ふたりのやりとり
トロロフの町から離れるように進んでいたが、辺りが暗くなってきたところで歩みを止め野宿の準備を始めた。
少女の意識はまだ回復してない。地面に毛布を敷き少女を横たえる。随分と消耗しているのだろう呼吸が乱れている。
「ジグ周囲の警戒を頼むよ」
『かー!今やろうとしてたのに、小僧に言われてやる気がなくなってしまったわ」
「ジーグ!」
『わかった。わかった』
なんだろうか、とりあえず一回は断って渋々感を出そう的なのはどうにかしてほしい。ジグは結局言われた事は全てするのに、嫌々感を出すのが好きすぎるのだ。
僕は食事の準備を始める。この少女は昨日僕と出会ってから、ずっと外に居たのだろう。いや、両親が妖魔に殺されたのがいつかわからないが、きっとその時からずっと外にいるのだ。
見た感じ10歳ぐらいの少女が何日も外で耐えていたと思うと心が痛む。それなのにあの町の連中は救いの手を差し伸べる事をしないばかりか、呪われた子と迫害していた。
髪も服も、体も全部が土まみれで、足の方は泥が渇いてしまっている。もう何日食事を取っていないのだろうか。痛々しいほど痩せて頬がこけて、肌も乾燥してしまい唇はひび割れ血の痕がついている。
いきなり重たい食事は無理だろう。食べやすいスープが良いか。周囲から適当に落ちている枝を集める。
魔法で小さな囲いを作って焚火をして、囲いの上に鍋をおいて水を満たす。そこに乾燥キノコ、干し肉、細かく切った野菜を入れて煮る。
キノコと干し肉から出汁がでて、野菜の旨味と合わさって美味しいスープになる。固焼きパンは日持ちするがとても硬いので、食べるのに苦労するだろうから、ひと手間加えておく、まずは薄切りにして表面を火で炙る。
パンの表面がカリっとしてきたら、サイコロ状に切り分け一口で食べれる大きさにしておく。こうすると食べる前にスープに浸してふやけさせて食べたり、ふやける前でも歯で噛み砕いてスープで流せば楽に食べることが出来るはずだ。
スープは煮込めば煮込むほど具材から旨味が滲み出てくるので、あとは少女が自然に目が覚めるまで待とう。
そうなると手持ち無沙汰になる。ふっと少女を地面に置いて寝かしている事が気になって来る。野宿になるから当たり前だが、毛布にくるまって地面に寝るか、木にもたれ掛かって寝るかするのだけど、当然寝心地は悪い。寝起きは体中が痛くてたまらなくなるほどだ。
毎回それが嫌で気になっていたし、そういうところで疲弊している少女を寝かすのも気が引けたので、どうにかできないかを考え、思い付きを試してみる。
土魔法と風魔法を組み合わせて、地面を耕し土を柔らかくしてみた。その上に寝転がってみると思った以上に柔らかく感じたが、服が土まみれになってしまった。
後悔しつつも、毛布を下敷きにして眠れば衣服は汚れないので、悪くないと思った。
別の場所に移りもう一度地面を耕し土を柔らかくした後に平面にならして軽く押し固めた。試しに寝てみると小石や凹凸がないだけで全然違った。すごく良い仕上がりに満足すると今度は風晒しになっている事が気になる。
簡単でも家があったらいいのにと思い。あれ?できるんじゃないかとひらめいてしまった。土魔法で四角い箱を作り、一面に穴を開け入り口を作る。
「これは......もはや家だ」
箱の中を確認するとちゃんと個室になっており感動した。なぜ今までこうしなかったのか過去の自分を悔いた。
中に入ったり出たり繰り返して、自画自賛した。意味もなく均した土ベッドの上に寝転んだりした。こうなると早く誰かに試して欲しくなってくる。
地面に寝かしていた少女を抱え上げ、ふかふか土ベッドの上に置きなおす。
「どう?やわらかい?寝心地良くない?」
返事が返ってこないと知りながらも寝ている少女に向かって語りかけていた。
『小僧......何をやっておる』
「......ジグ」
ジグに変なところを見られてしまった。軽く咳払いをして喉の調子を整える。
「彼女の為に家を作ったんだ」
『どこの新婚さんだ......まぁ良い周辺の気配を見て回ったがここいらは安全だ安心するがいい』
「そっか、助かったよ」
『食事の準備はできたのか?』
「あぁ、もうできてる」
『なら丁度良い、その小娘も起きたようだ』
ジグの言葉で少女の肩が跳ねる。どうやら騒がしくしてしまったせいで起こしてしまったらしい。でも、状況がわからなくて寝たふりをしていたのだろう。
「目が覚めたみたいだね。体は起こせるかい?」
「は、はい」
「僕はルーシェル、君が倒れてしまったから保護させてもらった」
『拾ったの間違いだろう』
「ジグは黙ってて」
「剣が喋ってる......」
「こいつは、僕の魔剣ジグノート、インテリジェンスソードといって魂が宿る剣なんだ」
『フハハ、小娘よ!俺様の事はジグ様と呼ぶが良い』
「......カッコイイ」
「へ?」
「ジグ様って言うんだカッコイイ!」
『う、うむ小娘はわかっておるな』
「あ、ごめんなさい。私はサラっていいます」
「サラちゃんだね。とりあえずご飯にしよっか」
「え?あの......いいんですか?」
『小娘が遠慮などするな』
「なんでジグが答えるんだよ。ちょっと待ってて」
スープを深めの椀によそい、小さく切り分けた固焼きパンを浮かべてからサラちゃんに渡す。
「温かい」
「どうぞ」
僕はもう一度自分用とジグの分を用意してからサラちゃんの場所に戻る。サラちゃんはまだ手を付けずに待っていた。
「どうしたの食べていいよ。熱いから気を付けてね」
「......はい」
サラちゃんは恐る恐るスプーンで掬い上げ、念入りにフーフーと冷ましてから口に含んだ。それを見て僕もスープを飲む。うん具材からちゃんと旨味が染み出て美味しく仕上がっている。塩を控えめにしたからジグにとっては物足りなく感じるかもしれないが、優しい味わいになっているのでサラちゃんには丁度いいだろう。
スープの出来を自画自賛していると、サラちゃんの手が止まっている事に気付く。......もしかして疲弊した体には逆に塩味強めが良かっただろうか?口に合わなかったのかと焦る。
「もしかして、美味しくない?」
これでマズいって言われたら正直へこむ。いやたとえマズくても本当の事は言えないか。じゃぁ美味しいって言われてもマズい可能性が残るということか。なんていう事だ。
『小娘、味が薄いって言ってやれ』
「おい」
「おいしいです......とっても」
......サラちゃんの声は震えていた。部屋の中は薄暗く細やかな表情まで読み取る事ができないが、しゃくりあげる声と鼻を啜る音が全てを物語っていた。
「良かった。ゆっくり食べて」
『なんだ泣いておるのか?これしきの食事で泣くとは情けない。小娘よ待っておれ」
ジグは風の様に飛び出していったかと思ったら、すぐに野ウサギを仕留めて帰ってきた。
『小僧よ、こいつを食わしてやれ。肉の旨味を味合わせてやるのだ』
「一体どこから......」
『何をやっておる、小娘が食べ終わる前にちゃちゃっとやらんか』
ジグに急かされて大急ぎで野ウサギを解体して、切り分けたそばから随時焼いていく。全て解体したころには、最初に焼き始めた肉は既に火が通っていた。
『小僧!これはもう焼けたのでないか?』
「うん、ばっちり焼けてる」
『なら早く寄越せ、小娘に渡してやろう』
ジグは焼き肉を受け取るとサラちゃんの元へ駆け込む。必死だ。
『小娘よ、これを食べてみろ』
「ジグ様ありがとう。食べていいの?」
『礼など良い、早く食べろ』
......必死だ。
「すごく美味しい!」
『そうだろう!そうだろう!美味しいというのはこれの事を言うんだ!さぁどんどん食え』
「ジグ様も一緒に食べよ?」
『む?そうか。そうだな一緒に食べるのは良いモノだ』
部屋の中から聞こえてくる会話に口元がにやけてくる。ジグもたまにはいいところがあるじゃないか。カッコイイって言われたのが相当嬉しかったとみた。
ふたりのやり取りを聞いて、やっぱり助けて良かったと思った。少女を救えたことで、久しぶりに僕の心は幸福を感じていたのだ。




