ギルドの監察官。不正取りしまり報告
ダンジョンの内部は静かだった。静かな暗がりをトマスたちの一行は列を組んで歩いた。
目指すのは出口だが、まだかなり先だった。休まず歩いて1時間ほどの距離が残っていた。トマスは喉の渇きを覚えたが、手持ちの水が残り少ないので我慢した。
「ふー」
前の男が大きく息を吸い、吐きだした。その様子に疲れが色濃く滲んでいた。
――狩りの後だ。仕方ない
直前まで地下の第2層に潜り、そこで狩りを行った。今はその帰路である。パーティのメンバーは総勢5人だが、疲れのせいで5人とも無言だった。足取りも重かった。
キキッ
前方を小さな生物が横ぎった。
プラットだ。
ダンジョンに棲息する小型獣のプラットがとことこ歩いて行きすぎようとしたた。
トマスは気持ちがやわらいだ。
この生物は見た目や仕草に愛嬌があり、冒険者の間のちょっとした人気者である。性質もおとなしく、人間に危害を及ぼすこともないので、普通なら、そのままやり過ごす。
ところが予想外のことがおきた。先頭の男が剣を抜き、振りかぶったのだ。
――え、ウソだろ
まさか殺す気か。
トマスは目を疑った。男はそのまま剣を一振りした。止めるヒマはなかった。
プラットは慌てて身をひるがえし素早く逃げ去った。
――なぜ
プラットを殺害しても獲物としての価値はない。肉が売れるワケでも貴重なアイテムが得られるワケでもない。殺してもまったく無駄なのだ。
なのに、なぜ…
男は剣をおさめ、不機嫌そうにチッと舌打ちをした。そして
「おい」
と声をあげ
「ここで休むぞ」
と、宣言した。
男の名前はバンダル。がっしりした体格でパーティのリーダー格だ。服についたドス黒い染みは魔獣の返り血である。
バンダルは自分の水筒を取りだした。水は残り少ないはずだが構わず一気に飲み干した。それだけでは物足りないのか、不満な様子でこちらを見た。水を寄越せと言いだしそうな気配があった。そんな高圧的な空気をバンダルは常に漂わせていた。
だが幸い、水は要求されなかった。空の水筒を足元に放り投げ、バンダルは岩に腰をおろした。その両隣に別の男がそそくさと座った。
右は槍使い、左は盾役だ。3人は長い付き合いがあるらしく、なれた感じで会話をはじめた。時折、ニヤニヤと笑いあった。
実はトマスがこの3人に会ったのは今日が初めてである。冒険者ギルドで紹介され臨時でパーティを組んだのだ。さほど親しいワケではなく、トマスは離れて座ることにした。
「はぁ……」
隣で小さなため息が聞こえた。見ると、中年の男ががっくりして座りこんでいた。
パーティの一員で、名前は確かヘンリー。
やはり今日が初対面の相手で、年齢はトマスより10才ほど年長の30過ぎに見えた。疲労のせいか元気がなさそうである。
――そういえば
狩りの途中、リーダー格のバンダルに何か言われて落ち込んでいた。トマスはちょっと気になった。
「大丈夫ですか、ヘンリーさん」
「え」
「顔色がよくないですよ」
「そうですか」
ヘンリーはそう言って顔をなで
「大丈夫です。気にしないでください」
と、笑みを浮かべた。しかし
「はぁ……」
また、ため息をつき、か細く弱気な声で
「……来るんじゃなかった」
と、つぶやいた。気にするなと言われても気になった。
「ついついお金に目がいってしまってね」
そんな中年の独り語りに
「え…ああ」
トマスは取りあえず相づちをうつ。たぶん、聞いて欲しいのだろうと推測した。
「金のためにパーティに参加しちまったんです」
「ええ…それは僕も同じですよ」
そう同意したのは本心からだ。
この臨時のパーティは、実際、報酬が悪くなかった。依頼者は富裕な商人で、急ぎの案件だったためお金を弾んだと聞いている。
やや特殊なのはお金の支払い方である。
向こうに座るバンダルがその商人と知り合いで、一括してバンダルが金を受けとり、そこからメンバー各々に日当が払われる。
日当は銀貨2枚で、依頼の内容は魔物ギバリオンを退治し角を持ちかえること。他に獲物があった場合、5人で分け合う約束になっていた。
「依頼は達成できたんだから、参加してよかったじゃないですか」
トマスはあえて軽い感じでそう言った。相手の話を促そうと思った。なぜ来るんじゃなかったと嘆くのか、その理由を聞きたかった。
「なにか心配でも」
「…たしかに依頼は達成しました。魔物を退治し角も取得しました。問題は」
そこまで言ってヘンリーは口をつぐんだ。バンダルたち3人が気になるようで僅かに視線をあげて盗み見た。
トマスはおおよその察しがついた。問題は
「ケアヌークのことですか」
単刀直入に聞いてみた。ヘンリーは小さくうなずいた。
ケアヌークというのはダンジョンに棲息する魔獣である。非常に珍しい、滅多に遭遇できない希少なモンスターであり、もし捕獲できれば大金になる。
そのケアヌークに、トマスらは運よく出くわした。捕らえることには惜しくも失敗したが、暫く交戦し手傷を負わせた。そして、貴重なアイテムを手に入れた。【ケアヌークの鱗】だ。
深刻そうな声でヘンリーは
「我々は鱗を3枚手に入れました」
「はい」
「どうすべきだと思いますか」
「どうって」
ケアヌークの鱗は薬品にするのが一般的である。万病に効能を持つとも言われ、鱗のまま薬師に売ればいい金になる。
「薬師に売って、そのお金を5人でわけるんじゃ?」
トマスがそう答えるとヘンリーは首をふって否定した。
「違うんですか」
素朴な振りでトマスはたずねたが実はわかっていた。バンダルたち3人が独占を目論んでいるのだろう。
だが、その心配はないはずだった。薬師に売るにはギルドを通す必要があり、ギルドに経緯を説明すれば取り分を正しく配分してくれる。だから、取りっぱぐれは起きないはずである。
そんな楽観的なトマスの考えをヘンリーは再び否定した。
「連中は売るつもりはないんです」
「売るつもりはない?」
「彼らの目的がわかりますか」
そう聞かれて答えに詰まったが、考えられるのは1つだけである。
――そういうことか
トマスはある噂を思いだした。
――ケアヌークの鱗には薬とは別の用途がある
そう聞いたことがある。
あまり知られていないが直接食べると特殊な効果を発揮するらしい。
あくまで噂のレベルだが、鱗を一枚丸ごと食べると体力が劇的に上昇し戦闘力が大幅に高くなる。しかも一時的な変化ではなく恒久的に効果が持続するらしい。
異国の戦士がケアヌークの鱗を食べ大型ドラゴンと対等に戦ったという伝聞もある。
だが、すべては噂や伝承の類だ。実際の効果は不明だし、そのまま食べると人体に害をなすとの声もある。
「鱗を一枚づつ3人で食べるつもり…ということですか」
「バンダルは強くなることに異常に執着しています。病的なほど強さにこだわります。そういう男ですから売って金にするより自分の体に取りこむほうを選ぶんです」
その意見にトマスは思い当たるものがあった。今日1日見た限りだが、バンダルの戦い方は異様なほど過激だった。斬る、刺す、殴る。すべてに容赦がなかった。
「実はさっき、取り分について念を押すため直に話をしたんです。ここに来る途中です。でも」
バンダルに凄まれて引きさがったらしい。
「家族の身になにがあってもいいのか。そう脅されました」
ヘンリーは頭を抱えた。
「悪い噂は聞いてたんです」
「噂?」
「ええ。あの男に逆らうと何をされるかわからない、一緒に狩りに出かけて行方不明になった人間が何人もいる、おそらく揉め事で奴に殺された…そんな噂を何度か耳にしました。耳にはしましたが半信半疑でした。でも私は確信しました。奴の目をみてはっきりわかりました。噂は本当です。平気で人を殺す、あの男はそういう人間です」
ヘンリーはそこまで一気にしゃべり通した。怖れのせいか声がうわずっていた。
一部始終を聞きながらトマスは徐々に身を乗りだした。
「わかりました。僕が話をしてみます」
「え」
「ちゃんと分け前を5等分するよう掛け合ってきます」
「何を言ってるんですか」
ヘンリーは慌ててトマスを引き留めようとした。
「よしましょう。悪いことは言いません。怒らせたらタダじゃすみませんよ」
「彼らのやってることは不正行為です。黙って見過ごせば不正を認めたことになる」
「いやいや。所詮、我々は冒険者です。この世界が綺麗ごとじゃないのはあなたも知ってるはずです」
確かにその通りである。綺麗ごとじゃないのは紛れもない事実だ。だがトマスは首を横にふり
「だから戦うんです」
そう言った。言葉に精一杯の力をこめた。
それを聞いたヘンリーは決して納得したワケではなさそうだが言い返そうとはしなかった。肩を落とし黙り込んだ。
――年上を相手に生意気な態度をとってしまった
そいう気まずさをトマスは覚えたが
――とにかく、やるべきことをやる
気持ちを固め、身をひるがえした。そしてバンダルたちのほうへ歩いていった。
最初にこちらに気づいたのは槍使いの男だ。3人で会話に興じる最中だったがトマスの様子になにか異変を感じとり、不審そうな目を向けてきた。その気配がバンダルにも伝わった。
「話がしたいんですが」
そう声をかけると無言で睨まれた。バンダルには不気味な迫力があり気圧されそうだった。だが引きさがるワケにはいかなかった。
「ケアヌークの鱗のことです」
「鱗がどうした」
「約束どおり、5等分してもらえるんですよね」
「5等分?」
「はい。みんなで分けるという約束でした」
バンダルはククッと笑った。
「無茶言うなよ、あんちゃん。ここには4人しかいないじゃないか」
4人?
「ちゃんと数えてみな」
目の前にはバンダルと槍使い、盾役の3人がいる。自分を含めて4人。
トマスは後を振りむいた。直前までヘンリーがいた場所に人影はなかった。無人だった。
――トラブルを恐れて逃げたのか
さっきの様子から考えると多分逃げたのだろう。念のため周囲に視線を這わせたがヘンリーはいなかった。
まあ仕方ない。
あの男がいようがいまいが関係ない。自分のすべきことは1つ。
不正に沈黙せず。
それだけだ。
決意を胸にバンダルのほうに向きなおろうとした。そのときだった。背中に硬質のものがあてられた。おそらく剣である。
「お前も逃げ出してくれると助かるんだがな。あの男と一緒に」
バンダルの声が響いた。
「ただし外へ出ても告げ口は厳禁だ。わかるよな。俺たちは鱗なんか手に入れてない。ケアヌークにも出くわしてない。そういうことだ」
「残念だが言ってることが理解できない。約束を一方的に破るのはギルドの規定違反だ。従うワケにいかない」
「随分威勢がいいな」
背中の剣がゆっくり移動した。冷たい刃が首筋にあてられた。
「お前も行方知らずになりたいか。ダンジョンで魔物に襲われ連れ去られた。そう報告して闇に葬るのは意外と簡単なんだぜ」
「ひとこと言わして貰っていいか」
「なんだ」
「ありがとう。感謝する」
「あぁ?」
「脅迫してくれて助かったよ。面倒な手間が省けてよかった」
トマスはゆっくり振りかえり、3人を見据えた。そして
「お前たちを拘束する」
そう宣告した。
「罪状は脅迫だが、それだけじゃない。ほかにも多くの嫌疑がかかっている。ひとまず拘束しギルドで裁きを受けてもらう」
短い沈黙がおとずれた。
まず反応を示したのは盾役の男だ。太った体で勢いよく立ち上がり
「てめえ、ワケわかんねーこと言ってんじゃねーぞ」
と叫んでトマスにつかみ掛かろうとした。
それを制したのはバンダルだ。バンダルは薄っすらと笑みを浮かべた。
「そういうことか。なるほどな」
盾役と槍使いは状況がわからず動揺をみせた。バンダルだけが冷静だった。
「最初からおかしいと思ったぜ。D級という割に妙に腕がたつ。なにか訳ありかと思ったら、監察官だったのか」
「監察だと!」
槍使いが、すかさず叫んで目をつり上げた。口を大きく開けたまま
この若造が?
ウソだろ。
そんな顔をした。
槍使いの男にとって、これはある意味、当然の反応だった。
監察官を間近に見るのは初めてで、そもそもそんな仕事が今だに実在するとは思っていなかった。
――監察はとっくに消滅した
そう考えていた。
――確か…
ごく断片的に聞いた話では、かつては冒険者ギルドに監察という制度がしっかり確立されていた。悪質な冒険者に秘かに近付き取りしまる、いわゆる隠密型の監察官が活躍し、冒険者の世界に安定をもたらした。
だが制度は次第に廃れていった。原因は監察官の不正にある。
ギルドの幹部と結託し、私利私欲にはしる監察官が各地にあらわれたのだ。冒険者の弱みをおさえて私腹を肥やす輩も出没した。
信頼が徐々にうしなわれ、やがて取り返しがつかなくなった。
監察制度というのは、もはや過去の遺物のようなものである。少なくとも槍使いの認識はそうだった。
「迂闊だったぜ」
言葉を発したのはバンダルだ。
「監察官が今の時代も動いてるとはな。噂では聞いてたが本当だったのか……まあいい。とりあえず教えてくれないか。俺たちを告発した人間が誰なのか。どこのどいつが俺を売ったのか。教えてくれたら賄賂をたんまり奮発するぜ」
バンダルは賄賂という言葉を強調し、ニヤリと笑ってみせた。
トマスは取り合わなかった。
「悪いが質問には答えない。黙ってこちらの指示に従ってもらう」
「へー。これは意外だな。監察官ってのは賄賂が大好物だと聞いたんだが」
露骨な嘲笑だが、トマスは冷静に聞き流す。この手の侮辱は馴れていた。
…監察官はどうせ私腹をこやすことしか考えてないんだろ
そんな蔑みを何度も受けてきた。だからいちいち反応しないクセがついていた。
その様子に苛立ったのか、バンダルは追い打ちをかけてきた。
「監察官の仕事は、代々、親から子供へ引き継ぐらしいな。お前の親も賄賂が大好物だったのか」
挑発するのが異常にうまい奴だ、とトマスは思った。
バンダルの言うとおり、トマスの父も監察官だった。すでに亡くなったが長く任務についたベテランだった。だが在職中、賄賂とはまったく無縁で清廉な人だった。
それを侮辱しやがって…
さすがに腹立たしかった。
しかし、ここでそんな話をしても仕方がない。剣の柄にトマスは手をかけた。そういう形で意志を示した。
先に動いたのはバンダルだった。
足を蹴り上げてきた。靴先に刃物が仕込まれていた。
シュンッ
刃先が風を切り裂いた。
トマスは体をわずかに移動し攻撃をかわした。それを追うように剣が鋭く伸びてきた。剣の切っ先を同じく剣で打ち払った。
カキン
火花が派手に舞い飛んだ。トマスは態勢をととのえ中段に身構えた。正攻法で臨もうとした。
だがバンダルは
「へへへ」
不敵に笑って間をはずし
「思ったより強いな」
そんな言葉をトマスに投げかけた。
「どう攻めたらいいか悩ませてくれるじゃねえか。へへ。八つ裂きもいいが串刺しも捨てがたい。そんな気分だぜ」
さらに独り言でも言うように
「ひさびさに昂ぶってきた。監察官を血祭りにあげるのがこんなに楽しいとはな。やばい、やばい。体中が沸騰しはじめた。はははは」
「バンダル」
槍使いの男が声をかけてきた。
「あれを使うか」
「そうだな。寄こせ」
槍使いは腰の袋からなにかを取りだした。ケアヌークの鱗だ。鱗は3枚あったが、そのうち1枚をバンダルに差しだした。
「全部だ。3枚とも寄こせ」
バンダルはそう命じた。
「なに言ってんだ。3人で山分けの約束だろ」
「うるせえ。お前らには無用の長物だ」
冷たい声でバンダルは言い放った。盾役の男が思わず声をあげた。
「勝手な…」
だが、その声は途中で遮られた。バンダルが剣を一閃させ、2人の首をあっさり跳ね飛ばした。
ボトッ、ボトッ
頭部が地面に落ち、血が飛び散った。首から下の部分もバサッ、バサッとくず折れた。
槍使いの手からケアヌークの鱗をもぎ取り、バンダルは口に押し込んだ。バリバリとかみ砕き、一気に飲みこんだ。
一連の様子をトマスは呆然として見届けた。
――しまった
仲間割れとはいえ人が殺され、それを防げなかった。監察官として失策である。被疑者を生きて拘束するのが自分たちの役割であり、死なれてしまっては元も子もない。
――こうなったら、バンダルだけでも生かしたまま捕まえる
そうトマスは決意した。
だが、それも危うかった。
目の前のバンダルに異変がおきていた。ケアヌークの鱗の影響なのか、体が尋常ではない震えをみせていた。
ウォォォォォー
野獣のような雄叫びをバンダルは張りあげた。耳を突き刺すような声だった。それと同時に妙な音がした。
ビリッビリッ
衣服が破れる音だった。バンダルの体がむくむく大きくなり上着が引き裂けていた。
「これは一体」
露わになった上体に鱗のような模様が浮き上がる。成り行きに予測がつかなくなった。
巨大化した筋肉をパンパンに膨らませ、バンダルは巨木のように立ちはだかった。片手で剣を振りあげ、一直線に振り下ろしてきた。
ガッシィィィ
トマスが身をかわすと剣は地面に激突し、真っ二つに砕けて飛び散った。凄まじい腕力だった。
「バンダル」
呼びかけたが返事はなかった。
「バンダルっ」
やはり返事はなかった。人間の意識があるのかないのか判別不能の不気味な状態だ。
ただはっきり言えるのは
――戦闘意欲は極めて高い
その点は確信できた。
バンダルは新たな武器をもとめて槍使いの死体に近づいた。槍を取り、頭上に掲げて盛大に振りまわし、しかも
「片手だと!」
決して軽くない両手槍をまるでおもちゃのように片手で扱った。
それだけではなかった。反対側の手には赤熱した火球を巻き上げていた。魔力も増強されていた。
ボワッ
まず火球が放たれた。
狙いはトマスだが、少しはずれて背後の壁面に激突した。
ドーン
爆音が轟いた。威力は絶大だった。壁が大きくえぐられダンジョンそのものが震動した。
――まずい
生半可な対応では勝ち目がない。
トマスは逡巡した。生きて捕らえることに拘れば逆にやられてしまう。敵を殺す覚悟で臨めばなんとか勝機はあるかもしれないが…
ビュンッ
バンダルの槍が伸びてきた。横に動いてかわした。通常ならかわし切れる攻撃だが今の相手は異常だった。人間離れの腕力を持っていた。力任せに槍を旋回させトマスにぶち当ててきた。
ドス
わき腹付近に衝撃がはしった。息が止まりかけた。踏んばらずに両足を浮かしたのがせめてもの救いだ。体が宙を舞い地面を転がったが怪我はなかった。
のろのろと起き上がると火球が飛んできた。
手を差しだし結界をはった。かろうじて火球の被ばくは免れたが衝撃の凄さで体が吹き飛んだ。
――仕方ない
トマスは肚を固めた。殺すことになりかねないが自分の全力を出し切ることにした。「3人とも死亡」とギルドに報告するのは憂鬱だが、今はそんなことに構う余裕がない。
片膝をつき、剣に手を当てた。
「照射」
魔力を刃に注ぎ込む。
剣がかすかに光を放つ。緑の光。光は徐々に強くなる。
「よし」
トマスの剣は【魔剣】として覚醒した。
バンダルは立て続けに火球を放ってきた。魔剣を構えたトマスは、火球を次々に切り伏せた。緑の光は強さを増した。火球の魔力を吸いとったのだ。
ブン
魔剣を一振りして風を巻き上げた。竜巻状の大きな風がいくつも発生した。
「風破」
トマスが命じると、竜巻が群れを構成し、先を争うようにバンダルめがけて疾走した。
ウォォォォォー
バンダルの雄叫びが突風にまぎれて掻き消えた。
さすがの巨体も竜巻の猛威に翻弄された。常人なら体ごと持ち去られ、壁面に激突して命はないはずだ。
だがバンダルはその場で持ちこたえた。槍を握りしめ、風に逆らいながら前進を試みた。
じりっ、じりっと桁外れの体力で近づいてきた。
しかし
――そこまでだ
トマスは魔剣を構えて跳躍した。風に乗り、バンダルとの距離を一気につめた。
一瞬、相手と目があった。そこにあるのは野獣の目。
槍が振りまわされた。
魔剣ではじいた。
竜巻のなかへ突進し、バンダルの巨大な胸に狙いをつけた。
緑の光輝がその瞬間、ダンジョンに激しく煌めいた。
魔剣は光とともに直進し、バンダルの体を難なく斬り捨てた。
断末魔の叫びがダンジョンに轟いた。バンダルは間もなく絶命した。
「ふー」
激しい緊張のため、安堵の息をつくまで少し時間がかかった。
◇
父の墓は街はずれの丘の上にある。トマスはそこに定期的に花を供えにいく。今日は久しぶりに墓に行ってきた。監察の仕事を受け継いでまだ間もないが、墓を訪れると気持ちが引き締まる。仕事に対する意欲が改めて高くなる。
家に戻ると手紙が届いていた。ギルドからの連絡だ。
ちょっと嫌な予感がした。おそらくバンダルたち3人の件だろう。
事の顛末はすでに報告済みだが、3人とも遺体になったという事実をギルドは快く思っていなかった。拘束するのが監察の本分であり殺害が目的ではないからだ。
――確かにその通りだが
状況が状況だった
あの時点で他の選択はなかった。トマスはそう説明し、なんとか理解してもらえるよう努力した。だが、一部の幹部は苦い顔のままだった。
手紙の差出人はジェイムズ・ロドンとなっていた。ギルドマスターである。トマスにとっては雲の上の存在で、ちょっと緊張した。
叱責の言葉だろうか。
封を開け、手紙を取りだした。書き出しはこうだった。
――先だってはご苦労だった。重い任務をよくこなしてくれた
トマスはほっとした。割に肯定的な評価が得られたようだ。
だが甘かった。
その後は戒めの言葉が続いた。監察官の心構えが長々と説かれていた。
トマスは気持ちが重かった。
救いは後半だ。最後の数行に期待の言葉が述べられていた。
ポンと背中を叩かれた。玄関先で手紙を読んでいたのだが、近所の知人に声をかけられた。
「どうした。妙な顔して」
「ん、ああ」
「いい便りでも届いたか」
「はは」
トマスは笑って誤魔化した。
手紙の終わりはこう結ばれていた。
――今後も怠ることなく精進せよ
その手紙をぎゅっと握りしめた。




