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TRPG SS集  作者: るーちゃん
8/35

はし双回 前日譚 隷ハシSS はるより編

時刻は午後8時過ぎ。

すっかりと暗くなった道を、三人の高校生が歩いている。

黒髪の少年、その隣を歩く短髪の少女。

……それから、刺青の目立つ四肢と頰を持つ者。

彼らは今日、外食をしようと連れ立っていた。

とは言っても、金銭的に余裕のない学生である。向かった先はどこにでもあるようなチェーンのファミリーレストランだった。

しかし、それでも友と会話をしながらの食事は美味しく感じるものである。


柳之宮ハシラが枝園奏多の暮らすマンションに同居を始めてから1ヶ月近くが経とうとしていた。

もう屋敷で摂っていた、栄養価だけを考えられた冷えたオートミールの味は忘れてしまっていたかもしれない。

……柳之宮家から逃げ出してからの間、終ぞ追っ手の姿を見ることはなかった。


旅行の帰り道、あの牢獄のような空間に戻ることが怖くてハシラは行方をくらます。

どうせすぐに捜索が始まり、連れ戻されることになると思って……誰にもそのことを告げはしなかった。

しかしどういうわけか。4日、5日……恐ろしい程の平穏の中、何事もなく日は登りまた沈んで行く。


……もしかして、もう自分のことは必要なくなった?あの地獄のような儀式を行う日々も、柳之宮の悲願を背負わされる人生も……全てが父親にとってどうでも良いものとなった?

そう考えてから、ハシラはどこまでも甘い自分に辟易する。そんなはずはない。あの人は、自分と関わった者を余さず喰らい尽くそうとする人間だ。

きっと今の自分が不必要になったとしても、また別の何かに利用するか……臓器でも売り捌かれるに決まっている。特殊な体質を持つ生き物の、貴重なサンプルとして。


「柳之宮?」

「……え?あ、ごめん……どうしたの?裁貴君」

「いや、なんかぼーっとしてたからさ。もしかして食べすぎた?トイレ行きたいとか?」


小首を傾げる正義と、その後頭部を叩く奏多。

もう今の生活になってから何度も見た……ハシラにとっては微笑ましい、いつものやりとりだった。


「な、何するんだよ奏多!」

「そういうデリカシーないことは言っちゃダメっていつも言ってるでしょ!」


しかしそんな正義は彼を睨みつける奏多の言葉をあまり受け入れられていないようで、頰を膨らませる。


「ならなんて言えばいいのさ、お手洗い?バスルーム?」

「私が言ってるのはそこじゃない!……まったくもう……」


はあ……と深いため息をつく奏多。

それを見たハシラがくすくすと小さな笑い声をあげると、奏多は申し訳なさそうに「ごめんね、うちの失礼なのが」と言った。


「ううん……二人が楽しそうにしてると私も明るい気持ちになれるから、謝らないで」

「楽しそう?今のが?」

「うん。だって見てるだけで凄く仲良しなんだなって分かるもん」


ハシラの言葉に、二人は示し合わせたようにきょとんとした表情を浮かべる。

それがおかしくて、ハシラは今度は声を上げて笑った。


「柳之宮ってなんか……感性が独特だよな」

「それを裁貴くんが言う?」

「だってこないだの旅行の時も……あ、そうだ!」


正義は突然肩にかけていた鞄の中を漁り始める。

そして数十秒の後に取り出したのは一枚の写真であった。


「はいこれ。柳之宮、スマホ持ってないって言ってたから、写真屋で現像してもらったの忘れてた!」

「わ、わざわざ私に?」


ハシラは渡された写真を見る。

それは旅行の最終日、夕飯の席で皆で撮った集合写真であった。

一番手前に、写真を撮った笑顔の正義と奏多。

その奥の真ん中で晴れやかな表情を浮かべる西町と、その右隣には少しだけ照れくさそうなネモと嬉しそうにカメラへピースサインを向けるエーギュ。

左端には無邪気に笑っているカティアと、その後ろで微笑ましそうにそちらへ目線を向けるフラウ。

そして一番奥には結局自分の席から動こうとしなかった隷鷲と、その彼をどうにかカメラ内に収めようとして少し無茶な姿勢になりながらも可笑しそうに笑っているハシラ。


……夢のように楽しかった、あの日の欠片だ。


「ありがとう、絶対大事にするから」

「おう!」


ハシラの言葉を聞いて、ニカッという擬音の似合う笑みを浮かべる正義。

三人で歩いていると、暗い夜道が幾分か明るくなったようにさえ感じる。


……しかし、それはただの錯覚だったのであろう。

楽しげな談笑の後ろで潜む、仄暗い闇。


「だからさ、その時……っ!?奏多!」

「へ?……きゃっ!」


正義が突然奏多を突き飛ばし、飛び出してきた『何か』の腕を捕らえようとする。

しかしビッという軽い音とともに袖口と腕を浅く切り裂いた刃物を見て、正義は顔色を変えて身を引いた。

ぱたぱた、と通路に落ちてコンクリートを染める赤い血に、奏多は小さく悲鳴をあげる。


ハシラはその姿を見た。

全身を包む黒装束の人間。顔を隠すように額から白い布をかけており、そこに描かれているのは蔦を模した文様……。


「奏多!柳之宮を連れて逃げろ!」

「でも!」

「僕たちは今変身できない!だから自分に出来る戦い方をするしかないんだ!」


再び手中の獲物を振りかざし、向かってくる黒装束。

正義は右に体を逸らしてそれを避け、そのまま拳を叩き込もうとするが相手も機敏に反応する。

張り詰めた空気。奏多はぎゅっと唇を噛んでハシラの腕を取った。


「柳之宮さん、行こう!」

「だけど裁貴君が」

「私たちがここに居ても却って足手まといになるだけだよ!」


強い意志が篭った奏多の声。

本心ではこの場から絶対に離れたくない。それでも自分の立場を理解した上で、下した決断であった。

ハシラはそれを受けて、最早言葉を返すこともできず……ただただ頷いた。


駆け出す二人に縫い付けられているかのように、黒装束の顔面がぬるりとそちらの方を向く。


「させるかッ!」


正義は自分を無視して彼女たちを追おうとした黒装束の足元を蹴り払った。

転倒でもしてくれれば御の字……と思ったが、そう簡単に行くはずもない。

ただ、一瞬の間相手の動きを止めるのには十分であった。


「……僕らは弱きを守らきゃいけないんだ」


構えを取る正義を見て、先にこちらを排除すべきと判断したか。

黒装束は真新しい血に濡れた刃物を煌めかせ、ゆっくりと向き直った。


*****

人の住む街とは思えないほどに、不自然に静まり返った路上で。


「くっ、そ……!」


正義は痛みに意識を奪われそうになりながら、背を壁に預けてずるずるとその場に座り込む。

流石に、明らかに素人ではない動きの刃物を持った相手に丸腰で挑むのは無謀であったか。

腹に開けられた穴からは止めどなく熱い血が流れ出し、既に彼の周りの地面に水溜りを作っていた。


しかし、まぁ最後に正義は勝つのだ。

正義は口元に笑みを浮かべて少し離れたところに落ちている黒色の布と、その下に広がっている赤紫色の液体を見る。


彼は黒装束の突き出した刃物の一撃をあえて身に受け、その腕に取り付き……骨をへし折ったのである。

ぶらりと右腕を下げた黒装束はその場で硬直した。

戦意を喪失したのだろうか?正義がそう思った瞬間、黒装束は全身をブルブルと不自然に震わせ始める。

まるでゴムの人形か何かのような動き……それを数十秒間続けた後、突然水風船がはじけるような音を立てて『飛び散った』。

目の前で起きたことに理解が追いつかず、呆然と立ち尽くす正義。

赤紫色の液体と黒い布は動く様子を見せない。

しかし、先程……あれが崩れ落ちる前に何か声が聞こえやしなかったか?

人間のものとは思えないほどにしわがれた音……それは確かに、『儀式は敗北を許さない』……そう言ってはいなかったか?


何もかもがわからない。

儀式?あの顔を覆う布の文様に似たものなら、知っている。

だが狙われていたのは明らかにハシラではなく奏多だった。

目的も分からない以上、相手の行動に予測のつけようもない。早く二人と合流しなくては……。


「……あれ……」


立ち上がろうとして脚に力を入れるが、身体は僅かにその場からずれたのみである。

……想定以上の深手を負ってしまったことには気が付いていた。それでも、なんとか帰り着くか緊急病院に駆け込むくらいは出来ると思っていたが。


ああ、これは奏多にめちゃくちゃ怒られるな。

恐怖とか焦りよりも先にそんな考えが頭に浮かんできて、思わず笑ってしまう。

約束を破ってばかりで、流石に自分でもヒーローとしてどうなのかと思うが……今回は少し無茶しなければならない状況であった事を分かってもらえるだろうか。


裁貴くん、と半ば悲鳴のような声が視界の外から聞こえてくる。

見ると、ちょうど奏多がこちらへと駆け寄ってくるところであった。

捲し立てられるように何かを言われているのはわかるが、正直頭がぼうっとして何一つ聞き取れない。もう少しゆっくりはっきりと話してくれないだろうか。

近くにハシラの姿はないようだ。きっと奏多は彼女をどこか安全な場所に送り届けてここに戻ってきたのだろう。

流石僕のパートナーは優秀だ、と正義は嬉しく思う。

しかし、狙われていたのが自分だということには気が付かなかったようだ。もしそれを把握していたらここに戻ってきたりはしなかっただろう。これは後で注意しないと。


いつの間にか傷口には気休め程度ではあるが、奏多が着ていたカーディガンでの止血が施されていた。

ああ、流石にこれは弁償しないとなぁ、と正義が考えているうちに奏多はスマートフォンの通話を切って再び彼の傍にしゃがみ込んだ。


タガが外れたように涙を流している奏多。

正直彼女が泣いているところはほとんど見たことがなかったので、どこにそれだけの涙の備蓄があったのだろうかと思ってしまう。

でも、まぁ……心配させてしまったのは間違いない。自分でも今回のが失態である自覚はあるし。


「ごめん。奏多、僕……」


そこまで口にしたところで、正義の意識は暗転した。



*****


「……」


暗い廊下で、緊急手術中であることを示すライトが嫌に煌々と輝いていた。

廊下に備え付けられた簡素なソファに、二人の少女が座っている。


ハシラは隣に座る奏多を見た。

彼女は祈るように手を組んでうつむき、微動だにしない。

……それは、そうだろう。

彼女にとっての支えであったひとが、死の淵に立たされているのだから。

自分だったらどうだ?果たしてこんなに静かに時を待ち続けられるだろうか。

そもそも、こんな事になった原因というのは……。


「柳之宮さんのせいじゃないよ」

「え……」


まるで思考を読んだように、奏多がポツリとそう零した。


「でも」

「柳之宮さんのせいなんかじゃない」


二度目の言葉。

それはハシラに向けたものというよりは、自分自身に言い聞かせようとしているものに聞こえた。

ハシラは顔を歪める。

そんなはずないじゃないか。自分を匿ったから、あの黒装束の標的にされたんだ。

奏多に全てを抱え込ませるくらいならいっそ、呪われ罵られた方が何倍もマシだと……ハシラはそう思った。


「柳之宮さん、先に家に帰ってていいよ」

「……」

「大丈夫だから」


状況に反してあまりにも冷静な声。

その中に押し殺された拒絶の色が見えた気がして、ハシラはその場を後にした。


*****


荷物をまとめて、世話になった奏多の住居を出る。

荷物、といっても旅行に持ち出した荷物に数枚の衣服が加わったのみであったが……それでもなんだか、肩に形容しがたいほどに重い荷物を担いでいるような心地であった。


当てはない。

例えあったとしても、この足で向かえるはずがない。

ただ自分の足音だけが聞こえる夜道を、ハシラは歩き続ける。

両脇に立ち並ぶ家には暖かな色の明かりが灯ってはいたが、団欒の声は聞こえてこない。

ただ単に、静かに夜を過ごしているだけなのか……それとも彼らは彼らだけの世界で、幸せを完結させてしまっているのだろうか。

なんだかその光が眩しくて、ハシラは目元を手の甲で拭った。


結局たどり着いたのは、あの公園であった。

旅行から帰った日に、逃げるように彷徨った先で見つけた公園。

初めてそれを見たとき、ハシラは頭の中でパチリ、と小さな音を立てて記憶のピースがはまるのを感じた。


どこにあるのかも知らなかった場所。

幼い頃に、ただ一度だけの楽しい思い出が生まれた場所だった。

随分と色の褪せたベンチ。

二つ並んでいたはずなのに、片方は壊れたのか撤去されてしまっていたブランコ。錆の浮いた滑り台。

はっきりと思い出した。

ここは、『れいちゃん』と出会った公園だ。


今日もまたここへ足を運んでしまったのは、やはり今もまだあの思い出に縋り付いているからなのだろうか。

随分と背の低く感じるベンチに腰掛け、鞄からほんの数時間前に受け取ったばかりの写真を取り出す。


……みんな笑顔だった。

あの瞬間だけは、ハシラも確かに『普通の女子高生』として皆に囲まれていた。

だが、それから……優しい仲間たちに受け入れられてしまったが故に、忘れてしまっていたのかもしれない。

自分が一体何の元に生まれたのか。

自分の身体に施されたものはなんだったのか。

……自分が、果たして人間と呼べる存在であるのか。


ぽたり、と不意に写真に一粒の雫が落ちる。

雨が降ってきたのか、とハシラは空を見上げるが、その先には星が輝くばかりで雲ひとつ浮いてはいなかった。

そこでようやく、先ほどの雫が自分の流した涙であったことを理解する。

……それに気が付いてしまってからは、もはや心の中から溢れるものを押し留める事などできようもなかった。


「う、ぐ……うええぇん……」


あまり大きな声で騒いではいけないと分かりながらも、後から後から押し寄せる嗚咽を飲み込むことができない。


初めてだった。

こんなにも沢山の人達が、自分に普通の言葉をかけてくれるのは。

だからつい、心の弱い少女はそれ甘えてしまったのである。

……元はと言えば、ただ一人の人でさえ側にいてくれるのが奇跡だったのだ。

目にした者に宿った『因子』を、揺さぶる刺青。

ステラナイツはロアテラの力への耐性があるらしいので、彼らが刺青の影響を受けないことは何となく理解できる。

しかし彼はどういうわけか、ハシラと共にステラナイツに覚醒する前からそのようなものを気にする様子はなかった。

それどころか、この刺青を肯定するような言葉をかけた。

当時のハシラには信じられないことだったが……あの日が確かに奇跡の始まりだったのだ。


「会いたいよ……」


最早涙を拭うことも忘れて、ハシラは膝を抱える。

今すぐにでも隷鷲に会いに行きたい。

ぶっきらぼうだけど優しい言葉で、この行き場のない不安を断ち切ってほしい。

だけど。それでも、そうしてしまえば。

……自分のせいで彼が傷付けられるかもしれない。


「それだけは、絶対に嫌……!」


ぎゅっと腕に力を込める。

……ずっと側にいると、少し前に約束したばかりだし、ハシラ自身もそれを心から望んでいた。

それでも、自分が何かを望むことで不幸になる存在がいるのなら……。


それから少しの間、すすり泣く声が響いて……やがて公園には静寂が戻ってきたのである。

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