遠恋なんて幸せすぎる
天登はついさっきほなみが気にしたことと同じ質問がしたくなった。
「でも、今のオレでも好き? こんなオレ、でいい?」
「この人だったらいいなって思ってた。静かで落ち着いてて、姿勢がよくて、しっかりしてて。天登くんが来ると私のミスが増えるってお義母さんに笑われてた……」
天登はほなみの言葉に再度の長いキスで応えた。
そこへ天登の背中側、舗装道路側に自転車の音がして邪魔が入る。
「タカ、いけんて、こんなとこでキッスなんてしよったら、何言われるかわからんて」
ばあちゃんだった。
確かに広々とした田んぼのど真ん中、視界を遮るものは何もない。
「本藤のおばあちゃん……」
ほなみは天登の陰から恥ずかし気に顔を出す。
「カフェのほなみちゃんかね! 驚いたねぇ、考えもつかんかったよ。ほら、タカ、家に来てもらえ。積もる話もあろう。ウワサになったらほなみちゃんが困ろうて……」
「うん……」
天登はほなみの手を引いた。
ほなみはうつむいたまま、
「でもおばあちゃん、こっちの人のウワサで、私、天登さん見つけられたんです……」
とつぶやいた。
「そりゃ、人情深いこっちのやり方にもええところはいっぱいあるわね。で、タカ、この黄色い字はもう消してええんか?」
「あ、後でオレやるから」
「ええって」
ばあちゃんは自転車のかごから強力落書き落としスプレーを手に取った。
いつも以上に満面の笑みだったことは、言うまでもない。
落書き落としや買い物にじっくり時間をかけてばあちゃんはすぐには帰ってこなかった。
わかり合えたふたりはたくさんのキスの合間に、いろんな話をした。
ほなみが自分をみいちゃんと呼んで父親にみぃーこと呼ばれるのは、亡き母が歌った子守歌のせいなこと。
♪ ほなあみ、いい子、ほなみぃーこ、遠くのお山でこぎつねとねんねんこんこんねんねしよ~
ほなみの名字は米倉で、ほなみはひらがな書きだけど稲穂の波の意味なこと。
首都圏で育ったが、小4の時交通事故で母を亡くし、ほなみが中学に上がるのを機に父が実家を継ぎ引っ越してきて、中3のときに地元の女性と再婚したこと。
天登のじいちゃんのお葬式ではほなみは高1。新しいお母さんができたばかりで、ぎこちなく丁寧語で話していたこと。
お葬式には都会から親族が戻るから、タカくんらしき人がいないか率先してあちこちお手伝いに出ていたこと。
「若奥さんに見えるほど老けてなかったはず!」とほなみは天登の胸をどんどんと叩いたが、またそれは恋人同士のじゃれ合いに代わって、深い口づけの時間になった。
トンビに目ん玉食べられる暮方になってばあちゃんが帰宅してもふたりはまだイチャコラしていたので、天登は、「ほなみちゃん送り届けるついでに米倉さんに『お付き合いさせていただいてます』と挨拶してこい」とどやしつけられた。
ほなみから電話は入れてあったけれども、午後丸々カフェの仕事を抜けさせてしまったのは事実で、天登は委縮気味に本屋の店長さんと奥様に頭を下げた。
ほなみの父親は、書店で話した時の気さくさのまま、
「ま、うちの娘を人さらいできるかどうかはこれからの遠恋にかかってるから」
と笑った。
ほなみは4月から地元県立大学で栄養士、できれば管理栄養士を目指すのだそうだ。
高3になるというのにバイト重視でこれまで進路のことなど気にしてこなかった天登は、
「これからの自分を見てください!」
と宣言することになった。
「いつ東京帰るの?」
お義母さんは継母だからと遠慮しているのか何も訊いてこず、質問は専らお父さんから。
「あと3日です」
「バイト雇えたら娘連れ出してもいいけど、誰も来なかったらダメだからね」
お父さんに意地悪な顔をされても、天登は怯まない。
「オレがバイトします。オレにコーヒー淹れさせてください!」
お父さんが声を立てて笑い始めてほなみもお義母さんも笑った。
「じゃ、明日朝7時半、来れる?」
「もちろんです!」
粋な店長さんは、天登にちょっぴりカフェを手伝わせたり1階の本を運ばせもしたが、コーヒーの淹れ比べをしたり、天登のばあちゃんを呼んでみんなでケーキを食べたり、わざわざ車を出して近くの古代遺跡を見に連れて行ってくれたりした。
バイトというのは名目だと見え見えだった。
次の日お父さんは、若い恋人ふたりをカフェから解放してくれたので、天登とほなみは縁結びの大神社にお礼参りをし、その先にある白兎の浜辺を手を繋いで歩いた。
確証の何もない両片想い状態で恋を貫いたタカくんとみいちゃんが両想いで離れるわけはないと、首からかけた勾玉のペアネックレスは笑っているようだった。
終わり。
ご高覧ありがとうございました。
天登はもしかして、本屋のカフェを継ぐんじゃないでしょうか。
そしてとっても幸せになると思います。
高3の1年間でいいから学業に勤しんで!笑
大学か、専学か、バリスタ留学?
勉強もやればできる子、のはず。
田んぼの中の十字、私が死ぬまでは、宅地化されないで残っていてくれるといいな、なんて勝手なことを願いながら、グーグルマップ眺めてます。