君とおやすみ ―ヒバナver.―
ルトさんの「君とおやすみ」を先に読むことを推奨します。
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僕は“おうじさま”で“どくりんご”だ。ずっと理解してきた……はずだった。だってパパもママも他の大人たちも,僕のことは実験用のモルモットのようにしか見てなかった。それが僕だと思っていたんだ。しらゆきに会うまでは。
「おれはヒバナのこと大好きだからな~」
しらゆきはいつもそう言ってくれる。こうやっていつもすぐそばに居てくれる。
「僕も大好きだよ,白雪」
だから,僕もそうやって言葉を返す。僕には見えないけれど,しらゆきはきっと笑っている。しらゆきの表情は分かりやすい。見えていなくてもすぐに伝わってくる。
しらゆきは……何者なんだろうか。いつからか,僕たちはずっと一緒に居る。それが当たり前で,それが普通で,僕たちの日常だ。お互いにお互いを必要としている。しらゆきは僕のことをどう思っているのだろう。大好き,そう言ってくれている。もちろん信じてるし,僕にばれない嘘をつけるほどしらゆきは賢くない。きっと心の底からの言葉なんだ。でもだとしてもそれは僕の知ってる愛情なのだろうか。
僕は愛されていた,実験動物として。僕は愛していた,パパもママも。今は分かる,それらが歪んでいたことが。じゃあ僕のこの気持ちは,しらゆきの大好きという言葉は,歪んでいないのだろうか。
「ヒバナは疲れてるから早く寝た方がいいんだぞ……」
「うん,今日は検査だったからね……」
「ゆっくり寝れるように子守唄を歌ってあげる,サキさんに教えてもらって,いっぱい褒められたんだぞ!」
「そうなんだ,じゃあお願いしようかな」
ずっとしらゆきには僕しかいないと思っていた。僕には今までもこれからもしらゆきしかいないから。でも最近はいろんな人に出会って,いろんな人に愛を振りまいている。それがしらゆきのいいところで,わるいところ。
「ねむれよい子よ~♪……」
「ふふふ,ほんとに上手だ……」
すぐ横にいるしらゆきの熱。子供っぽくいつも暖かくて,いつも包み込まれて。
「ふぁ~ぁ。眠くなってきたんだぞ」
ゆっくりとしらゆきの頭がすぐそばに降りてくる。すぐ目の前に顔があるのがわかる。サラサラの髪も肌触りのいい肌も,小さな寝息もミルクのような香りも,全部が僕を癒してくれる。手放したくない,独り占めしたい,そう考えてしまう。
「……この気持ちは,歪んでいるのかな」
きっとこれが,僕が僕自身を“どくりんご”と呼ぶ理由。いつもどこかに影が落ちる。それは僕を蝕んで,いつかしらゆきのことも……。
しらゆきを起こさないように額にキスをする。おやすみなさいのおまじない。いつかママが僕にしていたものだ。これをするとよく眠れる,僕の心の毒をしらゆきが自分に移しているように。サラサラの髪に混ざるざらざらした一房,それはまるで僕の毒に侵されて歪んでしまった白雪の一部。その肌触りを確認しながら,僕は優越感に浸ってしまう。そんな黒い感情が僕の中から消え去ることはない。
「間違ってない。間違ってない。間違ってない……」
そう思い込ませるためにつぶやく言葉は,これで何度目だろうか。気が付けば僕は夢の中にいた。
黒い空間に僕は立っていた。そして暗闇から僕の声が聞こえてくる。
「オマエハヒトリダ,愛スラシラナイ」
「黙れっ……僕は一人じゃない。しらゆきがいる」
「イツマデモ居ルト思ッテイルノカ」
「ずっと一緒だ」
「ソレハボクガ思ッテルダケジャナイノカ」
「……それは。でもしらゆきもそう言ってくれてる」
「ソノ言葉ハ信ジラレルノカ,イチド裏切ラレテル癖ニ」
「パパやママと,しらゆきを一緒にするな!」
「デモボクガ大切ナノハ,パパトママダロ。」
「……」
「パパトママノ代ワリデシカナイ白雪ヲ,ドウシテ心ノ底カラ愛セル?」
そんなはずはない。しらゆきは誰かの代わりになんかならない。僕の大切な……。
「大切ナ何ダトイウンダ」
「大切な……」
目の前がぱっと明るくなる,目の前にいる存在。姿は分からないけど,しらゆきだとすぐに分かった。怖い,独りは怖い。だから手を伸ばす。僕の大切なしらゆきに。
「ヒバナ。おれはここにいるぞ……?」
手を握られた。繋ぎなれたしらゆきの手だ。その瞬間から頭に響いていた僕の声は聞こえなくなった。やっぱり僕の手をつかんでくれるのはしらゆきなんだ。
「これじゃ,どっちがおうじさまなんだかわかんないや」
しらゆきにはいろんなものをもらってばっかりだ。いつも助けてくれて,支えてくれて,幸せをくれる。僕は毒を流し込んでいるのに。また今日も助けてくれた。あぁいつか,しらゆきの笑顔が見たい,きっとそれは幸せな……。
「もう一度おやすみ,ヒバナ」
しらゆきのその言葉で僕は夢の中で眠りについた。起きたら,しらゆきにありがとうって言おう。そして強くなろう,いつまでもしらゆきと一緒に居られるように,僕が守る側になれるように,笑顔を泣き顔をしらゆきのすべてをこの“眼”に焼き付けるために。
「おやすみ,しらゆき」
繋いだ手の暖かさは不安をぬぐい去っていく。その場しのぎのちょっとした安心感,それがたった一匙の砂糖だとしても,今はその甘さに酔っていたかった。