第1-3話 【ギルド転落サイド】新しい魔法が導入できない?
「セシルの野郎! この俺の気配りを無駄にしやがって!」
ここはギルド長アキムの執務室。
彼はセシル……先日このギルドを辞めた主任魔法使いだ……が送別会の誘いを無視した事に対し、理不尽に激怒していた。
手にしていたコーヒーカップを床に投げつけ、暴れるアキム。
(あの文面で、送別会の主役にも金を払わせるとか……あれで気配りをしたつもりだったのかこの人)
荒れるアキムを見て、ギルド幹部でもある彼の秘書は呆れていた。
俺のすることすべてに部下は感謝すべきなのだ……アキムは戦いの実力はあるが、極度に傲慢な人物だった。
「……まあ、セシルの雑魚の事はもういい」
「今日のキリルさんとの会合は予定通りだな?」
ひと通り室内の物に当たって満足したのか、けろりと元に戻ると、本日の予定を確認するアキム。
「はい。 本日13時よりキリル大統領と会食、今後のギルド運営について話し合う予定になっています」
カント共和国大統領キリル・イサコフは先代の冒険者ギルド長であり、アキムはキリルのギルド長時代、一番貢献した部下だった。
終身大統領として独裁体制を築くキリルとずぶずぶの関係となった冒険者ギルドは、多額の補助金と裏金……人々の安全を守る冒険者ギルド本来の存在意義とはかけ離れた、タダの利権集団と化していた。
*** ***
「まったく……急に”ギルトに新型の補助魔法を導入しろ”なんて、キリルさん自分も魔法が嫌いなくせに、無茶ぶりしてくれるぜ」
大統領キリルとの会食を終えたアキムは、大統領から命令された内容に愚痴をこぼしていた。
「ただまあ、この新しい”補助魔法”は使えるな」
どのルートから入手したのかは知らないが(おそらく大統領府出入りの闇商人からに違いないが)、キリルから手渡されたのは、先日帝国で実用化されたばかりの最新Bランク補助魔法の説明書だった。
魔力の消費量はごく普通だが、物理攻撃力と、物理・魔法防御力の両方を20%向上させる効果があるらしい。
最近共和国でも魔法を使ってくる魔獣が増えたからな……。
さっそくギルドの魔法使いどもに使わせよう……アキムはそう考え、セシルの後任に就いた魔法使いの男を呼び出したのだが……。
「いやぁ、オレらのレベルじゃあ使えないっすよ~」
奴はやる気のない様子でのらりくらりと答える。
「何故だ? 昨年導入したBランク補助魔法は、お前達でも使えていたではないか」
同じBランクの補助魔法が、レベルが足りなくて使えないとはどういうことだ?
意味が分からん。
尋ねるアキムに、やる気のない主任魔法使いはこう答える。
「そんなもの、セシルがレベルの低いオレらにも使えるよう、”術式をより簡単な内容に翻訳”してくれていたからに決まってるじゃないっすか」
「本来なら標準的なBランク魔法の推奨習得レベルは30、レベル20がせいぜいのオレらに使えるわけないですって」
「……まさか、気付いてなかったんですかぁ?」
やる気なくダラダラと答える後任の主任魔法使いに腹を立てたアキムは、彼を一発殴って下がらせると、いささか足りない頭で思案する。
(……まさか、セシルの奴がそんなことをしていたとは初耳だぞ?)
(だが、昨年導入した補助魔法は、スペック通りの効果が出なかった……もしかして、セシルの奴が低レベル魔法使いに合わせていたから効果が下がった?)
「いやいや、あの役立たずがそんな高度なスキルを使えるわけがない……奴が適当に教えたから効果が下がったのだ」
アキムはそう結論付けると、不愉快なセシルの事を頭から追い出す。
だがこの補助魔法は魅力的だ……魔法など、外部から講師を招けばいいのだ……さすが俺、頭いいな。
アキムは自画自賛し、秘書に外部講師を探すように指示するのだった。
次の日、後任の主任魔法使いまでもが辞めてしまい、怒り狂うアキムの声が執務室に響き渡ることになる。
「なぜだ!? なぜアイツまで辞めてしまうのだ!?」
(いや、あんたが殴ったからでしょう……)
彼のギルド内で、徐々に綻びが広がっていた。