第90話:久高の逆潮 ―沖縄・神の島に潜む渦の謎―
■Scene1:琉球の神域へ
3月上旬。
私は那覇から高速船に乗り、“神の島”と呼ばれる久高島へ向かった。呼び寄せたのは、沖縄県警南部地区で環境保全を担当する巡査部長・照屋大悟。
「満潮でもないのに、島の北岸で“潮が逆流”して船が転覆しました。住民は“神の怒り”だと怯えていますが、物理的説明がつかない」
真っ青な東シナ海を切り裂いて高速船が着岸すると、集落の長老・**仲村トミ(82)**が深刻な表情で出迎えた。
「やがて“大渦”が人を呑む。古い御嶽の碑文が動き出す前触れさ」
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■Scene2:逆流する“うぶぎな浜”
案内された北岸“うぶぎな浜”。
穏やかな干潮のはずが、遠くの潮がゴウッと岸へ吸い込まれ、短時間で船を揺り戻す奇妙な渦を形成していた。
潮流センサー値は通常の2倍。だが月齢も風向も異常なし。
私は浜辺で海ぶどう丼を頬張り、祖母のキムチを添える。
口にした瞬間――視界が反転。
◇夜、満天の星空。
若い学者らしき男が重機を降ろし、海底ソナー測量を強行。
◇波間に潜る影。
◇渡された茶封筒──“海底レアメタル試掘 計画書”。
(潮流を変えるほどの掘削!?)
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■Scene3:研究チームの隠蔽
照屋は県庁資源課の調査書を持参していた。
海底試掘を行ったのは民間企業“エネ・オーシャン社”と琉球大学共同チーム。だが申請の“試料採取深度50cm”に反し、実際は亜熱帯海溝40mまで掘り下げた疑い。
久高島近海は複雑な潮の“分岐点”。深層をいじれば表層のリズムが狂う――。
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■Scene4:御嶽の夜、祈りと告白
私は島の御嶽で長老トミに経緯を話す。
「アカガイ様(海神)が怒ったのは、人の欲のせいさ」
そこへ試掘チームのリーダー、琉球大助教**比嘉 翔(33)**が現れる。
「本当は担当企業が無理な採掘を…でも資金と契約で口止めされていた」
祈りの火を前に、比嘉は膝をついた。
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■Scene5:“逆潮”鎮め作戦
翌朝。海保と県警は作業船と潜水チームを出動。
掘削孔を充填し、密閉バルーンで海底を塞ぐ応急計画。
潮のピークは午前11時。私は案内船で現場へ向かい、再びキムチをひと口。
過去ビジョンで見た“真の掘削データ”を比嘉に突きつける。
「あなたの命より重い研究なんてない。止めよう」
比嘉は震える手で停止信号を出した。
作業が完了すると潮の逆流は徐々に収まり、海面は鏡のような蒼へ戻った。
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■Scene6:海風とソーキそば、そして約束
夕暮れ。
集落で島の人々が振舞ってくれたソーキそばと久高のモズク天。
長老トミが笑う。
「真実を見つめた勇気は、神より尊い」
照屋巡査部長は深く頭を下げた。
「違法掘削は県と国で厳しく指導します。比嘉助教も内部告発に協力すると約束しました」
私は波打ち際で瓶を傾け、残り少ないキムチを味わう。
「神様の怒りより、人の欲が怖いね」
スマホ振動――
件名:道後温泉 今治造船誘拐事件協力依頼
「休む間もなし、か。行くよ、四国!」
南国の風を背に、私は西へ進路を取った。