Never End Stories
物語は終わらない。世代を超えて、時空を超えて、物語は次の物語へ
「もうすぐ入学式だね。また新しい子たちが入ってくるよ!」
「あぁ、だな。面倒な奴がいなければいいんだけどな」
もはや私室と化している理科準備室には,その住人がいた。教師である二人はこの学校の卒業生だ。まだ片付けていないこたつの上には,毎年届くみかんが山になっている。
「もう私たちが卒業してからかなり経っちゃって、みんな元気かな」
「あいつらは元気だろ。むしろ元気じゃないあいつらが想像できねぇ」
「それもそうだ、えへへ」
「さてと,そろそろ行くか。小倉先生」
「うん、れいちゃ……紫吹先生」
「それ、新入生の前で言うんじゃねぇぞ」
「うっ……努力します」
理科準備室の扉を開けると入学式にふさわしい春の陽気が広がっている。隷鷲の目には目の前で伸びて体をほぐしているハシラの姿が映る。お互い教師として一人前になったぁと、隷鷲も伸びた。隷鷲のその視線の先にどこかで見覚えのある男がいた。
「よっ、元気か?相変わらずここなんだな」
「あ?お前誰だ?」
「ひどいな。直行っていえばわかってくれるのか?」
「あぁそんな奴いたな。何しに来たんだ,てめぇ」
隷鷲が唐突に表れた直行をにらむ。せっかくのいい気分を害された気分だ。
「ん?保護者だよ。新入生のな」
「えっ!直行君子供いたの!?」
直行の言葉にハシラが驚く。直行が結婚したら誰かから教えてもらえそうなのに……裁貴君とか……奏多ちゃんとか?
「いや、実の子じゃないけどな。養子縁組ってやつだ。これからお世話になるんだから挨拶ってな」
「お前の子供の面倒は見たくねぇな。うっとうしそうだ」
「俺には似てねぇよ。まじめな奴だ。それじゃ、また後でな……あっ、そうそう。正義の息子も新入生で入ってくるぞ。あいつも今日は来てるんじゃねぇか?くっくっく」
隷鷲はあからさまに嫌そうな顔をした。仲間ではあったが,暑苦しいのは苦手だ。あいつの息子ってことは暑苦しいやつなんだろうか。想像して隷鷲の新学期への希望がガラガラと崩れていく。
「れいちゃん、元気出して。ほらいい子もいっぱいいると思うし」
「正義の息子だぞ……無理だろ」
うなだれる隷鷲を置いて時間は流れていく。声を殺すように笑う直行と苦笑しながら隷鷲をあやすハシラ。懐かしい空気が流れ始めていた。
「……以上で新入生代表挨拶とさせていただきます。新入生代表,斉藤双」
講堂の舞台の上に一人の新入生がいた。どこか理性的な頭のよさそうなその新入生にハシラはどこかデジャビュを感じていた。新入生代表の名前を聞いて保護者席を振り返ると直行が悪い笑みを浮かべている。その横にはそわそわしている正義と笑顔の奏多、カティアも座っていた。
「ねぇ、れいちゃん。まさか……」
「ん?なわけねぇだろ。あいつ、性格悪すぎるんじゃねぇのか」
「だ、だよねぇ」
うろたえながらハシラは、無意識に今年度の新入生一人一人を見ていく。もしかしたら、もしかしたらがあるかもしれない。全員の顔を見ても、別にそんな感じは受けなかった。そして一番後ろに座るミニ正義を見つけると心がほっとした。あれが正義くんの息子だな、むすっとしてるけど、そこがちょっと奏多ちゃんに似てる、そんなことを思っていた。
「……これにて入学式を終了いたします。新入生が先に退場します。拍手にてお送りください」
気が付けば入学式も終わっていた。明日からは教師だけど、今日くらいはみんなと話したいな、そんな気持ちでハシラは隷鷲を見上げると、見透かしたかのように隷鷲はうなずく。
「行くか。聞きてえこともあるしな」
「うんっ!」
教師二人が行動を出て中庭に行くと、見慣れた顔ぶれが勢ぞろいだった。そしてその子供たちだろうか。新入生を示す花のコサージュを付けた子たちも集まっていた。
「あっ紫吹じゃないか!久しぶりだな!」
「裁貴……」
「光陰矢の如し、時間が経つのは早いなぁ。正人だってこんなにちっちゃかったのに」
「ジャス君、それいつのはなししてるの。あ、ハシラちゃんも久しぶり」
「奏多もそう思うだろぉ。でも子供たちが成長していく、つらいけどそれを見守るのも僕ら大人の役目なんだな」
裁貴家はにぎやかだった、あの時のまま。でも正義くんも奏多ちゃんも二人はあの時のままじゃなくてずっと大人だった。あの時のままなのは私たちの方なのかとハシラは思う。
「皆さん変わらないですね……私ももう少し背が伸びると思ってたのに」
「よしよし、カティアちゃんはそのままでいいよ」
「だめなんですよ、奏多さん。うちの上の子たちになめられるんですよ」
「そそ、カティア姉は可愛いから!」
カティアに後ろから新入生の女の子が飛びつく。白薔薇のコサージュが映り、ハシラはドキリとする、まさか……。
「れいちゃん……」
「あ?どうかしたか?」
「もう、カティアさんと呼んでくださいといつも言ってるでしょう」
「は~い、ごめんなさい」
その少女を中心に数人の生徒が近づいてくる。新入生代表の斉藤双に正義の息子の正人もいた。
「ねぇ、あんたがれいちゃん?案外怖くないのね」
新入生の少女が隷鷲に声をかける。隷鷲は無意識にいつも通り拳骨をその少女に落とした。
「だからその名前で呼ぶなって言ってんだろ。紫吹先生と呼べっていつも……あっ」
「いったぁぁぁ。私は言われたことないんだけど」
「わ、悪ぃ。つい、いつものクソガキどもと」
「いいんですよ、紫吹先生。今のは四葉が悪いんですから。ほら謝って」
四葉と呼ばれたその少女は、ばつの悪そうな顔をして新入生の輪に戻っていった。ハシラはなぜか胸をかき乱されたような気分だった。
「双、あんたはどっちの味方なのよ」
「ん~今は四葉の味方じゃないかな」
「ずっと味方でいるって言ってくれたじゃない!」
「それはそれ、これはこれだよ」
ケンカしてはいても、とても仲のいい感じの空気。そして……あの二人を思い出す雰囲気があった。
「ちょっと待て、四葉……だったか。どこでその呼び方を聞いた?」
「入学式を外でサボってたら、小倉先生が、さっき「れいちゃん……あっ紫吹先生はちょっと怖く見えるけどすごくいい先生だから怖がらないでね」って言ってたから」
隷鷲がハシラを見ると、すっと目線を外した。大きくため息を吐いた隷鷲の隣で、生徒たちの中に居ながら黙ったままの息子が気にかかったのか正義が声をかける。
「で、正人はなんでそんなにむくれてるんだ?」
「……別に。父さんには関係ないだろ」
「ジャスおじさん、こいつ、僕に入試で負けたのを根に持ってるんですよ。2位だったから」
親子の会話に双が割って入る。
「あと1点だったんだ。双には負けたくなったのに」
「私の双は優秀だからね。正人なんかに負けないわ」
「なんで双じゃなくて四葉が偉そうなんだ……」
「四葉はぎりぎりだったんだからもう少し勉強しようね」
「双よりも正人の方が教えるの上手だし」
「な、僕はもう教えないぞ。双がやれよ」
「双はビシビシやるから嫌い」
「四葉はそれくらいしないと覚えないから。しょうがない」
子供たちの会話を微笑ましく眺める大人たち。生徒と保護者と教師と、そしてかつての仲間たち。いくつもの日常がそこにはあった。いくつもの困難を越えて、いくつもの非日常を過ごして、そしてたどり着いた何でもない日常。ハシラはそんな幸せに胸がいっぱいになった。いつの間にか横にいたカティアがハシラに声をかける。
「ハシラさん、何か気づきません?」
「えっ……何に?」
近くにいた直行もハシラに問う。
「ソアレスも気づいてんのか。やな……っと今は小倉だったか。小倉も気づいてんだろ。あれ」
そういって直行はじゃれついている3人を指さす。その中の双と四葉に。
「私たちのあの戦いは無駄じゃなかった」
「お前も紫吹も、いやお前たち全員のおかげで、この未来がある」
「ハシラさん、私たちは未来にいるんです。あの時からは想像もできなかったような幸せな未来に」
「俺があいつを引き取ったのも何となくだったんだが……あいつと出会った時には名前は双だったし。四葉って名前は双が付けたんだ」
「孤児院に来た四葉ちゃんが最初に声をかけたのが双くんだったんです」
「輪廻転生なんて信じちゃいないが、おもしれぇよな」
「さてと、そろそろ帰りましょうか。四葉ちゃん、帰りましょう!」
「は~い」
カティアと四葉が手をつないで去っていく。
「れいちゃん先生!これからよろしく~」
「その名前で呼ぶなっつってんだろうが!」
「じゃ、俺らも帰るか。双」
「はい、直行さん。ジャスおじさんもさよなら」
仲のいい父と息子のように直行と双が離れていく。
「僕らも帰ろうか。奏多が今日はごちそうを用意してくれるんだって!」
「ほんとに!ありがとう母さん」
「うん、腕によりをかけるよ!正人の好きなものを作ってあげるね」
「でも入試2位だったんだな。さすが僕の息子だ!」
「ちょ、やめっ。助けて母さん」
「もう、ジャス君も落ち着いてください?」
仲睦まじい家族の裁貴家は、にぎやかなまま、去っていく。残された隷鷲とハシラは、どちらからともなく顔を見合わせると笑いが込み上げてきた。
「何にも変わってないじゃねぇか」
「ほんとに、みんなそのままだったね」
「そういえばソアレスと斉藤に何か言われたのか?泣きそうだっただろ。泣かせたら許さねぇ」
「ううん、何でもないの。でも悪いこと言われたわけじゃないよ」
「ふーん。ま、別にいいけどよ。何かあったら言えよ」
「わかってるよ。れいちゃん!」
「……生徒の前でれいちゃんっていうなって朝に言ったはずなんだけどな」
「それは……れいちゃんはれいちゃんだから……気を付ける」
二人は晴れ渡る空を見上げて、久しぶりにみんなで集まるのもいいかもしれないと思った。ネモとエーギュの店で。二人はもう一度顔を合わせて笑い合うと、教師として講堂の後片付けに向かうことにしたのだった。
出演
紫吹隷鷲
小倉ハシラ(はるより)
斉藤直行
斉藤双
裁貴正義
裁貴奏多
裁貴正人
カティア・ソアレス(るーちゃん)
四葉・ソアレス(はるより)
ネモ・シュヴァルツハイン(鉢)
エーギュ・カプリシェーゼ(ちゃんみつ)