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僕の事情

 ルーシェルは壊滅的に剣の才能がなく、落ちこぼれであった。本来なら去年終えているはずだった神石斬りを失敗してしまい落第していた。


 ――――あの時の光景が脳裏を掠める。


 去年、ルーシェルはクラスメイトが次々と神石を斬り、己の剣を授かっていくのをウキウキと眺めた。それもそのはず、これで苦手な剣術から解放されるのだと安堵さえしていた。


 神石斬りと言っても儀式的な側面が大きく、これまでに神石斬りが失敗した事例はなかった。


 


 だから、ルーシェルが神石斬りに失敗したとき、空振ったのだと思いその失敗をみんなが面白可笑しく笑った。


 もう一度、ルーシェルが剣を振り神石に受け止められた時、笑いは起きなかった。




「「「「は?」」」」



 もう一度、やけくそで振るった剣は神石に弾き返され、体勢を崩し無様に尻もちをついた。


 予想外の出来事にルーシェルに対して声を掛けられるものは居らず、居たたまれなくなったルーシェルは自ら立ち上がりみんなの視線から逃げるように駆け出していた。


 心の中で皆から漏れ出た「は?」という一言が笑い声と混じり合い何度も繰り返された。不甲斐ない自分に嫌気が差して、羞恥心から涙がぼとぼとと落ちては服を濡らしていく。


 気が付いたら家にたどり着いていた。


 父親からどんな剣に変わったかの質問に「斬れませんでした」と涙ながらに報告すると、呆けていた父親が事態を把握すると同時にルーシェルは怒鳴られ、殴り飛ばされていた。


「お前はどうしてこうも私に恥を塗りつけるのか!!」


 貴族の次男に生まれたルーシェルは変わった子だった。貴族というもの剣術を磨き上げるのが使命と言っても良い。それなのにルーシェルはその剣術が大の苦手だった。


 貴族という存在はその強さで証明するものであり、剣術に優れているのが当然であり、求められているのは強さ以外有り得ない。


 そういった観念のなか、幼かったルーシェルは魔法使いになりたいと無邪気に告げたのだ。


 世間一般的な認識で魔法使いといえば、剣術の使えない下働きの仕事に従事する者の総称であった。後に貴族席から外れてしまうとしても、貴族の次男であるルーシェルが口にして良い言葉ではなく、父親は激怒した。


 ルーシェルはこの世の魔法使いが、生活になんとか活用できる程度の魔法しか扱えない事を知らなかった。


 ルーシェルが思い描いた。魔法使いとは魔法剣を行使して発動する大魔法という事がわかってからは父親の溜飲も下がったが、ルーシェルに剣の才能はなく、父親は早くからルーシェルを見限り放任した。


 遅かれ早かれそうなってしまったのかもしれないが、そのきっかけになってしまったのは「魔法使いになりたい」という一言だったに違いない。


 父親は剣才に溢れ武勇を持ってその地位を築いたが、先の戦いで負傷してから満足に戦えない体になってしまっていた。その為、早くから後継を任せられる戦える者を欲していた。


 幸にも、長男と3男は剣才に溢れ、長男が属性剣を所持してからは父親も幾分穏やかな性格になっていたのだが、ルーシェルが神石を斬れなかったという事件は容認できるものではなかった。


 それも当然だといえる。そんな事が知れ渡れば笑い者にされる。わかりきったことだった。ルーシェルは汚点でしかなかったのだ。



 父親は怒りに任せて言い放つ。「出ていけ!」っと。ルーシェルは何度も殴られ痺れる体と憔悴した精神で反論する言葉など発することはできるはずもなく、「はい」という事しかできなかった。


 騒ぎを聞きつけ母親がやってきて何事かを問い詰める。


 父親は不承不承に説明を始めるのだが、その前にルーシェルに行動を促す。


「自室にあるものは持っていけ」


「......ありがとうございます」



 ルーシェルは痛む体を引きずるように自室へと向かい荷物をまとめる。その間に父親は母親に経緯を説明した。



 ルーシェルは荷物をまとめると、黙って屋敷から出た。別れの挨拶をする余裕もなかった。


 そのまま消えるはずだった。



 しかし、扉を開き外の進み出て間もなく、声がかかる。


「ルーシェルお待ちなさい!」


 扉から、父親と母親が出てきて、母親が怒った顔で近づいてくる。


 ルーシェルは母親の怒った顔を初めて見て、たじろいだ。いつも優しかった母親を怒らしてしまうようなことをしてしまったのだと再認識した。心のどこかでは母なら僕を助けてくれるのではないかと願っている部分もあり、なおさら消沈した。


「あなたはもう二度とこの家に帰る事を許しません!」


「はい......」


「私の子ルーシェル・ブロッサムは死にました。これからはただのルーシェルとして好きなように生きなさい!」


「母......いえ、わかりました」


 ルーシェルの心はズタボロだった。一度にいろんな事が起きて、もうどうしたらいいのかわからなかった。


 動けずにいるルーシェルにずっしりと重い布袋を手渡し、母親は小さな声で別れの言葉を紡いだ。


(ルーシェル愛しています。どうか無事で)


 ルーシェルが事態を上手く呑み込めずしどろもどろしていると、母親は突き放した。


「わかったらさっさと出ていきなさい!」


 口調こそ怒りを表していたが、最後に見た母親の顔は今にも泣き出しそうだった。


 布袋にはたくさんの貨幣が詰まっていた。ずっしりと重い袋は母の複雑な想いの塊なんだと思えた。これは、父の目を欺く芝居だったのだと気づき、また瞳から涙が零れ落ちる。


 涙は頬の傷に沁みて痛みを発したが。その痛みは殴られた痛みを紛らわしてくれた。それから1年身を隠すように生き、神石斬りに再挑戦したのであった。



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