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今日も君を殺せなかった

作者: ムイシキ


「ガキが⋯⋯! 調子に乗るな!」


 この仕事を始めてから、この台詞は耳にタコができるほど聞いた。

 まあ、こういう世界のお兄さんたちにとって、16歳の少年は背丈だけ見ても、ただの調子に乗ったガキにしか見えないからしょうがないんだろう。


「く、来んじゃねえ!」


 ガタイの良い黒服のお兄さんに向かって、俺は低姿勢で地面を蹴った。

 発砲される銃弾はジグザグに移動しながら身を翻して全てを回避した。

 相手も訓練されて兵士ではないから、簡単には当てられない。


「ひっ⋯⋯!」


 悲鳴を上げる直前の、息を呑み込んだ瞬間に喉を取り出したナイフで掻っ切った。

 硬いの喉仏を深く切った感触を感じれば、その男は「ヒュッ⋯⋯」という声にならない悲鳴を残して倒れた。


 目的は倒れた男の奥にいる、椅子に座った歳をとった老人。

 倒れた男から拳銃を取り上げて、それを老人に見せるように持って近づいた。


「あんたが桐島康(きりしまやすし)であってるよな?」


「ひっ⋯⋯ば、化け物⋯⋯!」


「お前と同じ人間だっつの」


 返り血で血塗れになった俺の姿を見て言っているのか、後ろで倒れているたくさんのボディーガードを見てそう言っているのか⋯⋯。


 椅子から転げ落ちて、情けなくも這いつくばって奥の方へと桐島は少しづつ進んだ。

 恐怖からなのか腰が抜けたのか元々腰が弱いからなのか⋯⋯惨めな姿だった。

 歩いてでも追い付くことができたので、俺は霧島の体を仰向けにして額に拳銃を突きつけた。


「お、お前があの()()()か!? 最近噂には聞いていたが⋯⋯」


「そうそう。んじゃ、じゃあな爺さん」


 俺の殺し屋としてのコードネームを知られているのは予想外だった。

 そんなに有名になってきているのか俺。


「や、やめろ⋯⋯! そうだ! 依頼主より金を積んでやるから! いくらでも出すぞ!」


「そういうのやったらキリないだろ。依頼はしっかりこなすって決めてんの。うちは早い者勝ちだから」


「そ、そんな⋯⋯ど、どうして⋯⋯」


 皺だらけの顔に涙が伝っていく姿は哀れと表現するには足りない気がした。

 ズボンもずぶ濡れで臭いし、すぐにでも離れたい。


「⋯⋯あんた、もう人生充分幸せだっただろ? こうやって殺しの依頼を出されるくらいには」


 俺はそう言って、眉間に突きつけた拳銃を更に深く突き刺した。

 震えた老人の体は、大きな発砲音が鳴ると、ビクとも動かなくなり勝手に倒れた。



 ♢



「あ、おかえりお兄ちゃん」


 ボロくて狭いアパートに入れば、ヘッドホンを首にかけた金髪の少女が椅子に座りながら出迎えてくれた。

 口には棒付きの飴を加えており、背後にある机には大きなパソコンと飴のゴミ山。


凪紗(なぎさ)、また飴食ってたのか。飯は?」


「別にそんなんいらないし。てか生臭いんだけど。早くその血だらけの服捨ててくんない?」


「⋯⋯すまん」


 血塗れになった黒いコートを大きなビニール袋に詰めて、しっかりと縛って端っこに置いておく。


 このギャルみたいな見た目の女は凪紗(なぎさ)。苗字は忘れたらしい。絶対嘘だが。

 お兄ちゃんと呼ぶのは、名前が無い俺をどう呼べばいいか悩んだ末らしい。

 こいつは殺しはしないが、プログラミングの技術には非常に長けている。


 凪紗によって俺たちの身分は社会から抹消されているし、居場所の特定も全て防いでいる。

 先程の殺人も凪紗が監視カメラと防犯機能を停止させてくれたお陰で簡単に侵入できた。

 俺が依頼をこなせているのも、こいつのお陰みたいなところがある。


「それより、次の依頼入ったよ。最近お兄ちゃんの活躍のせいで依頼の量増えてるよ」


「そこはお陰と言え。俺たちはこれで食っていってんだから」


「はいはい、これ読んで」


 飴のゴミ山から取り出されたタブレットの画面に電気をつけて、俺の前に差し出した。どっから取り出してんだ。


「ええっと⋯⋯なになに?」


「ねえ! 臭いんだけど! 早くお風呂入って!」


「ちょっと待てって⋯⋯」


 鼻をつまみながら凪紗が見せてくるタブレットには長文が記されており、要約すれば大手企業の令嬢の殺害だった。

 そこのライバル会社の社長からの依頼で、ムカつくから社長を殺すのではなくその娘を殺害して欲しいのだという。

 期限は問わない、と記されている。


「⋯⋯俺らと同い年か?」


「うん、あの千石(せんごく)家の御令嬢⋯⋯って言っても知らないか。てか臭い」


「千石家? 知らないな」


 鼻声になりなが説明する凪紗はこちらをジトッと睨んだ。そんなに臭いか俺。


「報酬はなんとね⋯⋯10億だよ!」


「⋯⋯マジでか」


「うん、もう一生遊んで暮らせるよ!」


 椅子でくるくると回る凪紗はテンションが高いというのがすぐにわかった。

 まあ当然の額だろう。今回の依頼は難易度が高すぎる。

 今まで裏社会の偉い人たちを殺してきたりしたが、それとは比べ物にならない。

 当然凪紗もわかっているだろうし、笑っているということはもう策は練ってあるのだろう。


「んで、肝心の作戦は?」


「とりあえず⋯⋯はいこれ!」


 机に積もっている飴のゴミ山から、凪紗はビニール包まられたそれを俺に見せた。そこどうなってるんだ。


「なんだこれ⋯⋯制服?」


「そ! お兄ちゃんには、これから潜入してもらうから」


「⋯⋯は?」


 俺は凪紗の突拍子もない発言に思わず口をあんぐりと開けて固まってしまった。



 ♢



「今日から転入してきた綾野湊音(あやのみなと)だ。みんな、仲良くしろよ〜」


「綾野湊音です。よろしくお願いします」


 担任からの雑な紹介をされ、俺は適当な席に促されそこに座った。

 周りからは興味の眼差しを向けられ、少し居心地が悪い。

 ちなみに、綾野湊音というのは適当に考えた偽名だ。


 程なくして、担任からの連絡などがすぐに済んで朝のホームルームは終わりを迎えた。

 クラスメイトたちは、すぐに俺の席を中心に輪になって、順番とか関係なくごっちゃになりながら俺に質問を投げかけてきた。


「ねえ、どっから来たの? 結構遠い?」


「うん、かなり遠いよ。言ってもわからないかも」


「なあ! 部活とか入るか? サッカー部入らね?」


「ごめん。部活には入る予定はないんだ」


 凪紗に予め説明された設定に沿って、クラスメイトからの質疑には爽やかに返しておく。その設定も少し雑な気がするが。


 今回の作戦内容は、依頼対象である千石楓(せんごくかえで)が通う学校に潜入して、校内で殺害するというものだ。

 やはり大手企業の実家というのもあって、千石家の屋敷の警備は厳重らしく、夜中の侵入は厳しいとのこと。

 校内ならボディーガードもつけてないらしいので、楽々殺せるという話らしいのだ。


 だからわざわざ個人情報も偽装して学校に転校生として入り込んだのだが⋯⋯。


(別に清掃員っていう身分で侵入すりゃいいだろ⋯⋯)


 俺より凪紗の方が断然賢いので、そこら辺は事情があるのかもしれない。が、今回は少し憂鬱だ。

 演技もあまり得意ではないし、学校なんて通ったことがない俺には学校での振る舞いができる自信がない。


「普段は何してるのー?」


「殺し⋯⋯じゃなくて、ゲームとかかな。あの赤いおじさんが姫を助けるやつとか」


 気づけば質問の数は10を超えており、クラスメイト全員は俺の席に集まっていた。

 1人を除いて。


(千石楓⋯⋯)


 窓側の席で1人外を眺める少女。

 窓から吹き込む風に彼女の銀髪は靡いて、とても絵になるような光景だった。


 俺に興味を持つ者、みんなが来ているから来ている者、なんとなく来ている者。

 全員が全員違った理由でここに集まる中、彼女だけはこちらに興味を示さなかった。

 孤高と言うべきか孤独と言うべきか⋯⋯。

 その背中からは寂しさを感じた。



 ♢



(さて、どうしたものかな⋯⋯)


 昼休みに入ると、色々な人たちから昼食の誘いを受けたが、全部断った。

 屋上に行き、さらに上のペントハウスの上で1人昼食を食べていた。


 ひとまず千石楓の実物を見ることができたし、クラスでの立ち位置もなんとなく把握できた。

 あいつは多分⋯⋯浮いている。


 千石楓が休み時間に友人と話しているのを見ないし、そもそも友人がいないと思われる。

 本来なら友人と学校生活を共にするのが普通なので、学校でも殺す隙はあまりない。

 だが、これはラッキーだ。

 1人でいる時間が多いなら人気がないところで⋯⋯


「⋯⋯?」


 階段を登る足音が次第に近づいてきた。

 屋上は一応立ち入り禁止なはずだが⋯⋯。

 上から入口を俯瞰していると、屋上のドアは開けられた。


(おいおい⋯⋯マジかよ)


 入ってきた人物は、今回の依頼対象の千石楓だった。

 1人で屋上に来た彼女は、座り込んでコンビニ袋から弁当を取り出して食べ始めた。


(今回、結構むずそうだと思ったが⋯⋯大分ついてるな俺)


 自分の強運さに感謝をしつつ、ペントハウスに寄っかかってくれた彼女を上から見下ろした。

 ポケットからナイフを取り出し、逆手持ちにした。


 落下して着地と同時に頸動脈切って殺すという狙いだ。

 まさか1日目にして10億円を手に入れることになるとは思わなかったが⋯⋯。

 気配を察知されないよう音を立てずにゆっくり呼吸を正した。


(関係ない社長令嬢だが⋯⋯金持ちなんだからもう充分人生は楽しんだだろ。こうやって殺しの依頼を出されるくらいには)


 体を落とそうとしたその瞬間、


「あっ、見〜つけた! 楓ちゃーん!」


「⋯⋯っ!?」


 突如、屋上への扉が開けられ、数人の女子生徒が入ってきた。


 体をすぐに翻して後方へと下がった。

 自分の心臓がドクンドクンと大きな音を立てているのを感じながら、もう一度見下ろした。


 金髪で制服を着崩した柄の悪い女子生徒が数人。

 凪紗みたいな格好をしているが、顔だったら断然凪紗の方が綺麗だ。贔屓目なしで。


 しかし、危なかった。

 もし見られていたらあの女子生徒ごと口止めとして殺すハメになってしまっていた。

 出来ることなら殺す人数は数人に絞りたいのが俺のスタンスだ。


(それにしても、友達いたのか。早とちりは良くないな)


 友人がいると知れば、ここからもまた殺す機会を練り直さなければならない。

 多分この後もきっと一緒に昼飯を食べるんじゃないだろうか。


「ねーねー、楓ちゃん。財布あるよね? 早くお金頂戴〜」


「てかなにコンビニ弁当食べてんの? そのお金うちらに渡すって考え思い浮かばなかったわけ?」


 ギャルっぽい女子生徒が千石の胸ぐらを掴んで持ち上げ、スカートのポッケから財布を無理矢理奪っていた。

 財布を取られた千石は用済みと言わんばかりに突き飛ばされていたが、彼女は眉一つ動かさず真顔だった。


「うわっ! もうお金入ってんじゃん。さすが金持ちは違うね〜」


 財布から数枚の万札を奪ったギャルは、小銭しか入ってないであろう財布を千石に投げて返した。


「はいこれ。早く食べなよ」


 他の女子生徒は千石が食べていたコンビニ弁当を千石の頭の上で逆さまにして、中身を全て頭から被らされていた。

 綺麗な銀髪にはご飯粒や肉のタレなどがついており、それでも彼女は顔色一つ変えなかった。

 殺し屋の俺が言うのもアレだが⋯⋯胸糞悪い光景だった。


「チッ、薄気味悪いんだよ。ちょっとぐらい泣けよ」


「アハハ、たしかに!」


 見ていて胸糞が悪くなった俺は、近くに落ちてた小石を拾って、万札を数えている女子生徒に照準を合わせた。


「⋯⋯よいしょ」


 デコピンで小石を弾き飛ばし、その女子生徒の右の眼球のど真ん中に直撃させた。


「あぁぁぁぁ!!」


「ちょ⋯⋯! いきなり何? うるさいんだけど!」


「右目がなんか! やばい! あぁぁクソ痛いんだけど!?」


 小石をぶつけられた女子生徒は右目を手で押さえながら悶絶しており、押さえてる手から少し血垂れているのが見えた。

 目にゴミが入った程度だと思っている他の女子生徒はそいつを手洗い場へと連れて行くらしく、屋上から姿を消していった。


(ぶはははははは!)


 俺はサッと身体が見えない角度の場所へと隠れて、必死に声を押さえながら笑い転げていた。

 本当は他の奴らにも手を下したかったが、やりすぎはバレかねないのでしっかりと線引きをした。


(それにしても⋯⋯また早とちりだったか)


 友人がいないと思いきや、友人がいた。と、思いきやそれは友人なんかではなかった。

 殺しやすいのは間違いない。

 今だって弁当の具材まみれの彼女は殺すことは容易い。


 もしかしたら警察の取り調べであの女子生徒たちが犯人として疑われてくれるかもしれない。

 それでも⋯⋯


「⋯⋯」


 あの場を見てから、殺すなんてことは俺にはできなかった。



 ♢



『お兄ちゃん、やっぱり私無茶だと思うんだけど』


「いいから早くしろ」


『はいはい⋯⋯出来たよ。何分かは防犯カメラとかの機器は動かないと思うけど、ハッキングの痕跡は残るから。あと、人間までは停止させられないからそこは注意して』


「わかった。もう切るぞ」


「うん、死なないでね」


 凪紗の最後の言葉を聞いて、俺は通信機器をポケットにしまった。

 深夜2時を回った頃。俺は今千石家の屋敷へと来ている。

 今夜、ここで殺すのだ。


 凪紗には無謀だとか、学校に潜入した意味がないとか散々叩かれたが、しょうがない。

 学校でいる時の千石を殺すのは少しどころか大分気が引ける。

 家でいる時ぐらいは普通だろう。てか寝てるだろう。


「よいしょ⋯⋯っ!」


 3メートルはある高い塀をダッシュで駆け上がり、すぐに敷地内へと入った。

 本来ならここでブザーでも鳴るのだろうが、凪紗のおかげだ。

 敷地内へと入ったのにも関わらず、目的の屋敷が大分小さく見えるほど遠かった。


 手入れされている芝を、迅速かつ静寂に駆け抜けた。

 サングラスをかけた黒服の男性が数メートルおきに監視として置かれているが、さほど問題ではない

 無駄な殺生をしないよう遠回りしたが、すぐに屋敷へと着いた。

 なんだ、意外と楽ちんじゃないか。


 凪紗の調べによると、千石楓の寝室は2階の西側の端。

 家の壁から時々はみ出ている部分や雨樋を飛び移りながら、その部屋のベランダへとすぐに着いた。

 我ながらすごい猿っぷりだと思う。


(こっからどうするかな⋯⋯)


 ベランダと部屋を仕切る窓。この奥に千石楓がいる。

 カーテンが敷かれているため、部屋の中は何も見えない。


 強引にガラスを割ってしまえば、近くのボディーガードが来てしまう。殺すことはできても帰ることができない。

 障害物があったりする狭い空間から数の暴力なんて関係ないのだが、広大な何もない庭では俺は蜂の巣にされてしまうだろう。


 そもそもこのガラスを割ることができるのか⋯⋯そう思難していると、


「なっ⋯⋯!」


 カーテンが勢いよくサァーと開けられ、部屋の中にいる千石楓と思い切り対面してしまった。

 この時間に起きているのは予想外だったし、このタイミングでカーテンが開けられるとも思わなかった。


(ど、どうする⋯⋯!? 俺はもう助からないんじゃないか!?)


 ほんの一瞬で思考を巡らせるが、何も打開策が思いつかない。

 今すぐガラスを割って無理矢理殺してしまえば俺は間違いなく帰れない。

 しかし、静かに部屋に侵入して千石楓に接触する手段はない。

 このまま立ち止まっていたら彼女がボディガードとかに通報してどちらにしろお終いだろう。


(⋯⋯いや、別にいいか)


 俺が死のうと、千石楓を殺せば報酬金は振り込まられる。

 凪紗はそれでこれから残りの人生を遊んで暮らせるだろう。

 ボディガードに察知されるのを承知で、俺は窓ガラスにポケットから出した拳銃を向けた。


 これでこのまま侵入して、千石楓を殺す。

 そう思ったのだが⋯⋯


「⋯⋯入って」


 俺が撃つよりも先に、千石楓はベランダの鍵を開けて俺を中へと招いた。

 俺が先程まで感じていた異常な緊張や恐怖は、彼女の涼しげな声で全て吹き飛ばされた。

 静寂に包まれたその空気で、俺の心臓の音だけが非常に耳障りだった。


 俺は体が固まったままで引き金を引けなかった。

 金縛りみたいな感覚で、こんなのは初めてだった。

 真正面から銃を向けられているのに、彼女は相変わらずポーカーフェイスだった。


「⋯⋯何してるの? 外、寒いでしょ? 入っていいわよ」


「⋯⋯あ、ああ」


 銃を握る手を下ろして、額に触れてみると異常なほど汗をかいていた。

 手や足は震えており、自分のものではないのではないかと思うほど言うことが聞かなかった。


 ぎこちない歩き方で部屋へと入ると、一部屋だというのにすごい広さだった。

 うちの居間より広いのではないのだろうか。


「適当なところで寛いでいいわよ」


「あ、ああ」


 そこにあった勉強机の椅子に座ると、千石は少し離れたベッドに腰掛けた。

 一体なんなのだろうこの状況は。


「昼休みありがとう」


「⋯⋯何のことだ?」


「あの小石、飛ばしたのあなたでしょう?」


「⋯⋯」


 バレていた。

 気配は完全に消していたはずなのに、小石を飛ばしたということすら視認されていた。

 これでも俺はプロなのに。依頼対象の部屋で寛いでいるがプロなのに。


「綾野くん、だっけ? 今日⋯⋯というより、昨日転校してきた転校生だよね」


「⋯⋯ああ」


「今夜はどんな用で来たの?」


「⋯⋯お前を殺しに来た」


「そう」


 それを聞いても彼女の表情は曇るわけでもなく、明るくなるわけでもなかった。いや当然明るくなるわけないが。

 彼女は俺が言っていることが冗談ではないとわかっている。だが、それでも恐る素振りも見せなかった。


「お前がこんな時間に起きているとは思わなかった。お陰でさっきはヒヤヒヤしたよ」


「いつも起きているわ。4時までは勉強しなさいって言われているの」


「⋯⋯え?」


「学校から帰ったら、習い事が無い日は7時まで勉強。8時までに晩御飯とお風呂を済ませて、そこから4時まで勉強。小さい頃からお父さんに命令されているの」


「⋯⋯な、なんだそれ」


「⋯⋯? どうしたの?」


 千石の私生活を聞いて、俺は頭を抱えた。

 千石の辛いところを見て俺は学校で殺さなかったのに、家でも彼女に救いはなかった。


 しかも、それを彼女はおかしいと感じていなかった。

 まともな友人がいないから周りと比較ができていない証拠だろう。


 俺は千石の方へと駆け、ベッドに腰掛けている千石を押し倒してナイフを首元に突き立てた。

 彼女は押し倒される瞬間も瞬き一つせず、ただされるがままだった。


「⋯⋯それでも、お前は幸せだっただろ? こんな良い屋敷に住まわせてもらってんだから」


 自分でも自分の声が震えているのがわかった。

 情が湧く前に。いち早く彼女を殺そうと考えた。

 これは千石に言っているのではなく、自分に言い聞かせているもの同然だった。


「⋯⋯そう。私、幸せだったのね」


「⋯⋯っ!」


 彼女の無機質な声には、悲しみも帯びていなかった。

 俺の言葉に納得したみたいに、ナイフを突き立てられても抵抗ひとつなかった。


 首元が少しはだけてしまっており、そこからは痣などが見えていた。

 他にも視界を巡らせると、腕や足にも。


「⋯⋯な、なんだよ⋯⋯それ⋯⋯」


「⋯⋯どうして泣いているの?」


 彼女から離れ、俺は必死に目から溢れる涙を袖で拭った。


 学校ではいじめられ、家では父から異常な教育を受け、それを当たり前だと思っている。

 終いには、父のライバル企業の社長の鬱憤ばらしで殺しの依頼を出される。

 幸せの形を知らない彼女は、それを先程幸せだったのかと相槌を打った。


「⋯⋯どこへ行くの?」


「⋯⋯帰る」


「殺さなくていいの?」


「必要ない。⋯⋯あと、明日、1時間目が始まる前に屋上に来い」


「いいけど、どうして?」


「来てからのお楽しみだ」


 俺はそう言い残して、ベランダから飛び降りた。

 侵入を警備員に勘づかれていないため、脱出するのは意外と容易だった。



 ♢



「⋯⋯来たか」


「うん、来いって言われたから」


 立ち入り禁止ではあるのだが、普通に入ってくる千石。

 まあ昨日も1人で昼食食いに来てたしそこら辺は気にしてないのか。

 バッグを持ったままなので、教室には寄らずそのまま来たのだろう。


「とりあえず、行くか」


「⋯⋯? 行くってどこに?」


 千石は首を傾げて頭にはハテナマークを浮かべていた。

 まあ当然の反応だろう。


「遊園地だ。行ったことあるか?」


「ないわ。知識としてはあるけれど」


「なら尚更良い。行くぞ」


「学校はどうするの?」


「サボれ」


「わかったわ」


 噂によれば成績的には優等生らしいのだが、サボることに一切躊躇しなかった。

 自分の意思がないのだろうか。


 流石に今出ていけば登校中の生徒にバレてしまうので、少し屋上で時間を潰してから、授業が始まった頃に学校から抜け出した。


 まずは電車賃やバス代を千石に渡した。俺は多分そこら辺のサラリーマンよりは稼ぎが良いはずなので、これぐらいは気にならない。

 まあ、俺より千石の方が遥かに金持ちなのだろうが。


 電車に揺られて数十分。特に会話の無いまま目的地へと着いた。


「⋯⋯すごく大きいわ」


 入り口前で、高く聳え立つ観覧車やジェットコースターを見る千石。

 感嘆の声を漏らした千石の目は少し見開いていて、驚いているという感情が見て取れた。

 それを見て俺は思わず狙い通りとニヤけてしまう。


「んじゃ、入るか」


 歩き出す俺に動じることなく着いてくる千石は、どこかそわそわしているようにも見えた。

 園内に入場すると、千石はごもっともな疑問を投げかけてきた。


「どうして私をここに連れてきたの? 殺さなくていいの?」


「んー? お前があまりにも可哀想な人生を送ってるからな。ちょっとぐらい楽しませようと思ったんだよ」


 園内の案内表を見ながらそう返すと、千石はまだ納得いってないようで首を傾げていた。

 俺はそれを見て、深くため息をついた。


「⋯⋯だから、お前が笑顔を見せた瞬間に殺すからな」


 そう言うと彼女は腑に落ちたようで


「そう。わかったわ」


 あくまでも表情は崩さず。千石は俺の言葉を受け入れた。


 園内に入場してから数時間が経った頃。

 平日ということもあって園内は空いており、俺と千石は半分以上のアトラクションを楽しんだ。


「今のジェットコースターという乗り物、すごい面白かったわ」


 声は弾んでいて、間違いなく楽しんでいる。

 心なしか目はキラキラと光を発しているように見えるが、口角は上がってない仏頂面だ。

 笑顔とは言えない。


「ま、待て千石⋯⋯一旦休憩するぞ」


「⋯⋯? 何故かしら。私たちが走っているわけでは無いのに」


 ふざけんな。殺してやろうか。

 俺はあまり絶叫系が得意ではないのだ。殺し屋なのに。

 だのに、さっきから同じ絶叫系を乗らされているのだから休憩ぐらいする権利はあるだろう。

 それなのに千石は理解できないと言ったようにまた並び始めた。


(このままだと⋯⋯俺が殺されてしまう)


「すごく心臓が鳴っているわ。きっと興奮しているのね」


「ああ、俺も頭がクラクラしてきた。きっと気分が悪いんだろうな⋯⋯」



 そして、そのまま絶叫系のアトラクションのみを楽しんで、俺のSAN値は削られていった。

 気付けば午後5時を回っており、俺の要望を聞き入れてくれた千石は観覧車へと乗らせてくれた。

 何故俺が頼む側なのか⋯⋯


「⋯⋯」


「⋯⋯」


 景色を楽しむ千石と、その向かい側の席で吐きそうになっている俺。

 まだ絶叫アトラクションの余韻が残っているのだ。


「湊音くん」


「な、なんだ⋯⋯?」


 吐きそうになる気持ちを抑えながら、こちらに真っ直ぐな視線を送る千石を見据えた。

 その時、落ちかけている夕日の日差しが千石の後ろから差し込んだ。まるで映画のワンシーンみたいに。


「ありがとう。あなたのお陰で、私は生まれて初めて何かを楽しめたと思うわ」


 そう言った彼女は、少し顔を傾けながら、目を細めて口角を上げた。笑ったのだ。満点の笑顔だった。

 今まで千石の表情筋には、筋肉がないの方さえ思ったが、それでも彼女は笑った。違和感を感じてしまうほどに。

 肩をすくめて、笑うその姿からは少し寂しさも感じた。


 俺は多分、その笑顔に―――


「⋯⋯っ!」


 俺は間髪入れずに、自分の沸いた気持ちを振り払うようにポケットからナイフを取り出して、千石の細い首に刃を立てた。

 少し力を込められば、頸動脈なんて簡単に切れてしまう。


「私、今笑ってしまったのね」


「ああ⋯⋯」


「⋯⋯」


「⋯⋯」


「⋯⋯どうしたの?」


 腕に力を込めるが、プルプルと震えるばかりで刃が首に食い込まない。

 すると、突き出している手首に水滴が垂れるのを感じた。

 千石の涙が頬を伝って俺の腕に落ちてきたのだ。


「⋯⋯やめだやめ。お前、泣いてるしな」


「⋯⋯嘘、どうして。私、全然悲しいなんて思ってないのに」


 俺は突き立てたナイフをそっとポケットの中に戻し、ため息を吐いた。


「結局泣いちゃってるしな。また今度笑ってる時に殺してやるよ」


「⋯⋯そう。ごめんなさい」


「何で謝るんだか⋯⋯」


 また無表情に戻ってしまった千石は、声を少し上擦らせたまま謝罪をした。

 今日も依頼を達成できなかった。10億円を手に入れられなかった。

 なのに、悪い気はしなかった。



 ♢



 それからは毎日、学校に集合してはサボって、どこか遊び行っていた。

 基本的に千石の生活は学校以外で外に出ることはできないからだ。つくづくイカれた家庭である。


「違うわ、湊音くん。もう1オクターブ上よ」


「こ、こうか?」


「違うわ、こう」


(なんでそんな歌が上手いんだよ⋯⋯)


 時には、カラオケに行って何故か俺が歌を教わったり。


「湊音くん、本名は何なのかしら」


「何だよ急に」


「だって、偽名でしょう? 名前を呼んだ時、一瞬反応が鈍い時があるわ」


「お前、探偵の才能あるぞ」


「お兄ちゃんの名前は私でも知らないんだよね。出会う前からお兄ちゃんは忘れたって言ってたし」


「そうなのね」


 時には、家に招いてゲームや雑談を凪紗も交えてした。

 凪紗も俺以外の人と話すのは久しぶりで、とても楽しそうだった。


「千石、行きたい場所はないか?」


「行きたい場所?」


「ああ、いつも俺が連れ回してばかりだからな。最後くらい、行きたい場所に連れてってやっても良いと思ってな」


「行きたい⋯⋯場所⋯⋯」


「どこでもいいんだぞ」


 眉一つ変えずただボーッとどこかを見つめているが、彼女なりの考えている時の挙動なのだろう。

 しばらくすると、視線を俺に戻した。


「海に行きたいわ」


「今は冬だぞ⋯⋯」


「いいの。ただ見たいだけだから」


「そうか。まあ、お前がそれでいいならいいんだけどな」


 そんな約束も交わして、俺が学校に潜入してから数週間が経とうとした頃。

 俺はいつも通り、ホームルーム前に屋上で千石を待っていた。


 今日はいつもより来るのが遅かったので、屋上の扉が空いた時、俺は叱りつけてやろうと思った。なんなら殺してやろうかと思った。流石に冗談だが。ブラックジョークだが。


「おい千石。お前遅い⋯⋯ぞ⋯⋯」


 暇つぶしに弄っていたスマホから、屋上の扉に視線を向けると、そこには案の定千石が立っていた。

 いつも通りの仏頂面で立つ千石の姿は、昨日までと少し違った。


「お前それ⋯⋯どうしたんだよ⋯⋯」


 顔には絆創膏やガーゼをしており、頭に包帯なんかも巻いている。

 スカートから下の足にも引っ掻き痕や、痣などが隠しきれないほど見えていた。


「昨日、学校から連絡が来たらしいの。お父様に最近学校をサボっているのがバレて、とても怒られたわ」


「だからって、こんな⋯⋯」


 女の子の身体をここまでボロボロにしていいはずがない。

 娘だからといって⋯⋯いや、娘だからこそだろうか。


「大丈夫よ。どうせ、いつかあなたに殺されるのだもの」


「⋯⋯っ」


 千石の言葉に息が詰まる。

 そう、俺はいつか千石を殺すのだ。依頼された通り。10億円を手に入れるために。

 こんなら可哀想な少女を。


「今日は海に連れてってくれるんでしょう? 行きましょう?」


「⋯⋯ああ」


「⋯⋯あなたって、泣き虫なのね」


「泣いてねーよ」


 俺より先に屋上を出て行く千石の後を急ぎ足で追った。

 いつも俺についてくるだけだったのが、先行しているあたり、余程楽しみにしているのだろうか。

 顔には出てないが。


 千石と2人で電車に乗るというのももう慣れた。

 今回は今までで1番の遠出なので、電車にやられる時間も長く、千石は気付けば寝ていた。

 目元に隈が出来ているし、いつもより寝かせてくれなかったのだろう。


 俺は肩を貸して、少しでも千石が気持ちよく寝れるようにした。

 平日の朝10時ごろとなると、乗客も少なく、幸いにもこの状況は誰にも見られなかった。



 電車に揺られて2時間ほどで、目的地へと着いた。


「おい、起きろ千石。着いたぞ」


「⋯⋯ん」


 右肩に乗っている千石の頭を揺さぶると、時間もかからずすぐに目は空いた。 


「寝ていたのね。ごめんなさい」


「何で謝るんだよ。早く行くぞ」


 起きたことを確認した俺は、立ち上がって電車から出た。

 駅のホームは誰もいないガラガラの状態で、改札を通ればすぐに潮風が俺らを迎えてくれた。


「あれが⋯⋯海なのね」


「そうだ。感動したか?」


「わからない⋯⋯でも⋯⋯多分感動してるんだと思うわ」


 坂道になっている住宅街から見えた海を一望した後、俺と千石はそのまま海へと足を進めた。

 千石は今までにない早歩きで足を進めて、遊園地を楽しみにしている子供のようだった。


 砂浜に着くと、千石は砂浜を深く踏み込んだりして、砂浜の感触を楽しんでいた。

 やはり冬なので、海に近づいただけでとても寒かった。


「海には入るなよ? 着替えとかないし、冬だから風邪ひくぞ」


「⋯⋯じゃあ足だけでも入っていいかしら」


「まあそれぐらいなら⋯⋯いや、そもそも俺が許可することではないしな」


 それに、千石がずぶ濡れになろうと風邪をひこうと、殺すのだから関係ないではないか。

 波打ち際へと行く千石の後を追い、俺は足だけ海に浸かっている千石をただ眺めていた。


 そして俺は、制服の内ポケットに入っている拳銃を握りしめた。


「⋯⋯?」


 しかし、俺に沸いた殺意は千石によってかき消された。

 こちらに振り返って、ブルブル震えながら必死に手招きしている彼女を見て、俺は握っていた拳銃を離した。


 俺は靴と靴下をその場に置いて、ゆっくりと千石の方へと近づいた。


「⋯⋯やっぱり、あなたがいないと物足りないわ」


 水平線の向こうを見つめる彼女の瞳は、どこか儚げで。

 想いに耽っている彼女を今殺すことなんて出来ない。


「⋯⋯そうか」


「ええ、私が行くところには必ずあなたがいたわ。だから、学校や家以外のところに行く時、あなたがいないと寂しいわ」


「なら、一緒に死んでやろうか?」


「⋯⋯もし、それが叶うならそれも良いわね」


「冗談だ。それに、俺は間違いなく地獄行きだ」


 今までたくさんの人を殺してきた。

 それを仕事だからとか依頼されたからとか、閻魔様に言い訳するつもりもない。


 千石だって、こんなに辛い環境で生きてきたのだ。

 せめて、死んだら天国に行って幸せに暮らしてほしいものだ。

 もちろん、そこに俺はいない。殺した側と殺された側が一緒にいるはずがないのだから。


「それなら、私も地獄行きがいいわね。1人で天国へ行っても、それは私にとっての天国になり得ないわ」


「何言ってんだか⋯⋯」


「湊音くん、私⋯⋯」


 こちらに体を向けて、千石が俺に近づこうとした瞬間⋯⋯


「あら⋯⋯?」


 右足をズルッと滑らせた千石は、大きな水飛沫を上げながら尻餅をついた。

 それを目の前で唖然と見ていて俺は、一瞬沈黙してから爆笑してしまった。


「ぷっ、はははっ! 何してんだよ千石!」


「すごく寒いわ⋯⋯」


 波に打たれながらも、尻餅をついたままの千石は体を震わせてこちらを見上げていた。それでも仏頂面のままだったが。


「何やってんだよお前」


 涙が出るほど笑ってしまい、そんな俺を見て千石は立ち上がってフッと微笑んだ。

 ポーカーフェイスが崩れた瞬間だった。


「⋯⋯あなたと海が見れて良かったわ。それに、あなたの笑顔も」


「千石⋯⋯」


「私はあなたが笑うところを見てみたかったの。⋯⋯もう本当に思い残すことはないわ。ありがとう」


 そう言って、千石は再び笑った。

 しかし、その笑顔は先程の微笑と違ってとても不恰好で、千石が作り笑いしているということがすぐにわかった。

 愛想笑いに慣れてないのがよく分かった。


「ここで殺してほしいわ。私、ここで死にたいわ」


「⋯⋯じゃあ」


 目を瞑り、腕を広げて無抵抗の意思を示す千石。

 殺してほしいというのが嘘だということは、俺でもすぐに分かった。


「じゃあ、なんで泣いてるんだよ」


「⋯⋯うぅ」


 いつもの無機質な声ではない。たしかにそこには千石の感情が詰まっていた。

 涙の粒は次第に大きくなり、頬を伝っていくそれは、先程濡れた海水なのかわからなくなっていた。


「わからないの⋯⋯前まで死んでもいいと思っていたのに⋯⋯私⋯⋯うぅ⋯⋯死にたくないわ⋯⋯」


 顔もくしゃくしゃにして泣きじゃくるその姿は、千石本人とは思えない。

 今まで生に執着が無かった千石が生きたいと願っている。

 千石の生活や言動を知っている俺からすると、彼女のその言葉は俺の胸に響いた。


「私、もっと湊音くんと色んな場所に行きたいわ⋯⋯もっと知らない場所に連れて行ってもらいたいわ⋯⋯ひっぐ⋯⋯あなたの笑顔をもっと見たいわ⋯⋯」


「千石⋯⋯!」


 気付けば、俺は千石のことを抱きしめていた。

 制服がびしょびしょに濡れており、とても冷たい体温が伝わってきた。

 体は柔らかくてしっかりと女の子なんだということを思い知らされた。


「俺だって、殺せない⋯⋯! 殺したくない⋯⋯お前ともっと、一緒にいたい⋯⋯」


 自分の中にずっと残っていたわだかまりを、ようやく吐けてスッキリした気がする。

 ずっと⋯⋯屋上で千石を見た時から、俺はずっと彼女を殺したいとは思えなかった。

 幸せを知らない千石を殺したくなかった。


 だから、一瞬でも幸せを味合わせてから殺そうと思ったのに、それが逆効果だった。

 千石の顔が少しピクついただけでも、俺は喜べるようになってしまったのだ。

 千石の死んだ顔なんて俺は見たくない。


 俺と千石は、そのまま海の真ん中で抱き合いながらひたすら泣きじゃくっていた。



 ♢



「『千石グループの御令嬢、変死体で見つかる』だって。お兄ちゃんはどう思う?」


 タブレットでネットニュースを見ながら、椅子に座ってグルグルと回りながら凪紗はそう俺に問いた。

 ソファで寝っ転がっている俺は、天井を眺めながら適当に返す。


「まあ、ネットの情報は当てにならないってことかな」


「私、スマホが欲しいわ。インターネットというものに興味があるの」


 俺の視界いっぱいに映り込んできた死んだはずの千石は、自分の死亡ニュースを聞いても眉一つ動かさなかった。

 今回の千石の頼み事は面倒くさそうなので、凪紗に振った。


「凪紗、千石のためにスマホの契約とかしてやってくれ」


「んー、まあ別にいいよ。1番高いの買おうよ。10億円もあるんだからさー」


「ありがとう、凪紗ちゃん」


「別に気にしないで」


 どうしてネットニュースで死亡と書かれたはずの千石がここにいるのか。

 ちなみに言うと、ここにいる千石楓は幽霊とかではない。しっかりと生きている。


 千石の体型に似た代わりの死体を変死体として用意し、検死できない程の状態で千石家の屋敷に置いといた。

 一応念には念をということで、現在の警察庁長官のつても使って捜査もすぐに終わらせた。

 昔、彼から殺しの依頼を出されたこともあるので、今では持ちつ持たれつだ。


 すでに世の中では千石楓という少女は死んだことになっており、俺や凪紗と同じ扱いである。

 依頼をしっかり遂行できたことにもなっており、10億円もしっかり振り込まれていた。


「千石、どこか行きたいところはあるか? どこにでも連れてってやるよ」


「そうね⋯⋯イタリアに行きたいわ」


「海外かよ!」


「本場のイタリア料理というものを食べてみたいわ」


 そう言いながらどこから取り出したのか、「海外 旅行雑誌」と書かれた雑誌のイタリアが記載されているページを俺に見せてきた。


「まあ、金ならあるしな。凪紗も行くだろ?」


「私も行っていいの? 新婚旅行なのに?」


「おい、俺と千石はいつ結婚したんだよ」


「私も凪紗ちゃんが来てくれた方が嬉しいわ」


「そ、そう? じゃあ私も行こうかな⋯⋯」


 千石に対して、謎のデレを発揮する凪紗。

 みんなで行った方が良いに決まってるし、そもそも凪紗を日本に1人で残せるはずがない。

 こいつは生活力のかけらもないのだ。

 無理矢理にでも連れて行くつもりだ。


「それじゃあ、早速計画を立てるか」


「私はもう行きたいところはあらかじめ決めておいたわ」


「私はみんなに合わせるよー」


 殺し屋稼業から足を洗った俺と凪紗は、千石楓という大切な家族を手に入れた。

 残りの人生は、今までの依頼の報酬金で生きていこうということにもなった。

 結局、俺と凪紗は千石のことをいたく気に入ってしまったのだ。


「次の目的地はイタリアかー」


「ええ、とっても楽しみだわ」


 そう言って笑う千石の笑顔には、もう一点の曇りも無かった。

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最愛のご奉仕をあなたに〜学校一の女神様が俺のメイドになった話〜

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