第6-2話 格闘貴族令嬢クレアの夏休み
「う~ん、4か月も離れていると、さすがに久しぶりという気になるわね」
帝都にある転移ポートを使えばすぐなのだが、両親に反発した結果として魔法士官学院に放り込まれた経緯から、なんとなく顔を合わせづらく……入学以来の帰宅となっていた。
ここは彼女の苗字と同じ名前を持つバンフィールドの街。
貴族令嬢でもあるクレアは、夏休みを利用して久しぶりに実家に帰省していた。
街の奥にあるバンフィールド家の屋敷……よく手入れされた植木も、お父さまがそろそろ直さなきゃなと言っていた壁のキズもそのままで、思わず懐かしい気持ちになるクレア。
「たっだいま~」
事前連絡せずに帰ってきたので両親はまだ仕事中だろう……彼女は合鍵を使って家の中に入ると、さっそくキッチンに向かった。
「強力粉と薄力粉の分量を量って……砂糖とドライイーストを加えてこねる……」
「うおっと、バター入れるの忘れてんじゃん!」
「よくこねた後、ドライフルーツを投入……うっ、力を入れ過ぎてモチみたいな弾力になってるんですけど……」
「ふぅ、後は発酵か……魔法で早くなんないのかな、コレ」
彼女が小麦粉にまみれながらキッチンで作っていたのは、バンフィールド家に伝わるフルーツケーキ、パネットーネである。
なぜ彼女がこんな似合わないことをしようと思ったのかと言うと……。
~とある休憩時間~
「クレアさんって、紅茶を淹れること以外の女子力が低いですよね、特に料理とか……」
「うぐっ……肉料理は得意なのよ?」
「……あの、牛一頭から丸ごと削り出したような巨大なオーガの餌の事ですか? まあ、マズくはなかったですが」
「ぐぬぬ……そういうルイはちゃんと料理できるの?」
「わたしはスイーツの求道者ですから……(すっ)」
「な! シュークリームを皮から作っているだとっ!?」
~回想終わり~
可愛くて頭脳明晰、おまけに女子力も高いルイに対抗するためだった。
「ふふっ……ちゃんと二次発酵もしないとダメよ?」
むむむ……と生地とにらめっこするクレアの背後からかけられた声は……彼女の母親のものだった。
「お母さま! ごめんなさい、勝手にキッチンを使って」
「ふふ……いいのよ。 それにしても、アナタが料理に挑戦しているとはね」
「魔法士官学院、良い出会いがあったみたいね」
「うん! とっても楽しいよ! お母さま……学院に入学するときに、色々突っかかってごめんね」
「教官とクラスメイトのお陰で、目指すべきものが見えてきた気がする……拳で世界を取るのはもちろんだけど魔法も大事……あたし、世界初の魔法拳闘士になるっ!」
「……あとついでに、貴族令嬢としての修行もするね」
自分よりよっぽどお嬢様っぽいルイの事を思い出したのか、うっ……と言葉に詰まるクレア。
「あらあら、このかわいい娘はいつの間にか大きく成長していたようね……クレア、そろそろ焼きに入りましょう」
「魔導オーブンを180度に予熱して」
「うん、了解っ!」
その後も、楽しい母娘の料理時間が続くのだった。
*** ***
「凄いねこのシュトーレン、クレアが作ってくれたのか!」
「……パネットーネのはずだったんだけどね」
ここはバンフィールド家の食堂。
目の前には優しそうなクレアの父親が座っており、クレア渾身の一作であるパネットーネ改め、シュトーレンを味わっていた。
(生地をこねすぎてカチカチになったので、母の機転により軌道修正されました)
バンフィールド家は地方領主で貴族ではあるが、特にお金持ちではなく、清貧を是とするため、室内の装飾も質素であり、使用人も執事の爺やしかいない。
「ふむ……しかしクレアがお菓子を作ってくれるとは……士官学院でいい人でも出来たのかね、母さん?」
「うふふ……どうやらクラスの教官さんは若くてなかなか男前……先日など湖水地方の反乱を未然に防ぐなど、大活躍だったそうですわ」
「ほほう……そうなるとバンフィールド家の跡取りも安心という事かな?」
娘のケーキを堪能しつつ、教官の話題で盛り上がる両親。
「ちょっ、ちょちょちょ……セシル教官とはそんなんじゃないからっ! あくまで教官と生徒だよっ!」
「こないだなんて、寮のあたしの部屋で何時間も勉強を教えてくれたり……熱心な先生なんだから!」
思わず大胆な告白をしてしまうクレアだが……。
「ほう……教官とふたりきり……」
「あらあら……健康な男女が勉強と称し部屋に集まる、何も起きないはずがなく……」
「ぬおおおおっ!? そういうのじゃないってば~!!」
その後も両親に手玉に取られまくるクレアなのだった。
*** ***
「帰ったぞ! ワシじゃ!」
「クレアも帰省してると聞いたぞ、どこにいる? 我が孫よっ!!」
両親に弄られまくってふにゃふにゃになったクレアがお菓子作りの残骸を片付け、居間でゆっくりしていると……入り口のドアがスパ―ンと開かれ、初老の男性が入ってきた。
「!! おじいちゃん! 帰ってたの!?」
「おお! クレアよ! ちょっくら北方山脈でグラン・オーガ100体狩りRTAをしていたのだがな、世界記録を出したのでお前に自慢しようと思ってな!」
「凄い、さすがおじいちゃん!!」
キラキラとした目で祖父に抱きつくクレア。
この初老の男性こそ、クレアを格闘馬鹿にした張本人である彼女の祖父、アルフ・バンフィールドであった。
「また父さんは無茶苦茶な事を……数か月も音信不通だと思ったら」
「一応、定期的に連絡は下さいね、心配はしていませんが」
クレアの父親がため息交じりにアルフに注意をしている。
どこまでも破天荒なクレアの祖父だった。
「がはははは! このワシがグラン・オーガごときに不覚を取るわけが無かろう?」
「それより、ちょいとクレアを借りるぞ?」
「この孫め……数か月見ないうちに大きくなりおって……よりしなやかに洗練された筋肉と、効率的な魔力の運び……いい師匠に恵まれたようだな?」
「うん、おじいちゃん! あたし、相当強くなったから! 今日こそおじいちゃんから一本とるからね!」
「がはははは! 甘い、甘いぞこのバカ孫がああっ!」
「かかってこいクレアよ、この数か月の成果をこのワシにぶつけるのだああああっ!」
ドドドッ! と轟音を立て、アルフとクレアは外に飛び出して行ってしまった。
「やれやれ、一応クレアは女の子なんだから、父さんもほどほどにして欲しいものだけど……」
「見よ! 西方は赤く燃えているっ! 魔獣世界ケイオスを打ち払うのは、われらの拳であるっ!」
「うおおおおおっ、あたしやるよおじいちゃん!」
「食らえ、”クレアすぺしゃるフィニッシュブロゥ・改”!」
「!! くうっ、やるな我が孫よっ!!」
外から聞こえてくる暑苦しい声に、思わず頭を抱える父なのだった。