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ご近所巡り


 翌日からのご近所巡りは難航した。お留守ばかり。早朝から畑に出ているらしい。


 運よく在宅だと、

「キエさんのお孫さんかね、こりゃまたごてーねぇーににゃあ」

 と言われて「さあさあ」とお茶菓子をお相伴させられてしまう。


 助かるのは、天登が水を向けなくても「うちの孫は顔を見せてくれない」とか「うちの孫にも天登くんのようなええ男に育ってほしい」とか、孫の話をしてくれることだ。


 ばあちゃんの下調べで孫娘がいるとわかっているお宅では、「お孫さん、僕と同じくらいの年齢じゃないですか? 小学生の頃、会った気がする」と思い切って言ってみた。


 1軒では高笑いされて、その娘はまだ小学生だと判明。他のお宅では、お孫さんは「えり」という名前で博多にいて、「みいちゃん」にも「みぃーこ」にもかすりもしない。


 本人が名乗ったのが「みいちゃん」で、父親が呼んだ名が「みぃーこ」。

 みえこ、みかこ、みちこ、みつこ、みさこ、みなこ、みねこ、みやこ、みよこ。

 天登の脳内は「み」と「こ」のつく女の子の名前でいっぱいだ。


 ばあちゃんも天登も一番可能性が高いと思っていた6軒先の「倫子ちゃん」は、5つも年上で、既に結婚して子持ちだとわかってしまった。


 でも天登は、こんな落胆など序の口だったと知ることになる。


 ばあちゃんに還暦のお祝いをくれたのが、ばあちゃん自身の友人ならいい。

 訪問先が家から離れ、高浜東地区になると、じいちゃんは知っていてもばあちゃんとは話したことのないお宅が増えた。


「いえいえ、本藤さんにはお世話になっとりましてにゃあ、ありがてぇことです」

 と玄関先でお祝い返しを受け取ってもらうのが精一杯。

 天登は、お茶菓子もらって雑談なんて特別待遇だったんだと実感した。


 とある一軒では、

「言いにくいことだど、あんたさんは学校終えたらこっち帰るだがね? 田んぼまた始めると?」

 とおどおどと聞かれた。

 別のお宅では「奥さん田んぼ売ってはくれんよのぅ?」と言われて首を傾げるばかり。


 その日は釈然としない気分で黙々とルーティンをこなした。

 天登は夕方から本屋カフェに行き、スーパーで買い物、食事を作り、夕食時にばあちゃんと顔を合わせる。

 ばあちゃんは天登がいると、「トンビに目ん玉取られるギリギリまで畑仕事ができて嬉しい」などと言っている。


 昼間の謎話をすると、ばあちゃんが説明してくれた。

「庭の前の田んぼな、じいちゃんが地主なんよ」


「地主ぃー?!」


「歳いって大変じゃから小作に出した。新米一俵もらえりゃいいわって。用水路の小屋の向こうは早くから東地区の足立さんらに耕してもらっとって、じいちゃんが弱ってからはこっち側もな」


 天登は自分の母親が地主の娘だとは到底思えなかった。


(都会に出て苦労して必死でオレを育ててって、してる意味がわからない。実家に帰って婿養子でももらえば楽に暮らせたんじゃないのか?)


 天登の顔に出ていたのだろう、ばあちゃんは、

「ちず子はこの土地が合わんって出ていった。大学で知り合うたあんたの父親とも絶対別れん言うて。俊彦まで東京出てもう帰らん言うし、田んぼ耕さんと荒れるばっかしじゃから」

 と続けた。


 ばあちゃんは淋しいのだろうにニコニコしている。それが天登の心によほど痛々しく映る。


「オレに継いで欲しい?」

 考えたこともなかったのに口にしてしまった。


 天登の父親は天登が小学校上がった途端に病死している。

 ぼんやりとした記憶の中でも写真を見ても、ひょろりとした学究肌で、農業などできる人じゃない。確か、母親の大学の先生で歳の差カップル。

 

 自分にだって米作りなんてどうしたらいいのかわからない。


「無理じゃと思うよ。足立さんらが心配しとるように、急に田んぼ返せって言えん。もう長いこと耕してくれとる田んぼを、相続したのは私じゃ言うて取り上げられるもんでもない。あの人ら、路頭に迷ってしまうじゃろ」


「そうか……」

「ま、いずれ安く買ってもらって私の老後の費用の足しにするくらいいね。遺産は無いと思っとき。タカが大学いく金くらいなら今でも都合できるけぇ」


 またばあちゃんにニコニコ笑われる。


 2日後、お祝い返しが残っていたのはたった2軒だった。

 ばあちゃんが調べてくれたお宅の中には、還暦のお祝いをくれていないところもたくさんあって、孫娘アリもあったのだが「み」と「こ」がつく名前かどうかはわからない。


 天登が突撃でお邪魔して、「孫娘さんの名前は何ですか?」と聞ける雰囲気でもない。


 最後の2軒、東地区のほとんど県道沿いに建っているお宅を済ませて、

「お祝い返し作戦は徒労に終わったな」

 と、天登がぶらぶら歩いて帰る途中だった。


 道沿いの家の2階の窓を閉めようとする音がして、天登はふと見上げた。

 ご隠居さんと呼べそうなおじいさんの鋭い視線が刺す。

 続いて玄関の閉まる音。


「何?」


 天登が首を傾げながら歩くと隣の家も、お向かいの家も、何かを閉める音がする。

 パタン、ギィィー、ダン、シャッ、ガチャン、バコン。


 東地区を出て高浜本地区に入り、結局家に着くまでそれは続いた。

 天登は自分がばい菌かウィルスにでもなった気分だ。


 夜ばあちゃんに話すと、

「そりゃ、悪かったなあ。ちょっとやり過ぎたか。タカがご近所調べ廻って、この辺仕切ろうとしちょうと思ったんでねか?」

 と返ってきた。


「何それ、意味わかんねぇーよ」


「ご近所同士でタカと何話したかおしゃべりして、ヘンな風に噂ができたってこと。タカは地主の孫。田んぼせんとも言わなんだ。都会もんで垢抜けててすらっと足がなごうて、パッと見ええ男。何考えとるんかようわからん。今の生活が変わりそうで恐なったんじゃ。ここいらの人は新しいもんは苦手じゃけ」


「オレはみいちゃんのこと知りたかっただけ……」


「もうお祝い返しの配達は済んだんじゃろ? だあんだん。明日からはお城に行くなり海見にいくなりのんびりしぃ。あんまご近所さん怖がらせてもいけんけぇ」


「うん……」


 なんかやりにくいんだなと困惑して、天登は風呂場に向かった。



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― 新着の感想 ―
[良い点]  あ~、田舎って、そういうとこありますね。  都会者に必要以上に敵対的だったり。  言葉の裏の裏みたいなのとか、妙に気を回したり。  うっかりしたこと言うと、全部探られちゃうんですよねぇ。…
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