その4
やっと出てきた恋愛要素!
こんばんは、唯子です。ただいま時刻は22時。まだまだ夜はこれからだ、と思う方も多いのではないでしょうか。私もそう思います。ネットサーフィン楽しいですよね。
はい、そんなことはどうでもよくって。唐突ですが、体が動きません。
何故でしょう。私にも分かりません。
そよかぜ村に越してきてから一週間は経ちました。私は至って普通の生活を送ってきたつもりです。
毎日家畜の世話を行い、3日に1度は村に売りに行く日々。エミリーとは、たまにお風呂に行く関係になった。
そうそう。最近気になる人もできた。なんと小説家のカミルさん。物腰が柔らかくて、陰で人の悪口を言わないだろうなってタイプ。にっこり綺麗に笑う彼が唯子にとって癒しであった。ついでに声もふわふわしていて素敵。第一印象そのままの人だった。
(彼、本当にやさしいのよね。にっこり笑った顔がもう花が綻ぶようで……あぁもう胸がきゅんきゅんする)
優しい男性というものに免疫のない唯子――――――くっそチョロかった。
初対面の印象は「優しそうな人だなぁ」である。エミリーに彼を紹介された次の日、カミルは牧場近くを流れる川のほとりで、せっせと作業していた。物語を、あーでもない、こーでもないと練っていたそうだ。声をかけられ、一緒に川を眺める穏やかな時間。ふと横を見ると、こちらを見つめる温かい瞳―――――。
ぽちゃんと恋に落ちた。思ったより恋の沼は深く、今ではもうずっぶずぶである。出会って数日であるが、恋に時間は関係ない。
奥手な唯子ではあったが、好感度を上げるべく、ほぼ毎日何かしらのプレゼントを持っていった。花やらクッキーやらケーキやら。唯子は男性経験皆無であるものの、貢ぎ癖があった。
唯子は恋に盲目になっていた。毎晩もらったアロマオイルを垂らし、彼を想う生活。ローズマリーの香りがするそれは、安眠効果があるそうだ。
ちなみにエミリーには内緒にしている。彼女の恋愛話に対する熱量は凄い。話してしまおうものなら根掘り葉掘り聞かれそうなのだ。
(そんな話はさておき……やっぱり身体が動かない。まだまだ夜はこれからだっていうのに!)
アロマストーンにオイルを垂らし、明日は何をしようかしらとベッドでごろごろしていると、身体が動かなくなってしまったのだ。
かろうじて目は開く。しかし、部屋の明かりは先ほど消してしまった。五感は一応保たれているようだが、真っ暗で何も見えない中動けない状況というものは、恐怖でしかなかない。
自分の身体を、自分の意思で動かせない。怖い。目を開き、きょろきょろと、見える範囲だけでも周囲を見渡す。暗い、何も見えない。
これは何かの病気の症状だろうか。いやいや、だったら日中に現れないのはおかしい。夜限定で出現する特異的な病気なんて、聞いたことがない。
暗闇を見つめ続けていると、何か恐ろしいものが浮かび上がってきそうで、唯子は目を閉じた。
自由に動けないことが、どれだけ苦痛であるのか初めて知った。普段は自分の思うとおりに動かせる四肢が言うことをきかない。頭がかゆくてもかけない。長時間同じ体勢でいるから背中と腰が痛いのに、動くことができない。
(もしかしてこれって金縛りなのかな……?)
その瞬間、カタン、と部屋の隅で音がした。
(えっなに……)
ビクっと反射的に身体か震える。
身体が動かない今、聴覚に頼っている唯子は、ほんの些細な音にも過敏になっていた。
(風の音、だよね。そうだ、そうに違いない)
そう思い込みたかった。
時々流れてくる、甘いローズマリーの香りだけが救いだった。
やっと身体を動かせるようになったのは朝の5時。半覚醒状態でうとうとしていたが、突然動けるようになり時計を見ると、5時ぴったりだった。
フ―――と全身から息を吐き出す。
長時間動かせなかった身体はゴキゴキと音を立て、唯子は思う存分伸びをした。
「ン―――――――ッ、なんて清々しい朝!」
窓を開け、太陽の光を部屋いっぱいに取り入れる。
とりあえず今日は診療所に行って、マイル医師に相談しよう。
そう決意した唯子は、毎朝のルーティンをこなすべく、作業着に着替えた。
何も、考えないように。
―――――――――――暗闇の中、部屋の隅に感じた人の気配は、気のせいだと思いたかった。