花飾りの約束(著はるより)
ずっと前の、ずっと昔の話
幼い二人の子供が、白い花の絨毯の上で笑顔を浮かべていた。
少年と少女からすればあまりにも高すぎる、屋敷の壁。それに切り取られるようにして存在するこの中庭は、彼らにとってある種の秘密基地のようなものであったのかもしれない。
「ねえ、君の名前は『はしら』っていうんだってね!」
「んー?」
突然の少年の言葉に、幼い少女は首をかしげる。
「なまえ?」
「うん!だってこの間お父さんたちとお出かけした時、大人の人が君を指差してそう言ってたもん!」
少女には、物心ついてからこの屋敷を出た記憶はなかった。だから、彼の言っていることはよく分からなかったが……少年は自分よりもたくさん物事を知っていて賢いから、きっとそうなんだろうな、と彼女は思う。
「わたし、はしらっていうんだ」
「これでやっと君のこと、名前で呼べるね!」
「そうだねえ」
「ねえ、はしら!」
「なあに?」
「ううん、呼んだだけ!」
心底嬉しそうな笑みを浮かべて、くすくすと笑う少年。それを見ているとなんだかはしらも嬉しくなってきて、釣られて笑顔になった。
「もしもし、双くん!」
「なーに?」
「んーん、呼んだだけ!」
そんな拙く、幼い応酬が堪らなく楽しくて、二人は何度も何度もそのやりとりを繰り返した。
そして少しの時間が経ち、流れていた雲が一瞬だけ太陽を隠して……また燦々と降り注ぐ日光が見えた頃。
「ねえ、はしら。『けっこん』って知ってる?」
「わかんない!」
「なんかね、僕のお父さんとお母さんはけっこんしてて……だから今もずっと一緒に居るんだって」
双は仲睦まじい両親の左手に、小さくきらきらと輝く指輪を二つ見つけた。
彼らにそれについて尋ねると、ひとは指輪を交換することで『けっこん』し、それがある限り二人一緒に居られるというのだ。
双は両親から聞いた話をはしらに伝える。
彼女はピンとこない様子であったが……なんとなく、それが双にとって『たのしく』て、『うれしい』事であるというのは理解したようであった。
そんなはしらを見て、双は足元から数本の白い花……シロツメクサを摘み取る。
少し前に、はしらを喜ばせようと思って練習したもの。子供にしては手際よく、くるくるとその細い茎を編み上げて、小さな指輪を作り上げた。
「はしら。大人になっても、ずっと一緒に居ようね!」
幼い少女にとって、それはそれは魅力的な指輪を差し出して双は言った。
「うん!ずっと一緒にいようね!」
その言葉を繰り返すようにして、はしらは嬉しそうに頷く。
そして、その指輪を受け取ろうとして……少女ははた、と動きを止める。そしてきょろきょろと辺りを見渡し、ぎこちなく数本のシロツメグサを手に取った。
「お返し、作らなきゃ……」
とはいえ、はしらは花の編み方など知るはずもない。彼女は助けを求めるように双の方を見て、眉尻を下げる。
それがなんとも可愛らしく思えて、双はまたくすくすと笑った。
「じゃあ、僕がやるのを見て一緒に作ろ?」
「うん!」
……それから30分ほど後。
うとうとと微睡む二人の左手の薬指を、それぞれ出来の良さに差のある白い花のリングが飾っていた。