比翼連理〜花飾りの翼〜
「あ、カティアさん」
「こんにちは、双くん。もう新しい子と仲良くなってるんですね」
古くなった教会に備え付けられていた孤児院は、とある人物の注力によって、新しいきれいな建物に建て替えられていた。そこには、様々な理由で一人になってしまった子供たちが集まり、一緒に生活していた。
その玄関口、ちょうど小学校低学年くらいの男女のもとに修道服を着た女性が近づいた。
「初めまして、私はカティア。ソアレス孤児院へようこそ。お名前を聞いてもいいかしら」
「私の名前は……わかりません」
「そっか……」
この孤児院に流れ着く子に名前がないことなんていつものことだ。それでもこの年になるまで名前が付けられなかったという事実だけでもカティアは胸が痛む。
「じゃああなたにぴったりの名前を付けてあげるわ。何日か待ってほしいけど。ちょうどいいわ、双くん。この子を案内してもらえる?」
「わかりました。行こう!」
「えっ、ちょっ……」
男の子が女の子の手を取って駆け出して行った。双のお気に入りの場所は中庭だ。きっとそこに行けば二人は見つかるだろう。
「名前……ですか。私にはセンスがありませんから。とりあえず様子を見守ることですかね」
カティアはそう決意すると、二人を見送った。そして首をひねる。
「でも双くんが他の子に懐くなんて、前世からの付き合いなどあるのでしょうか?」
カティアは不思議なこともあるものだ、と納得して仕事に戻る。普段から他の子とは一定の距離を取り、大人びている彼が、あんなにも無邪気に。まぁ、他の子と距離を取るって意味では、私も、フラウさんも、ものを言う資格はないのかもしれませんが。
「懐かしいですね、皆さんは元気でしょうか」
しばらく連絡を取っていないかつての仲間たちを思い出しカティアは懐かしさに包まれるのであった。
「ここが食堂で、毎日3回みんなで食べるんだ」
「みんなで……?」
「うん、みんなで。ここのご飯はおいしいんだ、君も気に入ると思うよ。さてと、必要なとこは案内終わったかな」
少年は口元で人差し指を立て、しーっというと、キッチンに忍び込んでリンゴを一つ持ってきた。
「よし、と。そうだ、とっておきの場所を教えてあげる。ついてきて!」
「ちょっと、待ちなさいよ」
「ん?どうかしたの?」
「なんであんたはそんなになれなれしいのよ」
少年は首をひねると、途中で考えるのをやめ、少女に笑いかける。
「なんでって、僕は君に会えてうれしかったんだ。理由は……わかんないけど」
僕たち、昔に逢ったことあったっけ?そう聞いた少年に少女はため息をつくと
「さっきも言ったわ。そんなわけないでしょ」
と、答えた。
「そっか、でもいいんだよ。行こう!」
そういって引っ張る彼の手を少女は握り返す。振り回されているのは分かっている、だがなぜか悪い気はしなかった。
「ここが、僕のお気に入りの場所なんだ」
そこは孤児院の中庭、大樹が枝を伸ばして空を覆い、きらきらとした木漏れ日が地面を照らす。そして一面にクローバーが広がり、白く丸い花が咲き乱れていた。
「ほら、おいで」
少女は少年に呼ばれて彼のすぐ傍に腰を下ろす。
「あ、さっきのやつ……」
「そう、ここで作ったんだ。花飾り。一緒にやろう?教えてあげよっか」
「いいわ、自分で作れる」
そういうと、少女は数本のシロツメクサを摘み取り、手際よく細い茎を編み上げて小さな輪を作った。
「へぇ、すごいね」
「……うん、自分でもびっくりしてる」
「誰かに教えてもらったの?」
「誰だったかな……ずっと昔?」
「そんな昔じゃ僕たちは赤ちゃんだよ」
「それもそうね。はい、これあげる」
そういって少女は少年の左の中指に完成したシロツメクサの指輪をはめた。
「お返し……」
「えっ、ありがとう。じゃあ僕からもこれのお返しに……」
少年は数本を摘み取ると一瞬で少女が作ったものと同じものを作る。
「はい、手を出して」
「う、うん」
少年は少女の左の薬指にシロツメクサの指輪をはめた。
「はい、お揃いだね!」
「お揃いなら、同じ指にしなきゃ」
「それもそうだね」
少年は、中指についていた指輪を薬指に付け替えた。
「けっこんゆびわみたい」
少年がそうつぶやく。
「けっこんゆびわ?」
「うん、けっこんの約束のためにお互いにつけあうんだって」
「けっこんって何?」
「なんかね、ずっと一緒にいることって言ってたかなぁ」
よく遊びに来てくれるじゃすてぃすおじさんが教えてくれたんだ、少年はそういうと伸びてそのまま後ろにあった樹に寄り掛かる。
「気持ちいいよ、晴れた日はここでお昼寝するの」
「そうなの……」
少女も少年に倣って寄り掛かり、二人して何かがおかしくなって笑いあう。なんでこの子とはこんなに一緒に居たいと思えるのか、少年は不思議だった。
「さてと。では名前を考えなくちゃですね」
仕事を一通り終わらせて、カティアは中庭が見下ろせる二階の窓から二人の姿を眺める。
「なぜか、引っかかるんですよね……なんですかね?」
少女と初めて会った時に感じた違和感、カティアはそれをずっとひきずっていた。どこかで似たような子に会ったことがあったのかもしれないが10年で100人以上、他の提携してる施設の子たちも合わせれば1000人以上の子供たちと接してきたのだ。そのうちの誰かに似ていても変ではない。でも何かそういうのとは違った。
「そういえばこれは、双くんの時も一緒でしたね」
あの二人が仲が良いのも何かの運命なのかもしれません、カティアがそう思った時、一人の少女の顔が浮かんだ。10年前の仲間の姿が。
「あ、あの人なら、あの子にぴったりです!」
思いつくや否や、執務室に駆け込み、急いで紙の電話帳をひっくり返し、かつての仲間の連絡先を見つけた。すぐに電話をかける。
「はい、紫吹です」
女性の声が電話口から聞こえてくる、何年たっても案外覚えているもので、今回の目的の人物に間違いない。
「その声はハシラさんですね、私、カティアです」
「カティアちゃん!?えっと、久しぶり」
「お久しぶりです、紫吹さんなんですね」
「えっと……そう……なのかな」
「のろけはおなかいっぱいです」
「えへへへ」
「さっそくなのですが……孤児院の新しい子にあなたの名前を付けさせてほしいんです」
「……えっ」
反応から10秒ほど、無言が続く・
「ですから、名前をですね……」
「ちょっと待って、ちょっと待って。それは分かってるけど」
明らかに動揺しているのがわかり、カティアも焦ってしまったと反省する。
「なんで、私なの?」
「それは……直感といえばそうなのですが、なぜか彼女にはその名前がふさわしいって思ったんです」
「そっか……でもね、やめた方がいいよ。いい意味合いの名前じゃないから……」
ハシラのその口調に何かを感じ、カティアも黙ってしまう。電話越しに微妙な空気になってしまった。
「あ、でもね、名前には罪はないし、意味が変わればいいと思うんだ。羽に白で「羽白」はどうかな?」
「羽に白いですか?」
「うん。白鳥のように大空を飛べる、綺麗な鳥のような子に育ってほしいって」
「……すごく素敵な名前です」
「どうかな?」
「いただいてもいいんですか?」
「むしろこっちこそ、こんなのでいいのかなって思うよ」
「そんなことありません、とても素敵な名前です!ありがとうございます!」
「それならよかった……」
「今度、また会いましょう。名前をいただいたハシラさんに会わせてあげたいので」
「うん、わかったよ」
「では今日はこんなところで。ありがとうございました」
「ばいばい」
カティアは電話を切ると、急いで中庭に降りる。少し日が傾いて、気持ちのいい風が吹いていた。二人を探すと、中央の大樹に背中を預け、お互いが寄り掛かるように眠っていた。
「二人とも、ここで寝ちゃうと風邪をひいちゃいますよ」
「ん……あれ?カティアさん」
「……ふぁぁぁ」
「二人とも、おはよう」
「「おはようございます」」
寝ぼけ眼のまま、挨拶がはもった二人にカティアも笑顔がこぼれる。
「名前が決まりましたよ」
「名前……?」
「そう名前、今日からあなたの名前は『羽白』。私のかつての大切な仲間のお一人と同じ名前で、そして白い羽をもつ美しい鳥たちのように大空を羽ばたいてほしいって願いも込められています」
「は……しら……。わたし、羽白っていうんだ」
「これでやっと君のこと、名前で呼べるね!」
「そうだねぇ」
「ねぇ、羽白!」
「なぁに?」
「ううん、呼んだだけ!」
双は心の底から嬉しそうに笑う。その笑顔につられるように、羽白と名付けられた少女も笑う。
「もしもし、双くん……」
「なーに?」
「んーん、呼んだだけ……」
お互いに名前を呼びあっただけ。でも確かに、ついさっき会ったばかりの二人ではありえないような、何かがあった。
「これからも一緒だね、羽白」
「うん、よろしく。双くん」
「じゃあ、今日は羽白さんの歓迎会をしますから、二人とも手伝ってくださいね!」
「「はい!」」
こうしてソアレス孤児院に新たな少女が加わった。二人の左手の薬指を、出来の良さに差がある白い花のリングが飾っていた。
羽白が、もう一人の名付け親であるハシラに会いに行くのはまたいつかの話。