奏多の父親 襲来
クリスマス会の次の日……
「よぉ、久しぶりだな、奏多ぁ」
「……お、お父さん。なんで……」
「父親が娘に会いに来るのに理由なんていらないだろぉ?それともなんだぁ?実の親に対してなんだその目は?」
いつも通りアンティークショップでのバイトを終わってから、裁貴家の夕食にお呼ばれして、日も暮れて暗くなった帰り路。家の近くまで送ってもらった裁貴くんとお別れした後、階段を上がってアパートの自分の部屋のドアの前に、煙草を吹かすやつれた男が座り込んでいた。奏多はその男の空中を見つめたままの虚ろな目に恐怖を感じた。
「……裁判所から面会禁止令が出てるはずだけど」
「おいおい、公的権力が家族のつながりを切れるわけないだろう。お前はぁ、俺のお、一人娘なんだからなぁ」
後ろ手で、スマホを操作して110番の準備をする。警察が来ればすぐにでも捕まるのは明白なんだ。さすがに何もしてこないはず……。
「母さんも心配してるんだぞぅ?どうだ、また家族3人で暮らすっていうのは?」
「……嫌だ。私はもうあなたたちと関わるつもりは無いから」
「相変わらずお前は反抗的だなぁ。しつけが足りなかったのか?ん?」
父親が奏多の持っていたスマホを見つけて取り上げる。抵抗する奏多を突き飛ばした後、にやりと笑い、廊下にたたきつけて踏みつぶした。スマホについていた「正義」のアクリルプレートが真っ二つに割れた。
「あっ……あぁぁ……」
「ほうほう、親を警察に突き出そうとするなんて。悪い子だなぁ」
「……悪いことしたあなたが悪いのよ!」
奏多は廊下を這いながら、ゆっくりと下がって割れたプレートに手を伸ばす。「正」の字だけになってしまったアクリルプレートを掴んだときに、奏多は左脚に痛みを覚える。
「しつけだろぉ、周りはなんだかんだ騒ぎ立てるが……逃げんな、よっ!」
「うぐっ……」
父親は太腿を思いっきり踏み下ろし、踏みつけた脚をぐりぐりと踏みにじった。奏多は痛みをこらえながら父親の顔を睨みつける。
「お母さんがあなたの元に戻るわけがない、私だって戻らない。あなたの行いは正しくないっ!あなたはすぐに裁かれる……いっ……ぐふっ」
反抗的な態度に気を悪くしたのか、父親の表情が曇り、左脚に乗せていた足をそのまま奏多の腹部に蹴り込んだ。
「はぁ、まだまだしつけが足りなかった、いや、悪い友達にでもたぶらかされたのかぁ?そういえばぁ、最近は仲良くしてるやつがいるらしいなぁ」
おなかをおさえたままうずくまった奏多の顔を覗き込むと、苦悶の表情を浮かべた娘の顔に満足そうにうなずく。下卑た顔を見て奏多は怒りを覚えながらも、痛みで声が出なかった。
「大家さんにはもう伝えてあるからなぁ、とりあえず実家に帰るぞ。母さんもそこにいる。学校は……休んだら面倒だなぁ。行かせてやるが余計なことは言うなぁ?もし言ったら……大事な大事な友達がどうなるか分かってるよなぁ?」
父親はポケットからバタフライナイフを取り出すと、同じくポケットから取り出した1枚の写真に写る少年に突き立てた。ついこの間、二人で下校した時の写真。どこかから隠し撮りされてた……?まさか……ずっと見張られてたの?
「裁貴くん……分かった。言うことを聞くから何もしないで」
「父親には敬語だろぉ?なめてんのか?」
「……お願いします」
「しょうがないなぁ、大切な娘のお願いは聞いてやらなくちゃなぁ」
どの口が……けど逆らえない。下手に逆らってこの人の機嫌を損ねたらまずい。私ひとりじゃ対処しようが……。強く握りしめたアクリルプレートが手に刺さって血がにじむ。真っ赤なその色が目に入った時、そっと脳裏に裁貴くんの顔が浮かんだ。
「私がいなくなっても、元気でいてくれるかなぁ。私がいなくなったら心配してくれるかなぁ……ねぇ、裁貴くん……」
スマホ壊れちゃったのどう言い訳しよう、もらったキーホルダーも壊れちゃったし、学校でどんな顔して会えばいいだろう。変に勘が鋭いからごまかすのも大変そうだなぁ。右手の中にある「正」の字がすごくあったかく感じる。裁貴くんのこと考えてるだけでまともでいられる気がするよ……。あぁ、助けてくれるかな……。
「さてと、そろそろ帰るとするかぁ。なぁ、仲のいい家族は一緒に居るべき、それが正義でそれが幸せだ。そう思うだろぉ、奏多ぁ」
「……そんな正義、間違ってる。きっと……」
小さく呟いた奏多の言葉は父親には届かない。虚ろな目で笑顔を浮かべた男に手を引かれ車に乗り込んだ。次の日、いつも迎えに来る奏多が来なくて気になった正義は奏多の部屋を訪れる。
「奏多が寝坊するなんて珍しいな、連絡もつかないし……あれ?」
部屋の前に粉々になったスマホを見つけた、見覚えがある気がする。そっと排水溝の方を見ると、「義」だけになったアクリルプレートが落ちていた。拾って、見つめると、あの時渡したキーホルダーだったはずであることに気付く。
「奏多……?」
誰もいない学生向けアパートで、正義は嫌な予感を感じた。
「奏多っ!!」
インターホンが虚しく響き、ドアをたたいても人がいる気配がしない。
「奏多?」
「どうしたの?裁貴くん、おはよ!今日は迎えに行けなくてごめんね?」
正義が振り向くと、いつもの笑顔を浮かべた奏多が立っていた。