蛇足
今日は晴れ、世間ではバレンタインデーと呼ばれる頃、やっぱり僕もどこか期待していたんだ。けれど彼女は創られた世界のお話しでしか知らないから、こういう時に動くのはいつも僕の方だった。
当たり前を当たり前に享受できるなんて、クラスの人間はそれを幸せに思わないかもしれない。でもそんなちょっとしたこともしてあげたかった。
「……なにこれ」
「えっと、チョコレートっていうんだ。甘いお菓子」
「で、なんで持ってきたわけ?」
つんつんした受け答え、でも僕は知ってる。少しだけ口角が上がってるのは嬉しい証拠、君は自分でも気づかないくらい小さいけれど感情豊かな女の子だ。
「今日は特定の相手にいろんな気持ちを込めてお菓子を渡すんだ」
「ふーん、で、あんたが込めた気持ちって何?」
「そうだな……君が、当たり前を当たり前に享受できますように、かな」
「ややこしいのね。あ、おいしい」
屋敷に何かを持ち込むのは難しい。家の者は問題ないが監視に来ている奴らは面倒だ。それでも僕が女子からもらったことにしたチョコレートを取り上げるような野暮は結局してこなかった。君がちょっとだけ眉が上がるのは本当においしかった時の反応だ。
「よかった、気に入ってくれたんだね」
「何言ってるの?別に気に入ってなんかないから」
君は強がりだ、自分の運命に何度も立ち向かおうとして、何度もくじかれた。
君は泣き虫だ、涙を流すことなんて絶対にないけど、心の中ではすごく傷ついていることを僕は知ってる。
君は意地っ張りだ、僕が分かったようなことを言うと反発してくる、そういうところが僕は好きなんだ。
「なに笑ってるの」
「別に……笑ってないよ」
ねぇ、僕は君のことをずっと追っていてもいいかな。君がどこに行ったって、それが地獄でも、僕はそばにいて君を支えたいんだ。
「……いつもありがとう」
「ぼそぼそ気持ち悪い」
「えっ、女の子がそんな言葉遣いするもんじゃないよ」
「あんた、何様のつもりよ」
「君の幼馴染かな」
「はぁ、あんたねぇ……」
ほら、またちょっとだけ口角が上がった。君は普通の女の子だよ。こんなこと言ったら君は馬鹿にするだろうけど。
「さてと、初めてのステラバトルに行くんだから、その腑抜けた表情はやめてよね」
「本当にやるんだね、君がこれ以上傷つく必要は……」
「こんな世界なんてどうでもいいのよ。でも戦う理由はあるから」
「君がそう言うなら、僕は協力するよ、はしら」
「なによ、あんたは黙ってシースをやってればいいのよ、双」
君は唇を噛んだ、本当はちょっと怖いんだよね。でも弱音は吐けないから強がってるんだ。
「大丈夫、僕がステラドレスとして守るから」
「は?意味がわからないけど」
君は可愛くて格好よくって、どこにでもいる普通の女の子だ。どんな生まれでも、僕がたった一人、あの時からずっと好きなままの……。
「じゃあ行くよ」
「うん」
「「ハート・アクティベーション」」
柳之宮はしら、そのひとなんだから。美しく気高く優しい君にぴったりの花で飾ろう。僕たちの白い薔薇で。
これは6か月後、物語が終わる前のお話。
蛇に生えたのが、足じゃなく翼なら、あの時彼は地に落ちることなく大空を羽ばたいた龍になっていたかもしれない。