正奏IFstories【お酒】
思いつき・走り書きの類です。完成度低めでもよろしければどうぞ
「あ、直行」
「ん?うっ、正義」
アーセルトレイの中心部、フラワーガーデンには季節の花が咲いている。階層の中央にあるだけにどこからどこへ行くにも通りかかるその場所は誰かと誰かが出会う場所でもあった。
「なんだその、嫌な奴に会ったみたいな顔は」
「あ~、何でもねーよ。最近はどうなんだ?」
「順調だな、仕事もうまくいってるし。直行は?刑事だっけ?」
「まぁな、面白い先輩方がいて楽しいぞ」
二人はたまたま目的地の方向が同じだったため、肩を並べて歩く。
「こうして話すのは、いつ以来だ?」
「もう結構前だな、いやそれこそ二人で話すのはお前と戦った時以来じゃないか?」
「あーそうだっけか。お前の周りはにぎやかだからな」
「うんうん、僕には仲間がいたからな」
「うっせーよ、俺にも仲間はいるわ」
「そうだな~、で、直行はこんなところで何してたんだ?」
「ん?あぁ、遥と飲みにでも行こうかと思ってな」
「ここであったのも何かの縁、僕も行っていいか?」
「えっ……いやだ」
「なんでそんなすぐ断るんだ!」
「お前と飲むのはうっとうしいからな、ほら枝園と飲めよ。一緒に卓呑みできるだろ」
「奏多かぁ。何回か誘ったんだけど2回目以降恥ずかしいからいやだって言って付き合ってくれないんだよな。酒癖は悪くないというか、奏多、アルコールは強いはずなんだけど」
「クククっ、だろうな、アッハッハッハ」
「何がおかしいんだよ」
「いやなに、枝園も苦労が多いなって思ってな。しょうがない。遥が喜びそうだし一緒に行くか」
「何かわかんないけど、ありがとう。奏多に夕飯いらないって連絡しとかないとな」
スマホを取り出して奏多にメッセージを送る正義。もはや夫婦のそれのような内容を横目に見た直行は呆れたように正義を見る。
「なぁ、お前らって結婚してないんだよな」
「ん?うん、まだだな」
「考えてねぇの?」
「考えてるけど……」
「あーわぁーった。飲みながらじっくりと聞かせてもらうわ」
「なんで急にそんなこと……ちょっ、引っ張るなよ、おいっ」
一方、そのころ
「ん、ジャス君だ、え~となになに、直行君と遥君と飲みに行きます、か。夕飯はいらないと、ふんふん、了解~」
メッセージに打ち込む内容が口に出てしまうタイプの奏多は、独り言をつぶやきながら返信していく。
「さてと、男同士の付き合いも大切だよね、それに一緒にお酒を飲むのはちょっと……」
すごくかわいいジャス君を見られる絶好の機会なんだけど、こうどうしても恥ずかしさが勝ってしまう。どうしてあそこまでのろけられるのか、それも人前で、本人の前で。
「もうちょっと、抑えてくれたらいいんだけど。遥君は楽しみそうだなー」
それはそれで恥ずかしいけど、私がいないところで何話すんだろ、ちょっと心配になってきた。心配を振り払うようにてきぱきと広げていたチラシ類を片付けて、テーブルの上をきれいにする。
「で、私の夕飯はどうしようかな。普通にご飯を作ってもいいんだけど、一人分だけ作るのもな~、あ、そういえば」
奏多はキッチンの床下収納から瓶を取り出す、この前の誕生日にエーギュちゃんにもらったいちごの果実酒、すっごいおいしいって言われて楽しみにしてたけど、飲む機会がなかった。
「ちょうどいいかも、ちょっと甘いもの用意してと、夜にちょっとだけ食べれるように夜食用意しておこうかな」
おにぎりとみそ汁を作って、同時進行でマフィンを焼き、用意がすべて終わったところで食卓にはマフィンと果実酒が並んでいた。甘すぎないように作ってあったマーマレードもちゃんと用意してある。
「いただきます……こんな不健康な夕飯って初めてかもしれない」
ちょっとウキウキの奏多はこの後、起こることに気づいていなかった。
3時間後、
「ちょっと酔ったなぁ、ただいま~。奏多?」
顔を少し赤くした正義が返ってくると玄関にいつもと様子が違う奏多がいた。
「どうしたんだ?玄関まで来て」
「どこ行ってたの?」
「えっ、直行と飲みに行くって連絡して……」
「遅い!」
「えっ、ごめん、確かにちょっと遅くなったけど、そんな怒るほどじゃ……」
「もう、遅かったの!」
駄々っ子のように文句を言う奏多に驚き、正義はアルコールのせいか思考がまとまらない。
「ごめんなさい」
訳が分からない正義はとりあえず頭を下げる。すると奏多は正義の頭をわしわしと撫でて満足そうに笑う。
「どうしたんだ、奏多。様子が変だけど」
「ん~ん、どうもしないよ?ジャス君はかっこいいなぁ」
「奏多?とりあえずリビングに行こう。玄関だし」
「ん~おかえりのハグは?」
「えっ?」
「ハグ~」
「いや、僕たち今までそういうことしてこなかったじゃん」
「するの~」
「ほんと、どうしたんだ奏多」
「ぎゅーは?」
「……えっと」
「ぎゅー」
夢を見ているのか、酔って幻覚を見ているのか、そのどちらかだと正義は思った。普段の奏多がこんな風に言ってくることはなかったから。だとしたらこれは僕の欲望なのか?奏多に対して最低なことを考えてしまっているのでは?と考えが巡りだす。正義は頭が真っ白になりながら、それでも世界で一番大切なものを慈しむかのように奏多を抱きしめた。
「ただいま、これでいいのか?」
「おかえり、ジャス君。うん、これでいいの」
「そっか、中に入ろうか」
「ちゅー」
「……えっ!?!?」
正義が慌てて見ると耳まで真っ赤になって視線を逸らす奏多がいた。
「……」
「奏多、あっ!真っ赤だけどどこか体調悪いのか?熱でもあるんじゃ、あ、病気だと心細くなって人肌が欲しくなるってやつか。でも早く布団に入ってゆっくり休まないと……」
「……ん~っ!あっ!じゃないでしょ、ジャス君のバカっ!!分からずやっ!ん~と、え~と、バカっ」
唐突に突き放された正義は玄関でしりもちをつき、何が起こったのか全く理解していない様子だった。その様子を見た奏多は、ベーっと舌を出してさっさとリビングに戻っていく。正義が慌てて後を追うと、テーブルの上には空になった果実酒の瓶が置いてあった。
「奏多、もしかして酔ってる?」
「ううん、酔ってないよ。私がお酒に強いのジャス君知ってるでしょ?」
「う、うん。でも……」
「でもちょっと酔っちゃったかな。今日はもう寝るね。もしおなかすいたら、おにぎりとお味噌汁作ってるから温めて食べて」
そういって奏多は早々に自分の部屋に入っていった。正義はリビングに取り残されたまま、数分固まった後、夜食に口をつけてシャワーを浴びて自分の部屋に戻る。
「何だったんだ……風邪だったら早く良くなるといいな。おかえりのハグか」
ぎゅーって言ってきた奏多の姿を正義は思い出す。言われた瞬間は息が止まるかと思った。どうやら今から寝るからさっきのは夢ではなかったらしい。熱に浮かされてとはいえ、奏多のあんな姿は他の奴には見せたくないと思ってしまった。布団の中でそんなことを考えながら、いつも通り寝つきの良い正義だった。
次の日、日課のジョギングから帰ってきても奏多が共有スペースに出てきていないのを不思議に思った正義が奏多の部屋のドアをノックする。
「奏多~、おはよう。もしかして体調悪いのか?」
「……ジャス君、お、おはよう」
「なんだ、起きてるじゃないか。体調は大丈夫なのか?」
「う、うん。全然平気。むしろ元気なくらい」
心臓はバクバクだけど、と口から出そうになって抑える奏多。そんなことも知らずに正義はいつも通りだった。
「そうか、それならよかった。ならなんで出てこないんだ?」
「……今日はちょっと……顔を合わせるのが辛いというか、全部夢だったらいいのにというか」
「?ん~わかった。今日の朝ごはん当番は僕がしよう。奏多はゆっくり休んでてくれ」
「うぅ、ごめんね」
「いや、いいんだ。僕の方こそ奏多には何もしてあげられてなかったからな。昨日、直行と遥に言われて、いろいろ考えたんだ」
「ジャス君、昨日のことは忘れるのです」
「昨日のこと?おかえりのハグのことか。いや僕もうれしかったし今後習慣にしていこう」
「いや。むり。ぜったりやだ」
「そんな拒絶しなくても、奏多は僕とハグするのが嫌なの?」
「それは言い方がずるい、嫌なわけないけど」
「じゃあ!」
「ぜったいむり!」
その日一日、ずっとテンションが低い正義の様子に、職場でついにあのオシドリ夫婦が夫婦喧嘩か?と噂になった正義だった。