小さく爆ぜた線香花火 ヒバシラSS
「白雪……?」
休日の昼下がり,いつもの病院で薬をもらって寮の部屋に戻る。いつもはすぐに迎えに来てくれる白雪の姿が見当たらない。気配を探っても、自分のために綺麗に片づけられた物の少ない部屋に誰もいなかった。
「出かけてるのかな。まぁいつも僕といるわけじゃないから……」
換気のためになれた手つきで窓を開ける。吹き込む風が心地いい。今日は晴天、陽の光も暖かく、いつものガーデンでお昼寝もよさそうな気分だ。
「白雪、今日は中庭に……あ、いないんだった」
何かが欠けたような変な気分で自分のベッドの上に座り込んだ。無音の部屋でため息をつく。部屋に吹き込んでくる風の中に、今、ヒバナが一番聞きたかった音が混じった。
「……だぞ!……くれるんだ。だから……なんだぞ」
「そうなんだ。すっごい……なんだね」
「おうっ、だって……だからな」
楽しそうな白雪の声。ヒバナは急いで窓のもとに駆け寄って耳を澄ます。寮の裏にある花壇の方から聞こえるような気がした。話してる相手はクラスの誰かだよな。
「白雪は友達が多いな……」
何かチクっとした感情。あの日、あの時に感じた感情と似た何かが心を突き刺す。
「白雪……」
そう、無意識に呟いた。胸の真ん中がぽっかりと空いて、風が吹き抜けていくような気がした。さっきまで暖かかった空気が冷たく感じる。
「……なんだよな。あ、もうこんな時間だ。ヒバナが帰ってくるから……ごめんな」
「うん、じゃあまた明日ね」
遠くで聞こえる話し声。僕たちは二人で一人、僕は独りになるはずはないのに。ボフっと羽毛布団の中に倒れ込んだ。
「ただいまだぞ、あ、ヒバナ!もう帰ってきてたのか!……ヒバナ?」
「おかえり……」
白雪は羽毛布団に顔をうずめたままのヒバナに近づくと、ヒバナのベッドに腰掛けて頭をなでる。
「どうかしたのか?元気でたか?」
「うん、元気になった」
「それはよかったぞ」
白雪は満面の笑みを浮かべている……と思う。僕は君のそんな姿も知りたいんだ。
ヒバナはゆっくりと手を伸ばすと、白雪の頬に手を当ててさわさわとなでる。
「ひんやりしてる……」
「くすぐったいぞ、ヒバナ~。よぉし、えいっ!」
白雪が両手をヒバナの頬にくっつける。いつも通りの自分たちのやり取りで胸の隙間が埋まっていくような感じがする。
「ひゃっ、冷たいよ、白雪」
「ヒバナはあったかいんだな。ぽかぽかだ!」
一通り楽しんだ後、二人横に並んでベッドに座る。白雪が選んでくれた、シロクマらしい肌触りの良い大きなぬいぐるみを抱きしめつつ、ぼそっと呟く。
「ねぇ、さっきは誰と話してたの?」
「さっきか?さっきは……だれだっけ?」
「クラスの子だよね。聞いたことある声だった」
「う~ん、覚えてないぞ。けどな、いい奴だったぞ」
「……そうなんだ」
ぬいぐるみを抱きしめる両腕が少しこわばる。別に白雪が誰と一緒に居てもなんでもないし、何があったって僕らは……。
「ヒバナ、心配しなくてもいいぞ。おれはここにいる」
「……えっ?」
「なんかヒバナがさみしそうだったから。おれがいるだろ!」
全部白雪にばれているような恥ずかしさに、ヒバナは少し赤面する。熱くなった顔を隠すようにぬいぐるみに顔を押し付けた。嬉しさのような恥ずかしさのような何かが胸にこみあげる。
「ヒバナ?大丈夫か。もしかしてちゃんと薬飲んでないとか……」
「えっ、あぁ、いや。そうじゃなくて。何でもないから……」
「泣いてるのか?大丈夫だぞ。えーと、おれはちゃんとここにいるぞ」
左手にいつものぬくもりが訪れる。いつも繋いでいるそれに僕らのつながりがあるように感じた。
「白雪、君ってすごいね」
「え?そうか?ヒバナの方がすごいぞ?いろんなこと知ってるし、いろんなこと教えてくれるし」
「そうかな……けど、僕も君からいっぱいもらってるよ。だけど……今日は一緒に居てほしいな?」
「もちろんだぞ!ずっと一緒だ!」
その日は一日中、二人の部屋に二人の明るい声が響いた。急に静かになった二人を心配になって覗きに行った寮母さんは、両手を繋いでおでこを合わせたまま眠っている二人にブランケットをかけて部屋の電気を消した。幸せな夢を見ているのか、二人ともすごく楽しそうな笑顔を浮かべていた。
追記
「ヒバナはな、すごいんだぞ!いつも一緒でいろんなことを教えてくれるんだ。だからおれはヒバナが大好きなんだぞ!」
「そうなんだ、すっごく仲がいいんだね」
「おうっ、おれたちは二人で一人だからな!」