること”を選び続けます。
たとえそれが、誰かにとって都合の悪い記録だったとしても――
歴史の影に、静かに光を当てていく。それが彼女の探偵としての覚悟です。
感想・評価・ブックマークなど、応援のしるしをひとつでも残していただけたら、本当に励みになります。
次回は、いよいよ九州編・最終章――沖縄編へ。
南の島に受け継がれる“想い”と“記憶”が、また新たな事件と出会いを呼び寄せます。
どうぞ、次の旅先でもご一緒に。
それではまた――琉球の風が吹く、その場所で。