第7-3話 魔法格闘少女と姉弟子(前編)
「ふふふふ……クラスの先鋒を飾るのはこのあたし!」
「よぉ~っし、優勝するわよっ!」
個人戦格闘部門の試合会場となるスタジアムの前で、クレアが気合を入れている。
帝国初の魔法拳闘士としてのエントリー。
優勝してその存在を帝国中に知らしめたい……気力十分、魔力十分の彼女はキラキラと輝いていた。
「さすがクレアさんです! あふれ出る暑苦しさに胸焼けがしそうです。
戦いの合間にちゃんと汗のケアをしないと、臭いますよ? はい、制汗剤です」
「……えっ? あたしもしかして普段臭ってんの?」
「…………冗談です」
「今の間は!?」
相変わらずクレアを弄んでいるルイはともかく、格闘部門の参加者は128人……決勝まで行くと6戦の長丁場だ。
僕はクレアに”リジェネーション”の魔法を付与すると、彼女の肩を軽くたたく。
「この魔法があれば試合中でも徐々に体力が回復していくはずだ……拳闘士同士での試合では、回復魔法や回復アイテムを使う暇がないだろうから、こういう自動回復系魔法が有効なはず……頑張るんだぞ?」
「はいっ、ありがとうございます、セシル教官っ!」
ちなみに、コイツもスライム系の魔獣が使ってくる魔獣魔法だ……使い手はほとんどいないはずだから、相当有利になるはずだ。
ルイとカイのエールに答えながら、意気揚々と選手入り口に向かうクレアが無事に優勝できるように、僕は女神さまに祈りをささげた。
*** ***
「ふふ、久しぶりねクレア……まっすぐな貴方の拳がどこまで成長したか、確認させてもらいましょうか」
その様子をじっと見つめる若い女性。
年齢は20歳前後だろうか、彼女も個人戦格闘部門の参加者のようだ。
艶やかな黒髪に青い瞳……懐かしそうにクレアを見るその瞳の奥に一筋の金色の光が煌めいた。
*** ***
ワアアアアアァァ……
満員のスタンドから歓声が鳴り響く。
グラウンドに設置されている二つのフィールドでは、現在準決勝の2試合が開催されていた。
「にひひっ、遅い遅いっ!」
左側のフィールドでは、能力強化魔法でさらに強化したスピードでクレアが相手を翻弄している。
対戦相手は筋骨隆々の男で、一撃の威力を極限まで強化した戦い方を得意としているようだが、
クレアとは相性が悪いようだ。
「そこっ! ”クレアちゃんフィニッシュブロウ改”っ!」
ズドオンッ!
「いえいっ! 決勝進出!」
相手のスタミナが切れてきたところで、炎をまとわせたクレアのフィニッシュブロウが炸裂し、危なげなく勝利。
これで残るは決勝だけだ。
決勝は30分後なので、回復のために足早に控室に戻るクレア。
さて、決勝のためにクレアの相手を見ておくか……。
「ごくり……準決勝のもう一試合、ヤバいです……セシルさん、見てください!」
右側のフィールドに目をやろうとすると、少し離れた席で準決勝のもう一試合を観戦しているルイが僕を呼ぶ。
ルイがクレアの試合を見ていないなんて、なにかあったんだろうか?
ルイの席まで移動し、右側のフィールをに目をやった僕が見た物は……。
「なっ……!」
対戦カードは黒髪の若い女性と、手足のやけに長い体格の良い男だ。
さすがに準決勝まで残ってきた使い手、男の方も体格に似合わず素早い動きで攻撃を繰り出していくのだが、黒髪の女性は難なくそれをかわすと、一発、二発と拳を入れていく。
男にはそれほど聞いているように見えないが、攻撃が当たるたびにわずかなスパークが走り、男の動きが鈍っていく。
「この魔導の流れは……能力強化効果を打ち消しているのか……?」
「はい、男の方はマジックアイテムや装備で素早さを強化しているようですが……あの女、攻撃を当てるたびに”術式を破壊”しています」
「あんなスキル、見たことありません……セシル教官の”魔法停止現象”とも違うようです」
「士官学院以外に魔導研究をしている学生とは……企業の私学校か?」
エントリーシートを見ると、所属は「アウルム商事経理学校」となっているが……聞いたことのない学校の名前だ。
僕とルイが険しい表情で議論するうちにも、男の動きはどんどん鈍っていき……黒髪の女性の蹴りがとどめとなり、あっさりと勝負がついたのだった。
*** ***
決勝を前に、クレアの気力は最高に充実していた。
本来なら蓄積するダメージはセシル教官の”リジェネーション”のおかげで全快しており、”クレアちゃんフィニッシュブロウ改”の魔力消費もトレーニングの結果、だいぶん押さえられているので、魔力の残量も十分。
行けるっ!
ちらっと聞いた情報によると、決勝の相手も女性で……素早さと手数で相手を圧倒するタイプらしい。
あたしも素早さには自信があるし、一撃の威力は圧倒的にこちらが上のはず……”リジェネーション”の回復効果で相手の攻撃を耐えながら、スキを突いて一撃さえ入れられればあたしの勝ちだ!
意気揚々と決勝戦の海上に足を踏み入れたクレアが見たのは、そこにいるはずのない人だった。
「……えっ……姉さん!?」
思わず立ち尽くしてしまうクレア。
「うふふ……久しぶりねクレア、お師匠様は元気?」
優しく、それでいて僅かに妖艶な笑みを浮かべるのは、クレアの祖父アルフにともに師事し、一人っ子のクレアが実の姉のように慕っていた女性……リビエラだった。