サヨナラのその前に 前編
僕はサラちゃんと向かい合って座っていた。昨夜決めたことを話す為だ。
「サラちゃん、時期をみてこの町から移動しようと思ってるんだ。でもサラちゃんの体調の事もあるし、サラちゃんの気持ちも教えて欲しい」
「移動?」
「そう、また旅に出るんだよ。ずいぶんと長居してしまったからね。それともサラちゃんはこの町に住みたい?」
「やだ。ルーシェルお兄ちゃんと一緒が良い」
どちらも一緒にという意味だったのだけど、置いて行かれると思わせてしまったのかサラちゃんの瞳が不安で揺れている。
「もちろんどっちを選んでも一緒なのは変わらないよ。そうだなぁ、じゃぁこの町は好き?」
「......きらい」
ポンポンと頭を優しく撫でて笑顔で答える。それでバツの悪そうな顔がほぐれた。
「そっかなら、もうこの町から出よう」
「うん。いいの?」
「いいよ。それより体調の方が心配だなぁ」
「サラ頑張るよ。ジグ様が捕まえたお肉食べたらすぐ元気になるよ!」
『仕方のない小娘だ』
「えへへ」
なんだか久しぶりにサラちゃんの笑顔を見れた気がする。
「じゃぁ決まりだね。色々と旅の準備があるからお留守番できる?」
「......うん」
「大丈夫、晩御飯の時にはちゃんと帰ってくるから」
「わかった。お留守番する」
部屋から出て、セイラさんに声をかける。旅の準備とは言ったけど1週間以上放置してしまった町の様子も気になる。一応出る前に水の補充もやっておきたいのでその確認のためにセイラさんも同伴して町を見て回る為だ。
「今日は久しぶりに井戸の様子を見に行こうと思うからセイラさんもついてきてくれる?」
「分かりました。準備してきますね」
それから、町に設置された井戸をひとつずつ見て回った。サラちゃんが倒れる以前は毎日補充していたものだ。相当に水嵩が減っているものだと思っていたのだけど、ひとつ補充するのに30分もかからなかった。
「こんなもんか......」
「はい。ルーシェル様ありがとうございます」
水の補充よりも移動している時間の方が多いぐらいだ。なんだか夢から覚めた気分だった。あんなに毎日忙しくしていたのは何の為だったのか、いや、僕は何であそこまで忙しくしていられたのか不思議でしょうがない。
町は僕が1週間放置しても何の問題もなく回っているし、水不足は僕の供給過多によりだいぶ前から改善されている。毎日朝から晩まで働く必要性などどこにもなかった。それが経った今証明されたところだ。
さすがに1ヶ月も補充しなければ目減りするし、2~3ヶ月後はまた水不足になってしまうかもしれない。でもそれはいつまでも僕が気にすることではないというのが今ならわかる。
でもきっと、この町から僕が居なくなっても困ることなく日常が続いていくのだと思った。
――町を出る憂いはもうない。
道具屋に立ち寄って物色している僕をセイラさんは不思議そうに眺めていた。
屋敷に戻ってすぐに町長に話を持ち掛けた。
「長居してしまいましたがそろそろ次の町へ移ろうと思います」
「な?!先生!何を仰っているのですか?!この町は先生のお力が必要なのです」
「いいえ、カイザスの町はとても豊かでもう僕の力は必要ありませんよ。今日町を回ってみてわかりました。僕の役目は終わっています」
「何を言いますか!確かに町は安定しています。しかし、それは先生の存在ありきなのはおわかりいただけているでしょう。先生が居なくなってしまってはまたいつ水不足になってしまうか!」
それから話し合いは続いたが、納得はしてくれなかった。町長の立場からしたら保険の為に僕を確保しておきたい気持ちはわからなくはない。でも僕の気持ちはもうこの町から離れてしまっている。説得される余地は残っていなかった。
結局、僕は「明日町を出ます」と言い。町長は「もう一度ゆっくり考え直してくだされ」とお互いが折れないまま話し合いは中断することとなってしまった。
町長の部屋から退室すると当然の様にセイラさんが待っていてくれた。思い返せばこの町で一番長く一緒に居たのはセイラさんだった。身の回りの世話から何から何まで頼りっきりになってしまった。
セイラさんと明日でお別れかと思うと切なくなってくる。セイラさんに明日でお別れだと告げたらどんな反応が返って来るのだろうか。
セイラさんは僕のことが好きなんじゃないかと僕は考えていた。でも今となってはそれも疑わしい。僕は色々と勘違いをしていて物事を正しく見ていなかった。
セイラさんが愛想よく僕と接してくれていたのも仕事上の事で、僕が好きなんじゃないかと勘違いさせた事実は使用人として最高の仕事をしていたとも言える。
お別れを告げた時、あっさりと返されてしまったら嫌だなっと思ったらなかなか伝えることができず。部屋の前に到着してからやっと口にすることが出来た。
「セイラさん、僕達は明日この町を出ます。随分とお世話になりました」
僕が頭を下げてからセイラさんの顔を確認するといつも通りのセイラさんがそこに居て、僕達が町を出る事について特別な感慨はないという事がなんとなくわかってしまった。
その反応が寂しくて逃げるように「お疲れさまでした」と言いドアを閉じた。
「ルーシェルお兄ちゃんおかえり」
「ただいまサラちゃん。町長さんにも明日町を出るって伝えたからね」
「うん」
「明日は午前中にお店を回って食料を買い足して、それから町を出よう」
「わかった!」
そして何事もなかったように、ご飯を食べて、お風呂に入り、ベッドに入った。だけどなかなか寝付けなかった。寝ている間に寝返りを打ってオナラしたらどうしようとか不安に思っているわけではない。
僕が寝れずにじっとしていると不意にドアが開かれる。慎重に開けたのかドアはキィィと小さな音だけを立てた。一体こんな時間に誰だろうと思って起き上がろうとした時。
「ルーシェル様......」
聞こえてきた声がセイラさんのモノだったので、咄嗟に寝たふりをしてしまった。耳を立てて物音に集中する。
セイラさんはゆっくり僕のところへ歩いてきているようだった。もう一度僕の近くで僕の名前を呼びかける。いったい何の話なのだろう、起きて話を聞いた方が良いのかもしれないと思い始めた時に、セイラさんの気配が更に近づいてくることに気付いて僕は固まった。
「ルー君。行かないで......」
ルー君?ルー君って言った?行かないでって言った?
突然の呼びかけに混乱していると、僕の唇に柔らかいものが触れた。それから残り香だけを置き去りにしてセイラさんは居なくなってしまった。
全然理解が追い付かない。今何が起きたのだろうか?ルー君って何?唇に触れたの何?寝つきは悪かったのに加えてこれだ。もう今日は全然寝れる気がしない。
......セイラさんはやっぱり僕のことが好き?なのかもしれない。......マジで?ガチで?これは死ぬ前の夢か何か?あれ?僕明日死ぬのかな?




