未来へ託して もう一つの裁貴家。過去編
「親父、久しぶりだな」
「直行か。お前が俺に会いに来るとはな」
「俺も会いに来るなんて思ってなかったよ」
アーセルトレイの第二階層の端。あまり人の訪れない区画にあるアパートの一室。裁貴の表札がかかった部屋を訪れたのは一人の息子だった。
「どうした?微妙な顔して」
「親父はなんで警察をやめたんだ?」
「なんだ、今更……。そうか、お前も壁にぶつかったんだな。そうだな、じゃあ昔話でもしようか。俺には尊敬する一人の先輩と大切な二人の仲間が居たんだ」
「本日より新人研修に参加します、裁貴信正巡査です。宜しくお願いします」
「よろしく後輩、俺は紫吹煌鷲だ。歳も離れてねぇんだ。そんなにかしこまらなくてもいいぞ」
俺は警察に入ってすぐ、新人研修で煌鷲さんの下についた。その人は正しいことを正しいと、間違っていることを間違っていると言うことができるまさに正義の人だった。俺たちはそりゃあの人に憧れ、背中を追ったもんだ。
「よろしく、私は小鳥遊悠那。階級は巡査だよ」
「俺は佐野北鷹星だ。今はまだ巡査だがすぐに出世してやるよ」
同期の二人とはいつも一緒だったよ。紫吹さんの背中を追う仲間として、肩を並べていく仲間として。信頼も尊敬もしていたんだ。
俺たちはいろんな事件を解決した。
「突入後、すぐに身柄を抑えろ。人質は悠那、お前に任せる。信正、鷹星は俺のバックアップだ。初陣だからって新人扱いはしねぇぞ」
「「「了解」」」
「行くぞっ……」
「無事に解決できてよかったよ~、一時はどうなるかと思った」
「佐野北が出過ぎた真似をするからだ。あの状況なら動かずに紫吹さんを待った方が……」
「うるせぇよ、俺のおかげで人質が怪我一つなかったんだろうが」
「そういうことを言ってるんじゃ……命令違反だって言ってるんだ」
「ほらほら、信正は固いんだから。力抜いて、ね?」
俺たちはいいチームだった。紫吹さんの指示のもとお互いの長所を生かして良い連携が取れていたよ。まぁ、鷹星とは仲がいいとは言えなかったが。
そんな仲間ともいつまでも一緒じゃなかった。
「今日で新人研修は終わりだ。いろいろ教えてきたことも身についていると思うが、警察官として正しく在ってほしい」
鷹星は憧れの紫吹さんに近づくためにそのまま捜査一課に、悠那は生活安全課、俺は隣人犯罪対策室の配属になった。全員希望した部署だ。後悔はない。けど仲間と別れるのは、少しは感傷に浸ったよ。
「今日でお別れかぁ、なんか寂しくなるね」
「俺は信正と離れられて清々するけどな」
「それは俺のセリフだ。面倒事を起こすお前に付きまとわれて煌鷲さんもかわいそうだ」
「なんだと!!」
「まぁまぁ、喧嘩するほど仲がいいってね」
「「良くないっ!!」」
「ほらぁ」
俺たちは最後の最後まで俺たちのままだった。志を同じにする者同士、他の課になったとしても仲間であることは変わらない。
「信正、ちょっといいか」
「煌鷲さん、何でしょうか」
「ちょっとつきあえ」
俺だけ休憩所に呼び出されたときは何をやってしまったかって焦ったよ。
「お前はいい警察官になる。そんな気がする。だがな、最初から見てて思った。お前は固すぎるんだ、固いものはもろい。その真面目さは長所だが、少しは力を抜くことを覚えないとすぐに折れちまうぞ。そんだけだ。お疲れさん」
そう言って紫吹さんは俺に缶コーヒーを渡してくれた、人生であの時以上においしいコーヒーを飲んだ記憶がないよ。ただ、あの時のあの人の言葉は、まるで未来予知だったわけだ。
「ねぇ、今日みんなでお酒飲みに行こう?明日から宗教抗争がらみで忙しくなりそうなの」
署内でいつもの業務を終えて帰ろうとしたところで悠那に呼び止められた。同じタイミングで降りてきた鷹星も捕まっていた。
「俺はもちろんいいぞ、悠那の誘いだからな」
「信正は?」
「疲れてるんだが……まぁ君たちの誘いを断るわけにもな。煌鷲さんも来るのか?」
「先輩には綺麗な奥さんがいらっしゃいますからね。私たちが邪魔しちゃ悪いでしょ」
「それもそうか」
「先輩にはさぁ、素敵な奥様がいて。私は……私は……うぇ~ん」
「悠那は泣き上戸だったのか。意外だな」
「信正は初めてだったか。ほら、悠那、危ないぞ。倒れるなら俺にしとけ」
「……それはない」
「……くくっ」
「あぁ、もう笑えよこの冷徹男!!」
すごく楽しかったよ。あいつらと過ごす日々は。みんなまっすぐに正義を貫いていて、カッコよかった。あいつらみたいになりたかった。
「煌鷲さん、お久しぶりです」
「あぁ、信正。久しぶりだな」
資料室で書類整理をしていた時、珍しく先輩が資料室に来たんだ。
「何かお探しですか?」
「いやちょっとな。ちょっと昔の事件について調べたかっただけだ」
「そうですか、お手伝いしましょうか?」
「いや、いい。俺一人でやるよ」
ただそれだけ。それが俺があの人と話した最後の言葉だった。
「煌鷲さん、あれからずっと無断欠勤が続いてるって」
「あの人が警察官としてそんなことするわけねぇじゃん。絶対なんかあったんだって」
「どうしたんだ、二人とも」
それからしばらくして、休憩室で話していた二人を見つけて声をかけた」
「煌鷲さんが無断欠勤しててずっと連絡が取れないんだって。私も連絡したんだけど」
「あの人がそんな不義理をするわけがないだろ。何かに巻き込まれたんだ。お前は何か聞いてないか?」
「俺は何も……あっ」
俺はそのとき気づいたよ。きっとあの時資料室で調べていた内容にヒントがあるって。だから二人と別れた後、資料の閲覧記録を確認したんだ。
「柳之宮家に関する内偵捜査……?作成者は……不明?内容は削除済み……嘘だろ」
「裁貴信正巡査部長、何を調べているんですか?」
「刑事部長……この資料は改ざんされた恐れがあります。内部調査を……」
「残念ですがその件について再捜査されることはありません。今すぐ忘れたほうがあなたの為ですよ」
「ですが、煌鷲さんはこの件について調べていたはずです」
「彼は度重なる命令違反から警察組織から除名されました。もう警察官でも何でもない」
「……そんな」
理不尽だと思った。こんなの警察内部の人間でなきゃ改ざんしたり、除名処分なんてできるわけがない。それも警察組織の上層部に顔が利くってことだ……。
「余計なことを考えているようですね。あなたは自分の使命を全うすることだけを考えなさい。あなたが追っていたマクベスに動きがあったそうです、すぐに急行してください」
「分かりました。失礼します」
それからしばらくしてだ。紫吹煌鷲の死亡報告書が届いたのは。俺は第1級テロリスト、マクベスが引き起こした高層ビル爆破テロに巻き込まれ怪我をしてしまった。その入院から戻った時、すでに死亡手続きは終了してしまっていた。
「悠那、鷹星。どういうことだ。あの人は捜査の途中に亡くなったんだ。警察葬の二階級特進だろう」
「表面上ではそういうことになってない、けど煌鷲さんの最終階級は特進している。上は何かを隠してる」
「煌鷲先輩、私たちを巻き込まないようにしてくれてたみたい、最近会ってくれなかったのもそれが原因かも。それと息子さんがいたでしょ?その子も行方不明で」
「なるほど。二人とも聞いてくれ。入院する前に……ちょ、お前ら何なんだ」
二人にあの日のことを話そうとしたところで、俺は何人かの機動隊に取り押さえられた。
「裁貴信正だな、機密保護法違反で逮捕する」
「何を言って、どういうことだ!」
「君は知らなくていいことを知ってしまったんです。さようなら。君は優秀な警察官でしたよ。君の先輩と同じようにね」
「刑事部長……お前……」
そんな感じで警察をやめた。いや、やめさせられた、か。それ以上調べたらきっと命が危ない。俺は自分の正義を信じ、貫くことから逃げたんだ。そして今の俺がいる、それから先はお前も知っている通りだ。
「こんなダメな親父で悪いな。お前には迷惑をかけたと思っている」
「今更そんな話されたって、許さないからな。確認なんだが、さっきの話で柳之宮って言ったか?」
「ん?あぁ、確かに柳之宮だったはずだ」
「それともう一つ。親父の上司の名前は紫吹なんだな。息子がいたって」
「あぁ。それがどうかしたのか?」
「くくくっ、いやこっちの話だ」
「そうか、まぁいい。親父らしいことを全くしてこなかった俺が言うのもなんだが、人生の先輩としてのアドバイスだ。仲間は大事にしろよ。俺はあれから悠那にも鷹星にも連絡は取っていない。だが、もっと早く二人にも助けてもらえばよかったって思ってる。誰にも迷惑をかけないようにって俺たちを巻き込まなかった先輩は死んでしまった。一人じゃダメなんだ。一人でどうにかしようとなんて考えるな。人を頼れ、仲間と協力しろ、昔のお前にはいなかったかもしれない。けど、今のお前は一人じゃないんだろう。俺や先輩のようにならないでくれ」
「はぁ……お前は馬鹿か……帰る」
「そうか、気を付けてな」
息子は無言で出ていった。
「大きくなったな、お前は名前の通りに生きてくれよ。俺は正義を信じ切ることができなかったが。お前はまっすぐ生きていくんだ」
窓の外を見下ろすと、二人の少年が並んで歩いていく。あれが直行の友達か。良い子そうだ。二人の声がここまで聞こえてくる。
「直行くん、どうしたの?嬉しそうだけど」
「いや、久しぶりに裁貴直行って名乗ろうかなって思ってな」
「斉藤は旧姓だっけ?裁貴か、そういやあの時の男の子もそんな名前だったような」
「あぁ、はとこ様にも久しぶりに会いに行こうかね。面白くなりそうなネタも手に入った」
「ふーん、僕はついていくけど。良いよね?」
「……遥、いつもありがとうな」
「えっ?えぇぇぇ!!!大丈夫?頭ぶつけてない?本当に直行くん?」
「なんだよ、俺がこういうこと言うのは変か?」
「変!変だよ、けど嬉しいな!」
俺たちが届かなかった真実を、正義を。見つけてくれるのはきっと次の世代なのかもしれないです、紫吹煌鷲さん。きっとあなたの息子さんも元気でいてくれます。
悠那、鷹星。あいつらは元気にやってるだろうか……。久しぶりに連絡してみようか……。