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受け継ぎし者  作者: 西陸黒船
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第3章 裏切られた信頼

 突然の祐二の裏切りに、徹は動揺を覚えた。

 いや、祐二としては裏切ったというよりも、本来の目的のために、今までの生活がある意味で嘘だったわけで。徹が裏切られたという感覚とは、全く逆だった。

 祐二が徹が卓の息子であると確信できたのはようやく最近になってからだった。そのためにもと部下たちを呼び寄せ、今回の襲撃を起こしたのだ。

「祐二、今までお前は俺を助けてくれたじゃないか。それが、どうして……」

「助けた? 違うね。君はそう思ったのかも知れないが、君のためにではない。僕のためだ。なぜ、ヴァルキュリオンがここを知っていたのだと思う?」

 徹は息をのんだ。まさかと思ったが、それを信じたくなかった。

「この僕が呼び寄せたんだ」

 徹は肩を落とした。信じたくなかった。だが、これは疑いようのない真実であることは間違いない。内通者は祐二だったのだ。ずっと側にいても手を出さなかったのは、おそらく確信がもてなかったからだろう。

 徹はこのことを思い知らされて愕然となった。

「やっぱり気づいて居なかったんだね」

 いたずらっぽい笑みを浮かべながら祐二は言った。

「君は本当に何も知らないんだな。いいだろう。冥土のみやげに教えてやろう。ヴァルキュリオンを統治した一族の男。それがお前の父親だ」

「父さんが、ヴァルキュリオン?」

 その事実に徹はショックを受けた。母が最後に語ろうとしたのは、このことだったかも知れない。

 新屋敷は言葉を濁し、人間だったといっていたが、徹の中でどこか引っかかっていた。だから、ショックとはいっても、それほど大きなものではない。事実を受け止める覚悟はできていたからだ。

 だが、統治していたというのはどういうことだろうか。

 考えを巡らせていくうちに、今回の事件の発端が思い出される。初めてであったあの男が言っていた一族の王とは、こういうことだったにちがいない。いま、ようやく徹の中ですべての事象が一つにつながった。

「一族を統べる男。覇権を奪おうとする他の一族は彼の命をねらった。そんななか、奴は失踪した」

 祐二は憎しみを込め、吐き捨てるようにいった。

「失踪した奴を見つけだし、しとめることに成功したが、覇権を奪うことができなかった。なぜだと思う? それは、王の血を聖杯に受け、飲み干さなければならなかったからだ」

 それは、一種の儀式みたいなものだ。王を殺し、受け入れる。それが、下克上して覇権を握るためにどうしても必要な事だった。ヴァルキュリオンの王として認められるには、この儀式を終えなければならない。

 王の血にはいくつかの秘密があるとされてきた。その血を飲むことで、王の力を引き継ぐ事ができるのだというのもその一つだ。

 だが、その時王の血を飲んだという祐二は、その力を引き継ぐことができなかったのだ。

「俺が覇権を握ることができなかった訳。それはなんだと思う?」

「さあ、皆目検討がつかないな」

「すでに王位が継承されていたのだ。誰も知らぬところで、ひっそりと。だから血を得た俺が王位を引き継げなかった」

「まさか……」

「そう。月成徹。君が王位を継いでいたのだ」

 王位を継ぐとかいわれても、はっきりいって実感をもてるものではなかった。もちろん、本人のあずかり知らぬところでの継承だから仕方がないといえば仕方がない。

 だが、それを理由に命を狙われる事には、抵抗があるし、憤りすら感じる。

「だから、今度はお前の血を頂く。ヴァルキュリオンをそして人間どもを従えるのは、この俺だ!」

 初めから仕組まれたことだった。祐二が徹の友達になったのも、今まで守ってくれたのも、すべてがこの瞬間のためだった。すべてを手に入れるために、側にいたのだ。

「今までは確信が持てなかったからな。だが、ようやく確証を得た。だから、もう待っていたりはしない」

 祐二は言うなり斬りかかってきた。

 徹は宝石を武器化し、かろうじてこれを受け止めた。続けざまに祐二は剣を振るう。だが、徹は防戦一方。これを受け止めてばかりだった。

「どうした? なぜ反撃しない?」

「できるかよ。敵だったとはいえ、今までずっと友として生きてきた男をはいそれじゃあとか言って切ったりしたら、人間としての俺が死んでしまう」

「バカだな。この世は弱肉強食。食うか食われるかだ。現に俺はお前を殺そうとしているんだぞ」

「それでもだ」

 祐二は攻撃の手を休めることはなかった。むしろ、いっそう強く激しくなっていく。徹はそれでも反撃することなく、すべての攻撃を受け止め、あるいは受け流す。

「徹君。祐二君が行方不明に――」

 新屋敷の声が響いた。廊下の向こう側からいくつもの足音が響いてくる。

「ちっ」

 祐二はしてうちを打った。僅かに視線が逸れた瞬間、徹は反撃に出た。繰り出した拳が祐二の頬を殴り、続けざまの蹴りが彼に鳩尾を襲った。

 前のめりになった祐二は、倒れずに踏ん張った。顔を上げた祐二の表情は、般若のそれと化していた。

 この隙に逃げようとした徹の進路を塞ぎ、祐二の逆襲が始まる。反撃は先ほどまでのそれを遙かに凌駕していた。背中に傷を負った徹は受けるだけで精一杯。もはや、反撃のしようがなかった。

 ついに腕が痺れて剣を取り落とした。地面を転がった剣は、祐二に蹴られてもはや徹の手が届かない。

 手の届かないところに転がった剣は、輝きを失って本来の姿を取り戻す。紅い宝石のついたペンダントへと。

 徹は首元がひんやりすることに気づいた。いつの間にか、祐二が刃を突きつけている。少しでも動かしたら、徹の命は失われてしまうだろう。

 もっとも、祐二は徹の命がどうなろうと知ったことではない。代わりに王になれるのであれば、むしろ死んでもらった方がありがたいといえる。

「いよいよ。最後だな」

 祐二はうれしそうに呟いた。左手にはいつの間にか盃が握られていた。何で出来ているのかは分からない。少なくともガラスではなさそうだ。

 その謎の材質で作られた盃で、徹の血を受けるのだろうか。彼のいっていた話の流れからして、まず間違いないだろう。

 徹は背筋に寒気が走った。死んでもいいと、一度でも思った徹だが、やはり、心の奥底ではまだ死にたくないという気持ちの方が強い。徹は今、初めてそのことに気づいた。

 いつまで待っても剣が引かれることはなかった。

 祐二が吹き飛ばされた。大きな音をたて、ガラスを突き破ると、体中に擦り傷や切り傷を負って地面に転がった。

 一瞬、徹は何が起こったのか分からなかった。はっと顔を上げると、新屋敷を初め、ハンターたちが周りを取り囲んでいた。

「おのれ」

 祐二が叫んだ。だが、なすすべがない。形勢は、あきらかに祐二が不利だった。

「どうする? 徹君の命は渡しませんよ」

「新屋敷さん」

 徹はホッと胸をなで下ろす。逆に、祐二は怒りをあらわにするが、反撃の糸口を見いだせない。

「この借りは必ず返してやる」

 祐二はそう叫ぶと、外に飛び出した。数名のハンターが追いかけたが、屋根の上を飛び移って逃げていく祐二をとらえることは出来なかった。

 徹は力無く倒れ込む。

「徹君」

 新屋敷が彼を抱き起こし、香奈美は心配そうな表情で彼の顔をのぞき込む。

「すごい熱だ。だれか、医者を!」

 新屋敷が叫んだ。徹はすでに意識を失っていた。体中に汗をかいていた。香奈美はすぐにタオルを水で濡らして彼の顔の汗をふき取る。冷たかったタオルはすぐにぬくもった。

 背中の傷も割と深い。駆けつけた医者が応急処置し、徹が布団に寝かされたのは真夜中になろうかというところだった。


 弥太郎と母の断末魔が暗闇の中にこだまする。スポットライトが当てられて用に暗闇の中に二人の遺体が転がっていた。

「爺ちゃん。母さん」

 徹は二人の元に駆け寄ろうとするが、どうしたことか一切近づくことは出来なかった。気がつけば、二人の体と徹が立っている場所の間には、大きな川が流れていた。

 遺体だと思っていた二人がその向こうの河原に立っていた。側には見知らぬ男性も一緒にいる。

「爺ちゃん、母さん。俺もそっちに……」

 だが、二人はゆっくりと首を横に振った。「お前はまだやらねばならないことがあるはずだ」

 見知らぬ男が言った。知らないはずの男の声に、不思議な親近感を覚えた。どこかで聞いたことがあるのかもしれない。だが、それがいつのことで、彼が誰なのか皆目検討もつかない。

「そんなことないよ。俺も、みんなのところに――」

「徹。最後まで守ってあげられなくてごめんね。でも、これから先は、あなたの人生よ。やらなければならないことも、まだまだ残っている」

「そんなの。どうだっていいよ。俺にはもう守るものも失うものもないんだから。だから――」

「戻るんじゃ。徹。お前を待つ者の元へ」

 さっきまで手の届きそうだった川幅が、徐々に広がっていく。徹は腰まで水に浸かり、それでも向こう岸にわたろうとしたが、離れていくスピードの方が遙かに早かった。三人の姿が遠ざかっていく。

「爺ちゃん。母さん」

 徹は叫んだ。だが、返事も何も返ってこない。いつの間にか、また暗闇の中に徹はいた。川の中にいたはずなのに、いまでは陸の上だ。右も左もない中で、一点の光が見えた。

 幻覚かと思ったその光は、徐々に大きくなっていき、やがて徹を包み込んだ。

 暖かい光だった。その光に包まれながら、徹の体は浮遊感を覚えた。ふわふわしてつかみ所がない。そんな不思議な感覚にとらわれながら、意識が遠のいていった。


 徹が意識を取り戻したとき、側にいた香奈美は正座したままうたた寝していた。枕元にある洗面器に水が入っていて、タオルを変えようとしたところで力つきたらしい。

 徹はゆっくりと体を起こした。背中に痛みが走ったが、それほどそれほど気になるものではなかった。

 傷もふさがりきってはいないので、痛みもあるし、突っ張りもする。だが、そんなことを気にするどころではなかった。

 うとうとしていた香奈美は、何皮下の拍子に前のめりになって気がついた。洗面器の水がこぼれかけ、一瞬冷や汗を掻いたが、どうにか無事でほっ胸をなで下ろした。

「あ、私。いつの間にか寝ちゃったんだ」

 大きなあくびをして正面を見る。そこには起きあがった徹が優しげな表情で香奈美を見つめていた。

「おはよう」

「あ、徹さん。気がつかれたんですか?」

「その様子だと、徹夜で看病してくれたんだね。ありがとう。もう大丈夫だ」

 徹は立ち上がり、気丈に振る舞い、体を動かす。

「いつっ」

 背中に痛みが走り、徹は一瞬硬直したが、すぐにそれをごまかすように再び体を動かし始めた。

「徹さん。大丈夫ですか?」

「ああ」

 少し引きつった表情をしていたが、それでも気丈に振る舞おうとする徹を見て、香奈美はクスッと笑った。

「なんだよ。何がおかしいんだ?」

「いえ、別に……」

 香奈美はなおも笑みをこぼす。つられて徹も笑った。二人の笑い声を聞きつけた新屋敷が部屋に顔をのぞかせた。心配そうな表情だった彼の顔から、笑顔がこぼれた。

「徹君。気がついたんだね」

「新屋敷さん。ご心配をおかけしました」

「いや、ひとまずはほっとしたよ」


 新屋敷と徹は庭園を歩いていた。散歩に誘ったのは徹だ。彼は新屋敷に聞きたいことがあったからだ。

「それで、何を聞きたいんだね?」

 先に口を開いたのは新屋敷だった。彼は徹が知りたがっていることを知っている。今さら隠しても仕方がないだろう。そう思ったからこそ、徹の呼びかけの応じたのだ。

「ズバリ、父のことです」

「……君は今、どこまで知っている?」

「ヴァルキュリオンであったこと。それから、彼らを統べる王という立場にあったということくらいです」

 新屋敷は大きなため息をついた。

「そうか」

 一度言葉を切った新屋敷は、なにやら考えていた。徹は彼が何かを言い出すのを待っていた。やがて――

「それはすべて真実だ」

 その表情は、知ってしまったかというあきらめの表情だった。

「できることなら、知らずにいて欲しかった。それが、僕が君にしてあげられることだと思っていたから……」

「いえ、正直に話してくれてうれしかったです。ありがとうございます」

「だがな。前にいったことも本当だぞ。君の父は、立派な人間だった」

「ええ。きっと、それも真実なのだと思い生ます。だから、彼は祐二に殺された」

「なに、祐二君に?」

「もちろん、彼の言ったことが本当ならば、の話ですけどね」

「そうだったのか」

「それで、きみはこれからどうするつもりなのかね」

「わかりません。もう少し、考えたいと思います」

「そうか。どのみち、奴らにここを知られた以上、そんなに長居はできない。我々もここを捨ててアジトを移るつもりだ」

「そうですか」

「夕刻までに決められるか?」

「分かりました。考えてみます」

 そんなとき、ひとりの男がかけてきた。方々を探し回った用で、肩で息をしている。新屋敷を見つけ、何かを言おうとしているが、なかなか言葉にならなかった。

「おいおい、落ち着いて。深呼吸して」

 男の呼吸が徐々に正常に戻っていく。

「ヴァルキュリオンが、町で……」

「奴らがどうした?」

「破壊活動を始めました」

「なんだって」

 新屋敷と徹は顔を見合わせた。まだ傷のふさがりきっていない上に、ショックから立ち直っていない徹を連れて行くことなど、新屋敷にはできるわけがない。

「徹君。君はここに残るんだ」

「いや、俺も行きます」

「その体で何が出来る? それに、相手が祐二君だったとしたら、今の君に戦うことはできるのか?」

 新屋敷の問いかけに、徹は答えることができなかった。

 新屋敷は徹に残るように念を押すと、慌てた様子で屋敷に戻っていく。後に残された徹は、後を追いかけることが出来なかった。車やバイクのエンジン音が響く。新屋敷たちが出かけていったようだった。

「徹さん?」

 残っていた香奈美が徹の様子を見に来た。徹は何事か考えながら、立ちつくしていた。

「香奈美さんか」

「やっぱり、あのことで悩んでたんですか?」

「ん? あのことって?」

「祐二さんのこと」

 徹は少し考えてから頷いた。考えていないと言えば嘘になる。ほんの数日前までが妙に懐かしい。ヴァルキュリオンとか、戦いのこととか一切関係なく、ただ笑って過ごすことの出来た十八年間。もう、祐二との関係も、あのころに戻ることはないと、分かってはいる。だが、戦えといわれ、はいそうですかと割り切れるものでもない。

 新屋敷の言っていることは最もだった。そして、それを乗り越えることは容易ではなかった。

「なあ、奴らはどこに出たんだ?」

「ダメです。徹さんはまず怪我を治さないと……」

「こんな怪我くらい。俺は行かなければならないんだ。頼む」

 香奈美はダメだと拒否し続けていたが、徹の熱心な説得に、ようやく首を縦に振った。

「分かった。教えてあげる。ただし、私もついて行くからね」

「ありがとう」

 徹は手早く着替えると、車庫に残っていたバイクにまたがった。後部に香奈美を乗せて、新屋敷たちの後を追うのだった。


 戦いは佳境へ向かっていた。さすがに広い場所だから、お互い大きな被害は出ていないようだった。

 形勢は新屋敷たちに有利だった。徐々に追いつめられるヴァルキュリオンたちは、必死の抵抗を繰り返す。だが、戦いなれていない彼らは、比較的若い連中らしかった。その中に、祐二の姿はなかった。

 ハンターたちはそれぞれ切り結び、あるいは離れたところから銃撃する。銃撃は効果的な影響を及ぼしていると言いにくい。銃弾そのものはヴァルキュリオンに効いていないからだ。だが、威嚇には十分だった。

 十数人いたヴァルキュリオンを残り三人まで追いつめたとき、バイクのエンジン音が近づいてきた。

 徹と香奈美の乗ったバイクだ。

「なっ」

 新屋敷が驚きの声を上げる。

 新屋敷は前線から後退し、代わりに肉弾戦や剣術が得意な者が前へ出る。新屋敷はバイクを降りた徹の側に駆け寄った。

「お前、なぜここにきた?」

「祐二ともう一度話をするためだ」

「バカを言うな。あいつはもう、君の知っている祐二ではない」

「新屋敷さん、それでも、俺は……。祐二はいましたか?」

「今のところいない。もしかすると、私たちをここにおびき出す罠だったのかもしれない」

「あぶない」

 香奈美が二人を押し倒した。その直後をヴァルキュリオンが通り抜けた。数秒遅れていれば、少なくとも大けがをしていたことだろう。

 三人は起きあがると、ひとまず話を後回しにして、ヴァルキュリオンと対峙した。

 徹は傷を庇いながら攻撃し、あるいは敵の攻撃を捌く。戦闘が苦手な香奈美も必死だ。徹をねらう敵に、必死に食らいつく。新屋敷と息のあったプレーで活躍していく。

 いつの間にか太陽は沈みかけていた。

 ヴァルキュリオンの姿も当たりには見えない。念のため、ハンターたちが手分けして当たりを探索しているが、おそらく、今回の分隊は全滅したと思っていいだろう。

 新屋敷は手にして武器をしまいながら、徹の元に帰ってきた。厳しい表情を浮かべている。

 香奈美も徹も新屋敷に怒られる覚悟はすでに出来ていた。だが、怒られたところで徹の決意は変わらない。そう、それはかまわない。大切なのは、自分のやりたいこと、やろうとしていることを理解してもらうことだ。

 理解してもらうということは、とても大変なことだ。だが、新屋敷は話の分からない男ではない。徹はこのことを知っていた。

「さて、香奈美にはあとでじっくり話を聞くとして、徹君。君がなぜ私の制止を振り切ってここにきたのか、話を聞かせてもらいましょうか」

「新屋敷さん。俺は本当に人間なんでしょうか?」

「何を言い出すんだ? 君は紛れもなく人間だ」

「分からないんです。自分が何者なのか。これからどうすればいいのか?」

「自分の命を奴に捧げるつもりか?」

「……いえ、決してそういうわけではありません。ですが……」

「だったら、何を迷うことがある?」

「父のことです。もし、父の血が僕に何らかの変化をもたらしたら――。奴らみたいに破壊衝動を覚えたりしたら……」

「徹君。何を言い出すんだ」

「でも、ないとはいいきれないですよね。今は人の血が色濃く現れていても、いつそうなるか、分からないじゃないですか」

「それはそうかもしれないが。君は今まで大丈夫だった。だからこれからも大丈夫だよ」

 新屋敷の励ましも、徹の心に届いているかどうか分からない。相変わらず徹は不安そうで自信のなさそうな表情を浮かべている。

 新屋敷は笑顔を浮かべながら、徹の肩を軽く叩く。

「もっと自分に自信を持て……」

 そう言う新屋敷の表情が段々と強張っていく。うつむいた徹は、そのことに気づかない。留議の瞬間、新屋敷は徹を突き飛ばした。

 迫ってくる白銀の刃が新屋敷の胸板を貫いた。

「し、新屋敷さん」

 正面から迫ってきたのは、祐二だった。祐二は舌打ちしながら、突き飛ばされ倒れ込んだ徹を睨んだ。

「ちっ」

「祐二、お前……」

 徹は怒りを覚えた。穏やかだった表情が次第に般若のそれへと変わっていく。立ち上がり様、祐二との間合いを詰めながら、取り出した宝石を右手で握りしめた。

 右手の内で淡い光を発する。飛び上がり、振り下ろした一撃は、祐二によってあっけなく受け止められた。

 剣を引き抜かれた新屋敷は力無く大地に横たわる。

 祐二は動揺を覚えた徹に斬りかかろうとして――しかし、それは駆けつけたハンターたちにくい止められた。

「邪魔が入ったか。この次こそ、命はないと思え」

 祐二は跳んだ。銃が向けられ、連打が浴びせられる。だが、特に効いた様子はなかった。

 徹は新屋敷の元に駆け寄って抱き起こす。息があった。

「香奈美さん。救急車を……」

 徹が叫んだ。だが、それを制したのは、他でもない、新屋敷だった。

「徹君。もういい。俺はもうダメだ」

「そんなこと、言わないでください」

「祐二君と決着をつけるんだろう?」

 今や徹の胸の中にはかつての友情よりも、憎しみが強く渦巻いていた。今ならたた買うことが出きるかも知れない。いや、きっと出来る。徹は強くそう思った。

「もし、それが憎しみから来るものなら、戦ってはならない」

「なぜ、そんなことを言うんです?」

「ヴァルキュリオンの血は、良くも悪くもなる。君の父上がそうだったように……」

「父さんが? 新屋敷さん。どういうことですか?」

「徹君。君の力は何かを奪うためのものかね?」

「……それは……」

「よく考えるんだ。決して間違った選択をしてはならない。自体は最悪な方向に進みかねない」

「新屋敷さん!」

「最後まで君の側にいてやれないことが、唯一の心残りだ」

 そう言って新屋敷は大きくせき込んだ。一緒に吐き出されたのは、大量の血液だった。新屋敷は死を認識していた。

「そんなこと、言わないでください」

 徹の呼びかけに、彼は弱々しく微笑んだ。そして、伸ばしかけた手は力無く垂れ下がる。もはや、徹の呼びかけに答える事はなかった。

 ハンターたちが集まってくる。新屋敷と徹を囲むように立ち並ぶ。

 徹が顔を上げた。それぞれの鋭い視線が突き刺さる。

「お前に悲しむ事は許されない」

「そうだ、お前がいなければ、新屋敷さんが死ぬことはなかった」

 正面にいた二人が叫んだ。

「やめてよ。徹が何をしたって言うの?」

 徹を庇うように香奈美が言った。だが、それがどれほどの効果を生んだのか。否、火に油を注いだようなものだった。

「そいつが何をした? ヴァルキュリオンの血を引いている。それだけで十分だ」

「そうだそうだ。だいたい、リーダーもそいつを助けようなんて言うから、こういうことになったんだ」

「すべて、俺のせいだっていうのか? 俺がこの世に生を受けたから」

 徹はそう呟いた。

「そうだって言ってるだろう?」

「そんなことない。徹が望んだ事じゃないでしょう?」

 香奈美だけが、唯一の味方だった。新屋敷を失った今、組織も崩壊の異図をたどり始めていた。メンバーは誰も徹のことを見ていないし、信頼もしていない。徹はそんなこと、どうでも良かった。

「なあ、どっか行ってくれよ」

 誰かが言った。

 徹は答えなかった。代わりに、新屋敷の遺体を丁重に寝かせると立ち上がった。乗ってきたバイクの元に向かい、ヘルメットを手に取った。

「ああ。いなくなってやるさ」

「ちょっと、徹。いなくなる必要はないわよ」

「いいんだ、別に。所詮、俺はヴァルキュリオンの血を引いているってことさ」

「そ、そんなこと」

「香奈美も一緒に行くって言うのなら、それはかまわんぞ」

「ちょ、そんな……」

 徹とハンターたちの間で香奈美はどちらにもつけなかった。

「そうだ。お前もこいつの支援をするとか言ってたよな。俺たちは、これ以上面倒はごめんだぜ」

 徹は黙ってヘルメットを差し出した。

「どうする?」

 香奈美は少し悩んだ末、渋々と徹の差し出したヘルメットを受け取った。

 徹は彼女がまたがったのを確認し、ゆっくりとバイクを発進させた。


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