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第13話 再会の夜に 参

 日本橋駅の線路下、改札前――

 改札口の向こう側に吸い込まれていく人々の波を、僕と水戸瀬は壁際に立って眺めていた。


 良い雰囲気とかでは、無いと思う。そうやって前向きなことを考えそうになる頭を、無理にでも切り替える。

 それは一種の防衛本能のようなものだ。

 裏切りと挫折。そうやって貶められた心が、また息を吹き返せるように、思考に予防線を張る。

 手に入らなくても当然だと考える。


 そして切り替わった頭、考える。

 同級生と会って、言葉を交わして、懐かしくなってるだけだって。

 すぐ隣に立っている水戸瀬の横顔を見た。そのときの彼女は凛としていて、なんだか中学校の頃よりも遠くに行ってしまったように思えた。


「二軒目は止めとく?」


 僕の視線に気づいたのか、水戸瀬がこっちを向いた。


「いけそうに見える……?」

「うーん、ダメそう」


 今日一番人懐っこい笑みで言われた。


「だろ? これ以上は迷惑かけそうだからやめとくよ」

「そっかぁ、残念」


 僕の言葉に、水戸瀬は一瞬だけ寂しそうに目尻を下げた。

 いや、僕がきっとそう思いたいだけだ。


「じゃあ、これで終わり?」


 水戸瀬は上目遣いそう言った。

 時刻は二十二時過ぎ、甲斐性を見せるならホームまで見送るべきところなのだろうが、いかんせん、酔いが酷い。くらくらする。


「あはは、うそうそ。もうやめとこ」


 顔を傾けて、なにか含みのある笑みを向けてくる。

 普通の男だったら、多分に勘違いしそうな仕草だ。でも、僕は身の程を弁えてる。


「水戸瀬が呼んでくれたら、いつでも付き合うよ……。酒は弱いけどね」


 彼女との時間は、普段ではたぶん絶対に手に入れられないくらい楽しいひと時だった。

 中学の頃を思い出せるくらいに、水戸瀬も変わらない部分があった。でもそんな時間を軽はずみに求めるのは、やはり身の丈に合っていないと思う。


 だから彼女が望んでくれるなら、望まない限りは、そういう言い方しかできない。


「なーんか距離のある言い方」

「一〇年以上ぶりの再会だし……距離はあるだろ」

「じゃあ解散? なんか他に聞き忘れたこととかないのぉ? これを逃すともう次はだいぶ後になっちゃうかもよ?」


 次があるんだ。

 それがもう驚きではあるんだが。

 アルコールが回っているせいか、頭がふわふわする。

 だからだろうか、思ってもみないことを声に出していた。

 

「……なんで中学の時、僕に告白したんだ?」


 きっと、アルコールが回っていたせいだ。

 そんな感覚で尋ねた質問に、水戸瀬は思いのほか決まりが悪そうに目を泳がせて、あーとか、うーとか言い出した。


「前にも言わなかったっけ?」

「言ってたっけ? まあ改めて教えてよ」

「んー……」


 彼女は首をひねって、考えにふけった。


「まあピンときたってやつだよ」


 そして長考した割には、適当な応えが返ってくる。


「ピン? どゆこと……?」

「ああ、あたしこいつのこと好きだなぁ、みたいな。本能的な感じ?」


 なんだろう。

 下手に理由を並べられるよりもドキっとする。


「だからまあ……人を好きになるってそんなもんだと思うよ? タケルだって、急に告白されてなんだこいつって思ったでしょ?」

「水戸瀬は顔がいいから、喜んでOKしたぞ」

「それはなんか嬉しくないなぁ」


 水戸瀬が楽しそうに笑って、僕もつられるように笑ってしまう。

 

 本当は告白される前から、ずっと水戸瀬のこと見てた。

 本当はあのとき、自分の身の程を忘れて、舞い上がってたんだ。

 だから、僕たちの関係が終わってしまった時は、死にたくなるぐらいに後悔した。

 

 今それを言ったら、彼女はどう思うだろうか。

 キモイなどと言って笑い飛ばすだろうか。


 でも、僕は彼女から逃げた。

 一緒にいたいという気持ちよりも、痛いのは嫌だという気持ちを選んだんだ。

 それは僕の自業自得だし、きっと罰なんだと思う。


「あ、そうだ、今度の同窓会!」


 水戸瀬はあっと思い出したように声を漏らした。


「来月だったよね? タケルはくるの?」


 つい一週間前の母とのやり取りを思い出した。

 あまりいい思い出がないから、いかないつもりだった。

 水戸瀬は期待に満ちた眼差しを向けてくる。


「くるよね?」


 僕の顔を覗き込みながら、有無を言わさぬ圧をかけてくる。


「いくよ……」


 水戸瀬がいるなら行ってもいい気がした。。

 またこうして彼女の声を聞けるならと、自然とそう答えていた。





             *


 一番線のホームに立つと、線路を挟んで向かいの二番線で水戸瀬がこちらに手を振っていた。とても同い年とは思えないぐらいにはしゃいでいる。僕も思わず嬉しくなって、手を振り返してしまう。

 そこに割り込むように列車がホームになだれ込んできた。


 水戸瀬は列車に乗り込んだ後も、窓にはりついて見送る僕の姿を追っている。

 意味深にほほ笑んでいる。

 こんなの好きになってしまう。

 列車が動きだした。

 離れていく水戸瀬の姿を、見えなくなるまでずっと眺めていた。

 ポコン、とその時、懐でスマフォが音を鳴らした。

 水戸瀬がまたスタンプを送ってきたみたいだ。

 ハンカチを目に当てながら泣いて手を振っている猫のスタンプだった。


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