終章 旅立つ男
二人は湖を見下ろせる丘の上にいた。
ハンターたちを慰める慰霊碑を建て、新屋敷たちをそこにまつった。祖父、弥太郎や香織の墓標も、その側に立てられている。
そして、一番端に祐二の墓標があった。
香奈美は町で買ってきた花束を添え、慰霊碑の前で手を合わせている。
徹は線香に火をつけて墓前にたてた。
「爺ちゃん。母さん。すべて終わったよ」
徹はそう呟いた。
自分自身の正体を知ったこと、それを受け入れてなお、人として戦ったことなどを報告していく。
「俺は別に恨んだりしてないから。父さんと母さん。二人の気持ちが本当だったから俺はここにいるんだろうし」
そして、イタズラっぽい笑みを浮かべ、「香奈美にも会えなかっただろうし」と付け加えた。
「俺は旅に出るよ。また、いつかここに参りにくるから。そんときは、土産話を聞かせてやるよ。俺は元気にやるから。母さんは安心してそっちで父さんとのんびりしてな」
徹は母や祖父の墓前に報告を終えると、今度は祐二の墓前に手を合わせた。
「祐二……」
徹は今までのことを思い出していた。
祐二と遊んだこと。小学校のころから今まで……。ケンカしたこともあったけれど、最後はいつも仲直りしてきた。
そんななかで、今までで最大のケンカ。いや、祐二が操られていただけなんだけど、それでも、やっぱり最後は分かり合えたのだと思う。
いや、そう思いたかった。
いつの間にか、香奈美が徹の側に立っていた。
「祐二君とのお話は終わったの?」
「……ああ。なあ、香奈美。俺たちは、最後の最後で分かり合えたのかな? あいつと、戦ったこととか……」
「うん。きっと、祐二さんも同じ気持ちだったと思うよ。」
「そうだよな」
澄み渡った青空を見上げながら、徹は呟いた。遠くに見える山々を見つめながら、祐二との思い出に徹は懐かしさを覚えた。
もちろん辛い思いでもあった。
二度と分かり合えないかとすら思ったこの数日間。だけれど、祐二は祐二のままだった。徹はそう思わずにはいられない。
「そういえば、前にいっていた話……」
「え?」
「徹さんのお父さん。卓さんのことよ」
「あっ」
徹はようやく思いだした。すべてが終わったら、父さんのことを聞かせてほしいと約束していたことを。
「とってもね、優しい人だったよ。香奈美さんが身籠もるまえだったらしいの。私を拾ったのは。で、おなかに赤ちゃんができたから、新屋敷さんが私をひきとって育ててくれたのよ」
「そうだったんだ」
「でも、それはそれでよかったのかもしれない」
「ああ。そうかもな」
「それにもう一つ。卓さんが徹さんに王位を継承させたのは、決して苦しませるためじゃないと思うよ」
「どういうこと?」
「卓さんのことを思い出してて気づいたんだけれど、きっといろんな悪から守るためだったんじゃないかな?」
守るため――徹は、香奈美の言葉を不思議なことにすんなりと受け入れることができた。
今はもう、戦いの時のように血の記憶は『視えない』し、父の存在を近くに感じることもない。
だけれど、香奈美が言っていることは正しい気がする。
はっきりといいきることはできないけれど、それでもおそらく香奈美のいっていることは正しいはずだ。
「そうだな。そうかもしれないな……」
結果的にはそれが狙われることになったのかもしれないけれど、自分の身を自分で守れるようにと、きっと気を遣ってくれたのだと、徹はそう信じていた。
「でも、ヴァルキュリオンの力ってなんだったんだろうね」
「そうだな。俺にもよく分からないや」
「ディムの変貌と、徹さんの変貌。全く逆だったし……」
「えっ? そうだったの? 全然気づかなかった」
「うん。だから、もしかしたらなんだけど……ディムはすべてを支配しようとした。徹さんは守ろうとした。その違いなんじゃないかな?」
「力の使い方次第ってことか」
徹は呟いた。少し考え込んでから、納得するように頷く。
「そうかもしれないな。いや、きっとそうだ」
「ところで、徹さんはこれからどうするの?」
不意に香奈美は言った。
徹は一瞬躊躇したが、正直に自分の気持ちをうち明けることにした。
「しばらくは旅をしようと思う。どこか、遠くの町を旅して――日本中、あるいは世界のいろんな町を」
「そう、なんだ」
少し寂しそうに香奈美はつぶやいた。
「香奈美はどうするんだ?」
「私? さあ、どうしようか迷ってるんだよね。あたしには身よりもないし、住む場所もないから……」
ハンターの組織も滅んでしまったし、住む家もない。お金もない。そうなれば、女の子一人の行き先は、自然に見えたようなものだった。
「そっか……」
徹はそう呟いた。
「俺の家使うか?」
「徹さん、帰ってくる?」
「いつか、戻って来る日が来るかも知れないけれど、それがいつになるのか、今は分からない」
「……そう……」
徹の答えに、香奈美は肩を落として小さく呟いた。
「……お前も、行くか?」
「え?」
「俺と一緒に旅に出るか?」
「いいの?」
「安息の時なんてないかもしれないよ。いつふかふかのベッドで眠れるか、わからないからね。それでもいいのなら、一緒に行こう!」
香奈美の表情がぱぁっと明るくなった。
「うん。連れてって!」
「よし、じゃあ行くか!」
徹は彼女にヘルメットを手渡した。
香奈美は徹の後ろに跨る。徹はアクセルをふかした。
「ねぇ、どこに行くの?」
「そうだな。これから暑くなるし、北にでも行ってみようか」
「うん」
二人を乗せたバイクが発進した。北へと続く道に進路をとると、車の走っていない公道をグングン走る。
やがて山越えの道へと二人を乗せたバイクは消えていくのだった。
元々は二十年前に始まった戦争が事の発端だった。
両親を失った子供や子供を失った両親たちなど数多くの悲劇が生み出した事柄であった。
祐二もその被害者の一人だった。そういう意味では、徹も被害者だったのかもしれない。
最後の戦いの果てに、過激派のヴァルキュリオンたちも身を潜め、人の世にもヴァルキュリオンたちの社会にも平和が戻ったことを付け加えておこう。