冬の一幕
「明日、霧の帝都のさ、いべんと?があるらしくて」
「いべんと……いべんとってなんですか?」
先生たちも駆け出し始めた季節はすっかり年も暮れ。桜と雪が共存する桜の帝都は年越しの準備で忙しない日常が訪れていた。
「うーん、向こうの特産品とか飾りとかそういうの。出店も出てるって聞いてるしせっかくだから見に行こう。ツリーっていう綺麗な木もあるらしい」
「つむと一緒ならどこでも……あっ」
この後の神社内の年末行事を思い出して、絃は思い悩んだ。桜花教神社も年末年始に向けて大掃除や行事なども目白押しだ。巫女見習いとして手伝うこともそれこそ無限にある。勝手に行く約束はできないと思い周囲を見渡すと、たまたま後ろで話を聞いていた依さんがにっこりと笑顔で頷く。どうやら許可は出たようだった。
「良いみたいです!行きます!」
「よかった、じゃあ明日、お昼くらいに迎えに来るから」
「はい!待ってますね!」
もう時期離れることが決まっている紡との時間は絃にとって最も大切な時間だった。駆け足で階段を下っていく紡を見送ったあと、そのまま様子を見ていた依さんが近づいてくる。
「明日の準備をしなくちゃいけないわね」
「準備ですか?」
「えぇ、しっかり準備すること。お出かけする代わりの条件よ」
「?わかりました」
どうやら準備をすることになった。でも何をどうしたら良いのかわからない。うんうんと唸りながらお部屋に戻った絃はおでかけについて考えることにした。
「まずは冬なので暖かい格好の方がいいと思います」
衣装箱を開けて服を広げると薄桃色の洋服が一番上に丁寧に保管されていた。というのも、何かと面倒を見ようとする深鈴が、霧の帝都から持ち込まれた洋服を数着は持つべきだと提案して購入することになってしまったからだ。巫女見習いとして着る機会のない絃にとってもったいないという思いはあった。しかし"ぶてぃっく"と呼ばれるお店に入って一目惚れしてしまった。
霧の帝都は桜の帝都よりも冬は冷えるらしい。防寒性もばつぐんでデザインも絃好み。お小遣いで買える物ではなかったが、気に入ったことを察した深鈴が足りない分を補ってくれた。そして買ったのはよかったのだが、今日まで着る機会はなかったのだった。
「これ着たらつむも喜んでくれますかね?」
襟付きのブラウスに薄桃色のせーたー?というあったかそうな上着。黒いロングスカートは普段着ている巫女服と足元の感覚が違う。
「はいからでちょっと大人っぽすぎます」
実際街で見かける霧の帝都の人もこんな服着てませんでした。姿見で肩にセーターを合わせてみる。巫女服以外の服を自分が着ているイメージがなさすぎて、自分が自分じゃないみたいだった。
「これ絃に似合ってますか?わからぬ」
深鈴ちゃんは似合ってるって言ってくれたけど。
「つむは褒めてくれますかね?」
その日は結局、夜遅くまでその服を着るかどうか迷ったのだった。
次の日、依さんにお休みをもらった結果、夜更かしの歯止めが効かず起きるのが遅くなってしまった。眠い目を擦りながら部屋を出ると雪と桜が折り重なるように積もっている。境内の方から紡が歩いているのを見かけた絃は寝巻きにつっかけのまま走り出す。
「つむー!」
「待った、寒いからちゃんと服を着てくれ」
霜焼けにならないよう抱き止められた後は持ち上げられたままゆっくり運ばれて縁側に降ろされる。
「つむ力持ちですね、絃も負けられません」
「どこで張り合ってるんだ」
「あ、すぐ準備しますのでここで待っててくださいね」
最終的にいつも通りの外出用の巫女服を着て外に出る。汚してしまうのも怖かったのと、つむが部屋に来た時に見せればいいかと思った。そうすればまた会う機会が作れるだろう、と。
「さむい」
着替えて外に出ると寝起きでは気づいていなかった外の寒さに身体が震えた。唐突にふわっと首元に肌触りの良い生地があたる。真っ赤なマフラーが巻かれていた。ほんのりと暖かさを感じるマフラーにぎゅーっと顔を埋めてから振り返るとすぐ後ろに立っていた紡があさっての方を向いていた。そして紡の首元にも同じデザインの白いマフラーが巻かれている。
「冷えるから使ってくれ」
「もしかしてつむとお揃いですか?ぷれぜんと?」
「姉たちから今日は親しい人に贈り物をするって聞いて、だから……」
「ありがとうございます!ずっと大切にしますね!」
絃のぱぁっと朝日のような笑顔に紡の頬が赤くなる。恥ずかしくなった紡がまたちがう方向に顔の向きを変えるが、紡の背けた顔を追いかけるように絃が回り込んで顔を覗き込もうとする。
「照れてますか?ほおがまっかです」
「ちがう、これは寒いから」
「そうなんですか……」
「え、あ、ちょっとは恥ずかしくて」
「やっぱりですか!」
しょぼんと肩を落とした絃に慌ててフォローしたせいで紡は自身が失言をしたことに気づくが少し考えた後、撤回しようとした自分の考えを振り払った。
「それじゃあ出かけよう、まずは広場の方に行こうと思うんだけど」
「はい!つむと行くならどこでも行きますよ!あ、麟もさそ……」
「ほら早く行こう!出し物もあるんだって!」
紡は絃の手を掴むと駆け出した。普段振り回されているんだから今日くらい振り回す側でもいいだろうと、普段より1.5倍くらいの速度で階段を駆け降りる。絃もがんばって足を動かしながら、紡の手の温かさを感じて離れないようにキュッと握り返したのだった。