その2
そよかぜ村生活1日目。唯子は村長に連れられ、村を案内されていた。
この村には結婚適齢期の男子が15名、女子が10名いるそうだ。村の外から「嫁候補」として連れてこられたのは、唯子ただ一人だという。
「風呂は村の中心にある大浴場を使いなさい。体調が悪くなった診療所のマイル医師を頼って……」
村長はでっぷりと超えた胴体をゆっさゆっさ揺らしながら、話を続ける。
「単純に喉が痛い、腰痛が辛い、とかだったら薬屋のルーファスを訪ねるといいよ。フフ、ちなみに彼は28歳という若さで薬の扱いに長けている天才なんだ。しかも独身……どうだい、会いに行ってみるかい……?」
「いえ、大丈夫です」
「フヒヒッそんな連れないことを言うんじゃないよ唯子くん。君はもう村の一員なんだ。一刻でも早くみんなと仲良くなってもらいたいんだよ」
「ハァ、ありがとうございます」
水道は整備されているし公衆浴場もある。病院も、薬屋もある。識字率は100%だし、季節の変わり目には住民たちの交流イベントも開かれるのだという。
見渡せば、周囲で遊んでいる少年少女たちの表情は明るく、清潔な服を着ていた。孤児もいないそうだ。野菜を売っている女性は恰幅がよく赤子を抱えている。花屋の女性はきらきらとした笑みを浮かべ、道行く青年に花を売りつけていた。
生活水準は高い。割といい所かもしれない……。
「この村ではね、赤ん坊一人に対し50万の出産手当が出るよ。産休、育休取得も可能……男女関係なくね。お休みしている間の補助金もちゃんと出る。子どもの教育に関してもこの村では手を入れているよ」
「おぉ、しっかり、している……」
「そうだよ。子どもは宝なんだ。子どもを増やし、村を繁栄させる。それが僕のモットーだからね。もちろん子どもを産めない夫婦もいてもいい。産まないという選択もある。僕は強制はしないよ。君にはポンポン産んでほしいけどねッ」
ばちこーん、とウィンクをかます村長。なんだこのイラっとする表情……。
「強制子づくり」なんて人権ガン無視な事言っておいて、その実村の住民にとっては頼りがいのある村長をしているらしい。
福利厚生がしっかりしている。この村長やり手だ。
それにしても不思議だ。全く知らない村にいきなり住むことになるなんて、もっと戸惑ってもいいはずだ。何故この様に、すんなり受け入れてしまうのだろう。
今までどんな生活してきたっけ。親も兄弟もいるはずだというのに、顔も名前も思い出せない。
仕事は?恋人は?
思い出せないということの異常性を理解しつつ、恐怖や焦りがない。
「次は君が生活する牧場を案内しようか」
1時間ほど歩き、村の外れにある牧場に到着した。村から遠い。風呂に入りたければ、片道1時間かけてて歩かなければならないのか……。どうしよう痩せちゃう。
しかし無料で住めるのだ。文句を言える立場ではない。
牧場には、村長のご好意であらかじめ牛が5頭、鶏が5羽用意されているという。
さっそく牛舎に案内され、この世界では初対面となる牛に直面し、衝撃を受けた。
(ぷにっぷにだこの子達……!!!)
そう、記憶している牛や鶏と、この村での彼らは全く違う存在であった。
ぷにっぷになのである。おもちなのでは?と思うくらいにぷにぷにもちもちしている。
目を輝かせて目の前にいる牛をもちもち揉みしだく。
ぷにぷにぷにぷに
「も、もー、もーぅ」
「な、鳴き声もかわいい……枕にして寝たい……」
「――――――唯子君、そろそろいいかね」
「あっ、はい」
声をかけられ我に返る。夢中になるほどこの牛の感触は良かった。
彼女を「はなこ」と名付けよう。生涯の友になるのだ―――。
「早速乳しぼりしてみようか。ほぅら、やってみて」
言われた通りに手を動かし、大きなバケツを設置し、乳を搾る。
シャ―――ッと音を立て、ミルクが溢れ出す。ちなみに乳も、もっちもちだった。ずっと触っていたいくらいの感触である。なんなら自分の乳より柔らかい。
「おーよくできたね。えらいえらい。最後に、右上のコマンド押して。牛をよーく見てると出てくるだろう」
「えっ、はい……どれだろう」
「ほら、お肉のマークなーい?」
「あっこれかな。はい」
―――――ぽちり。
ゾクリと背筋が凍った。
押した途端ぞわぞわと下から込み上げてくるような嫌な予感がする。
えっこの絵文字ってもしかして。っていうか何、この空間に浮かんでいる肉マーク!唐突すぎて何も考えずに押しちゃったよ!!
「ちょっと待って、待って……!!!!」
「もー………」
悲しげに鳴いた後、ポンッとはなこが消えた。次いで出てきたのは綺麗に精肉された牛肉らしきもの。
先ほどまで目の前にいたはなこは、いない。
この肉って……。
「はーいよくできましたー。こうしたらお肉が出てくるからね。ちなみに牛さんは妊娠していなくてもお乳は出てきまーす。すごーい。ついでに家畜を増やしたくなったら商人のビルさんに言っておきなさい」
「え……ぁ……はなこは?」
「今の牛のことかい?だから今、肉にしただろう」
「―――――――――ぇ」
「……唯子くん、ショックを受けているんだね。分かっているだろうけど、牧場経営していくなら、そんな事ではいけないよ」
「わかっています、けど……精肉過程があんなに簡単でいいのでしょうか」
「楽でいいじゃない。この世界ではボタン一つで、あっという間に動物がお肉になってくれる」
「な、なるほど……」
ショックを受けてしまったが、そういうものかもしれない。動物を殺し、解体する作業がない。目の前に浮かぶアイコンを押せば、簡単にお肉が完成する世界。
(なんだか妙な村に来てしまったなぁ)
今の私には記憶もなければ身寄りはない。生きていく場所と仕事を与えらるってだけで、とんでもなく贅沢な状況なのだ。
――――――割り切っていこう。この村に来たのも何かのご縁。どうせなら、面白おかしく生きていきたい。
「こんなもんかなぁ。はーいチュートリアル終わり!他に何かあれば、僕の家にいつでもおいで」
「はい。ありがとうございます」
―――――こうして、そよかぜ村生活1日目が幕を閉じた。