ゴブリンの襲撃 後編
僕はなぜかゴブリンたちの最終試験でゴブリンと試合を行う事になってしまった。
『勝負内容は剣のみ!魔法の使用は禁止だわかったな!では始め!!』
ゴブキチは僕と同じく木剣を構え正面から向かってきた。ゴブキチの振り下ろした剣を僕は難なく受け止める。正面での打ち合いがカンカンカンと続いて、ゴブキチの体勢が崩れた時を狙って僕は力任せに剣を振り切りゴブキチの木剣を弾き飛ばした。
ゴブキチは慌てて距離をとり、木剣を拾いに行く。僕は木剣で肩を叩きながらその様子を見守る。やっぱりだ。剣が苦手な僕でさえゴブリン相手なら負けることはない。
木剣を拾い上げたゴブキチは悔しそうに顔を歪める。
『ゴブキチ!足を使えといっただろう!!』
ジグ師匠の言葉に、ッハとするゴブキチは気が引き締まったのか顔つきが変わる。ジグ師匠はそれでいいといってうんうんと頷いていた。
ゴブキチは僕の正面まで走ると、横に跳んだ。しかし、もう足を使ってくるというのがわかり切っている僕は体の向きを変えるだけで簡単に対応できる。
ゴブキチは一撃打ち込んでは離れ、一撃打ち込んで離れを繰り返す。意外にもこれが厄介で僕の反撃を上手く避けていく。ゴブキチは力はないが素早さがそれなりにある。だから僕が受け手に回ってしまうとなかなか捕まえることが出来ない。
僕はいっそゴブキチの防御の上から叩きつぶす勢いで大振りの一撃をお見舞いした。
ゴブキチの瞳が大きく見開く。
これで勝負が決まったと確信した瞬間、ゴブキチがにやりと笑う姿が目に焼き付く。僕が振り下ろした一撃をゴブキチは木剣を傾け滑らし、そして受け流した。
僕の一撃が地面に打ち付けた時、ゴブキチの木剣は僕の腹を打ち抜いていた。
「ゴブラァ!」
「ッガハ!!」
『そこまで!!』
僕が悶絶してうずくまっている間に『よくやった』、「ごぶ!」と言う師弟間のやり取りが行われる。ゴブリンたちは勝者であるゴブキチの背中をバンバンと叩いて歓喜していた。
僕が痛みからなんとか回復すると、見計らっていたように次の試合が始まる。
『次ぃぃゴブゾウ!!』
「ゴブ!」
「ちょっと待って」
『行け!!』
「ゴブ!」
試合は容赦なく始まった。ゴブゾウは僕より剣先の短い木剣と盾を構えている。僕は先ほど負けてしまった悔しさから、自分から攻撃を仕掛けイライラを発散させるように何度も木剣を振り回す。
「ゴブゥ......」
僕の連撃に受けに徹するゴブゾウだが、盾を持っているという事もあり、なかなか有効打が入らない。攻撃を繰り返していく毎に僕の息も上がってきた。
『ゴブゾウ!今だ!!』
ジグ師匠の掛け声で、ゴブゾウが盾越しに体当たりを仕掛けてきた。木剣で受け止める事など出来るはずもなく、体勢を崩され仰向けになる僕の首元に剣先が突きつけられる。
『そこまで!!』
振り返ってジグ師匠を見つめるゴブゾウの顔が喜色に溢れている。今の感動を忘れないよう踏みしめながらゆっくりとジグ師匠の元まで歩み寄るゴブゾウ。
ジグ師匠は労うように『よくやった』と一声だけ掛けた。その言葉が胸に沁みたのだろうゴブゾウの瞳から一滴の涙が流れ落ちた。ゴブゾウ感動の男泣きである。
仰向けに倒れていた僕も涙がちょちょぎれた。ゴブリンに負けた惨めな悔し泣きだった。
ジグ師匠とゴブリンたちは円を作り、大きな声をおあげて勝利の余韻に浸っているようだ。涙を拭き取った僕は冷めた目でそれを眺めていた。
『じゃぁ最後はゴブタロウ!!』
「ゴッブ!!」
ゴブタロウは円から抜け出し歩いてくる。もらい泣きをしてしまったのかその目は赤く色づいて、一回だけ鼻の下を手で拭い、フンと鼻を鳴らした。
『勝てよゴブタロウ!完全勝利だ!!』
「ゴッブ!ゴッブ!ゴッブ!」
(......ぶっ殺す。ぶっ殺す。ぶっ殺す)
ジグとゴブリンたちが盛り上がっている中、2度も負けてしまた僕の心はどす黒い感情で染まっていた。
ゴブタロウはこん棒を両手に持ち、ブンブンと素振りをして感触を確かめる。ゴブタロウはパワーファイターなのだろう。こん棒を振り回した風圧が僕の元まで届いてくる。
しかし、その一撃一撃は大振りで隙も大きい。ゴブタロウが振り切ったこん棒を避けその顔面に木剣を打ち抜く勝ち筋が見えた。僕も一撃だけ木剣で素振りをした。その剣筋は空気の隙間を切り裂いたように静かなものだった。
ゴブタロウが雄たけびをあげて襲い掛かって来る。
「ゴブラァ!!」
ゴブタロウの大振りの一撃が大地に打ち付けられ、砕けた地面が飛散する。攻撃力だけなら間違いなく1番だ。だがやっぱり隙が大きい。
怒りに目覚めた僕の戦闘センスは格段に飛躍していたと思う。
僕は飛び込み振り下ろされたこん棒を地面に縫い付けるように木剣で上から押さえつけ、勢いをつけたままゴブタロウの胴体に蹴りをお見舞いする。
ゴブタロウの体はくの字に折れ曲がるが決してこん棒から手を離さなかった。苦悶に満ちた顔だというのに、ゴブタロウの目は諦めていなかった。その目に「オイラはここで変わる」そう物語っている熱を感じて、僕の心がざわつく。
「なんだその目は!なぜ諦めない!!」
内臓にもろに蹴りを喰らったのだ、痛くないはずがない。その手をこん棒から離せば勝負ありでこれ以上痛みに耐える必要もない。それなのに、痛みを我慢して、戦おうとする姿に僕は完全に悪役が発する言葉を無意識に叫んでいた。
「へへ......ごぶぅ」(へへ......分かったんでさぁ)
「ごぶぅ」しか言っていない言葉なのにゴブタロウの言葉が手に取るように分かった。
「ゴブゴブ、ゴブリー」(兄さんの一撃には愛がある)
ごめん言ってる事全然わからなかった。ないよ愛。
「ゴブ、ゴブラ」(だから、オイラも拳で語る事にする)
ゴブタロウが僕の足を掴んでニヤリと笑った。背筋に冷たいものが走る。
無理な体勢から咄嗟に剣を振るうが、今度はゴブタロウもこん棒から手を離し、僕の手を受け止めた。
僕はマズいと思うと同時にゴブタロウを支えに体を浮かびあがらせ、自由な左足でゴブタロウの顔面に蹴りを入れる。ゴブタロウの顔は跳ね上がるがその闘志を挫く事はできなかった。
自分自身ではもう体勢を維持することもできず、僕は地面に叩きつけられた。背中から伝播して全身に痛みが走る。肺から空気が押し出され苦しい。この時僕の方が気持ちで負けを認めてしまっていた。
それを察してかジグが『勝負あり』と声をあげる。さすがにゴブタロウの一撃を喰らっては僕も無事ではいられないと思ったのかもしれない。
「......負けたよ」
僕の一声で、ゴブタロウの体から力が抜けた。地面ん横たわって動けない僕に緑色の手が差し伸ばされる。
「ゴブゥ」(ありがとう)
僕には「ありがとう」そう言っているように聞こえた。僕は迷いながらもその手を取り起こしてもらった。
振り返って仲間たちのもとへ戻っていくゴブタロウの背中は随分と大きく見えた。
僕は夕日に染まりつつある空を見上げ、深く息を吸いそして吐き出して思った。
(なにこれ、誰かこの状況を説明してください)
でもひとつだけ、またわかった事がある。僕のインテリジェンスソードはゴブリンに人気らしい。
ストックなしです。基本土日更新。プラス平日物語が書け次第更新です。