高2終わりのバレンタイン
「好きです! よかったらこれ、もらってくださいっ!」
高2も残り少ないバレンタイン、放課後の校舎裏ではよくある光景が繰り広げられていた。
「わりぃ、オレ、好きな娘いるんで……」
これもよくある返事。
だが、有田天登にとっては本当に、既に使い古されたセリフだ。最初は小6、そして中学高校、バレンタインに限らず、もう数えきれない。
「受け取るだけでも……」
学年イチの才色兼備と言われる相手が突き出している紙袋は、ぷるぷる震えていた。
「いや、ごめん……」
後味の悪い気分で鞄を取りに教室に帰ると、天登は廊下の窓からコッソリ窺っていた男どもに囲まれた。
「生徒会長だったじゃねぇか!」(それがどうした?)
「受け取らなかったのかよ?」(見てたんだろうが)
「泣かしたんじゃないのか?」(仕方ねぇだろ)
「春から高3だぞ、今OKしなくてどうすんだ?」(そういう問題じゃないんだよっ!)
「「「「天登、女の影ないよなぁ、もしかして?」」」」
4人の悪友のニヤニヤ顔に業を煮やして、寡黙な男もとうとう、
「バカ言うな!」
と声を上げた。
その程度でひるむヤツらではない。
「なあ、なんで天登がモテんだ? フツメンだろ?」
「背が高いからか?」
「家庭科得意だからじゃね?」
「バイトしてるからだろ、金があると思って」
好き勝手な分析を口にしながら、男子5人が各々鞄を掴んで下駄箱に向かう。
「おいおい、オレが家庭科得意なのもバイトしてるのもシンママ家庭だからだって。慢性金欠」
天登の高校は普通の公立だがバイトは許可制。
隠れてやってる生徒のほうが多いが、親一人子一人の天登は入学当初から二つ返事で了承を得、老舗のカフェに勤めている。
平日は2、3時間、土日がっつり、高2になってからは黒のバリスタ風エプロンをつけてウェイターに立つことが増えた。
(あのエプロン着けてりゃカッコよくは見えるんだよな)
天登は、自分が女子の間で「難攻不落の高取城」と呼びならわされているのを知らない。
学校でのムスっとした顔からカフェでの営業スマイルに変わった瞬間、ズキューンと女心を撃ち抜かれることも。
女子は女子で、「高取城」がどこにあるのか、既に天守閣など残っていないことも知らないのだろうが。
天登がバイトに入るに合わせて、悪友4人はカフェで一服して帰るのが常だ。ぞろぞろと店の方向に歩く。
「春から高3、だよな」
天登が呟くと、「何を今さら」と仲間が笑う。
「女、泣かすもんじゃないよな」
普段シャキッとした生徒会長が隠した涙は、効いた。
「何、モテ自慢?」
ブーブー、とチャチャが入る。
「いや、いい加減ケジメつけるときかなって」
「天登、いつにも増してイミフ~」
「春休み、ちょっと行ってくるわ」
「「「「どこへ?」」」」
「ヨメトリ」
「「「「????」」」」
さすがの悪友たちも、これには反応しかねた。
「静かなる男・天登」は、口に出さない分いろいろ考えていて、発言だけ聞いていると突拍子もないのは常なのだが、漢字さえも想像つかないとツッコミもできない。
カフェまでほとんど無言で歩き、着くや否や4人はいつもの席に腰を下ろした。天登は奥に入ったかと思うとエプロン姿に変わり、涼しい顔で注文を取りにくる。
シャツにエプロン着けただけでもう、高校の制服に見えないのが不思議だ。
友人たちにできることは、今日だけで3人の告白を蹴ったはずの天登の横顔をチラ見しながら首を傾げ、自分だったらどの娘と付き合うか論じることぐらいだった。
―◇―
終業式の翌日、天登は春霞にぼんやりした日差しの中、グーグル・マップで何度も見た十字の真ん中に立っていた。
田んぼを縦断する、車が一台やっと通れる幅の舗装道路と用水路が直角に交わる点。コンクリの橋の上だが橋と呼ぶほどの長さもありはしない。たったの3歩。
「いつの間にか舗装しやがって」
いや、トラクターや軽トラが使う道なのだから、舗装したほうが楽だろう。それに、舗装してなかったらグーグル・マップで辿れないよ?
一応道だと認められたから、PC上で変な人型を飛ばして、歩いた気分になったり、両脇の景色を見たりもできたんだからね。
景色とはいっても、右も左も広々とした田んぼだが。
「変わらないもんだな」
田んぼにはまだ水はない。用水路には冷たそうな澄んだ水がなみなみと流れている。天登はその水が下っていく方向、東向きに岸を歩き始めた。
「この先にヤマタノオロチがいて、退治すればクシナダヒメが嫁にもらえるならそのほうが楽かもしれない」
人前では口にしない自分の思考が、怪しい独り言になって零れ出る。
それもこれもこののどかな、八雲たつ景色のせいなのだろう。