正奏未来
その日、いつも以上にまじめな表情の奏多が、リビングに座って待っていた。
「ただいま、奏多」
「お帰り、ジャス君。そこに座ってください」
「えっ……はい」
奏多の威圧に正義はたじろいでおとなしく言うことに従った。自分の最近の行いを改めてみる。仕事もまじめにやっているし、この間、昇進が決まったばっかりだ。奏多への愛情表現を忘れたこともない。じゃあ今日のこれは何なんだ?と正義は戸惑っていた。
「今日は真面目なお話があります」
「はい」
「今週末のことは覚えてるよね?」
奏多はカレンダーを見ながら正義にそう聞く。今週末の土曜日に小さくハートマークがついていた。
「忘れるわけないだろ!だって僕と奏多の記念日じゃないか!」
何か月も前から、カレンダーを見てはにやにやしていた奏多を正義は見てきたし、大事な奏多との記念日を自分が失念するはずなどない。
「そうです、付き合ってからそろそろ10年。私たちも大人になりました」
「うん?そうだな。僕たちはもう26歳だ」
「だからそろそろいい頃だと思うんです」
「いい頃?何が……」
正義は本当に何かわからないという顔をした。奏多はその表情をしっかりと読み取った。
「変わらないなぁ、ジャス君は」
そこが好きなんだけど……、そういって奏多後ろの棚から一枚の紙を取り出す。
「ここにサインをください」
それは結婚の届け出用紙だった。正義の欄以外はすべて埋まっている。
「別に結婚式はしなくてもいいよ?恥ずかしいし。でも私はまだ枝園なのです」
「わかった、奏多。裁貴になってくれ!」
「……嬉しいけど、その言葉はもうちょっと雰囲気を選んでください」
「ごめん。よし、最高のシチュエーションを用意するよ!」
「うん、楽しみにしてる」
「でも、結婚式は譲らないよ。奏多には最高のウエディングドレスを着てもらわなきゃいけないんだから」
よーし、と張り切り始めた正義を奏多は微笑ましく見守る。でもちょっとだけ意地悪で奏多はブラックコーヒーを差し出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、奏多。……苦っ」
「あはははは、まだまだ子供だね~」
「だから子ども扱いしないでくれよ、奏多、笑いすぎ」
裁貴家には笑顔が絶えない。笑顔も笑い声もこれからもっと増えていく。二人が描いていた幸せな家庭像がそこには広がっていた。