正義に誓う 第6章
「じゃあ、今日学校が終わるころに校門前で待ってるから、早く来いよ」
SoAの校門前に一台の車が停まっていた。覆面パトカーでもあるその車を乗り回しているのは何を隠そう佐野北鷹星である。
「はい、お願いします。あと、今日、奏多はうちに迎えに来ませんでした。たぶん学校を休むと思います。一応住所をメモしておいたので様子だけ見に行ってもらえませんか?」
「……そうか、分かった。一度様子をうかがってみるよ」
よろしくお願いしますと、正義は頭を深く下げ校舎に向かっていった。懐かしい母校だが、感傷に浸っている場合ではない、鷹星はすぐに車に乗り込むと待ち合わせをしている同僚を迎えに行った。
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日が一番高くなったころ、と言っても季節は冬、言うほど強い日差しでもなく温かな日差しが差し込む教室で、一人の少年が一人の少年に声をかけていた。
「正義……正義?……あぁもう!!正義っ!!」
「……っ!おぉ、西町。どうしたんだ?」
昼休み、授業終了のチャイムが鳴っても全く動かない正義が心配になった西町は声をかけても反応しない友人の耳元で絶叫していた。
「これだけ叫んでもその反応かよ、どうしたんだ?じゃないっ、こっちのセリフだっての」
「珍しく暑苦しいな、西町」
「お前が言うなっ!ってそんなことはどうでもいいんだけど、枝園さんは今日は休みなのか?」
西町の問いに、正義は固まる。知らないとは言えない、あの後何があったかなんて火を見るよりも明らかだ、そのせいで登校すらできないってことはだいぶまずい状況だってことは知っている。だがそれを他人に話すわけにはいかないことくらい正義も分かっていた。
「なんで僕に聞くんだ?先生の方が知ってるだろ」
「いや、お前の方がだいたい詳しいから……ってことはよくわかんないんだな?」
「……うん」
深刻そうな正義の顔に、何かを察した西町は正義の正面の椅子に座ると、まっすぐに正義の顔を捉えた。
「心配してないのか?」
「そんな訳ないだろっ!僕は奏多のことが心配だ!」
「な~んだ。心配して損した。あの時の枝園さんを見てる気分だよ」
わざとらしく、西町は話の流れを変えよう大げさな反応をする。腐れ縁とはいっても親友の一人として二人のことは多少憎らしいが応援しているのだ。
「……あの時って?」
「お前が入院してた時だ、ほとんど食事も喉を通ってなかったみたいだし、学校にも来てなかったからな。俺もみんなも心配してたけど」
「……そう……だったんだ」
正義は俯く。あの日の奏多が泣いていたのは知っていたが、自分が目を覚まさなかった間のことは誰も教えてくれなかった。自分が奏多にどれだけ心配をかけたのか、知ってはいたけど理解してなかった。
「……お前は愛されてんだぞ?」
西町は正義の目を見てそう言った、ただまっすぐに。西町はこうでも言わないとこの鈍感男は気づかないと知っているから。けど、ここから先は自分の領分じゃない、枝園さんがするべきことだと、内心でため息をつく。
「まぁ、年齢イコール彼女いない歴の俺が愛だの何だの語るのは変な話だな、あっはっはっは」
「そうだな、あっはっはっは!」
「笑うな!!」
笑いながら、正義はこの親友に感謝していた。僕はまだ奏多のことを信じ切れていなかったのかもしれない。奏多は強い。僕なんかよりも、それは腕っぷしの強さとかそういうものではなく、人としての強さ。
「ありがとう、西町!ちょっと元気出たよ」
「そうか、ならよかったんだが……今から行って購買なんか残ってるかなぁ」
「こんな時間か!よし、西町、急ぐぞ!!」
走らない程度の早歩きで進む正義を追いかけて西町も廊下に出る、こういうときも校則を守ろうとする真面目な友人を西町は尊敬していた。
「……助けるのはこれで最後にしてくれよ、お二人さん」
「西町!何か言ったか?」
鈍感男……枝園さんはいばらの道を進んでるんだ、これくらい助けてやっても俺の流儀に反しないよな……上手くいったらいったで癪だけど……この二人くらいは素直に祝福してやるかな。西町はそんなことを考えながら、早歩きの正義を走って追い抜かす。
「なんも言ってないよ、先に行くぞ!」
「おいっ、廊下を走るのは校則違反だぞ!」
ちょっとだけいつも通りに戻った親友を見て、西町は少しだけ安心したのだった。
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「で、あれがその家ってわけね」
「あぁ、少年にもらったメモはそう書いてある」
枝園の家から少し離れたところで鷹星は車を停めた。メモに書かれた住所は正面にあるどこにでもありそうな一軒家。鷹星は、表札は枝園と書いてありここが目的地で間違いないことを確認した。
「と言っても、問題がなければ私有地には立ち入れない。通報があったわけだからインターホンを押して話を聞くくらいはできるけど……」
「それで犯人を刺激したら元も子もないって話だよな。小鳥遊、どうするんだ?」
鷹星の隣、助手席に座る女性は腕を組んで考える。彼女は小鳥遊悠那、鷹星の同僚であり、生活安全課の巡査部長、階級的は鷹星の上司に当たる。
「ここから何かないか様子を見るしかないのよね~。それに同行を希望してるその男の子もまたなきゃいけないし」
「だな。しばらくここで監視してるしかない、か」
無言で家の方を見続ける。腐っても二人とも刑事である。無駄口や私語はせず黙々と観察を続ける。
「ねぇ、あそこの窓、鉄格子がかかってない?」
「……どこだ?」
「ちょっと見えにくいけど、奥の右から二番目の窓」
悠那が指さす先には、確かに黒く重苦しい鉄格子が窓にはまっていた、普通の一軒家には全く似合わない光景、二人は確実に何かあると確信した。
「きっと、その、奏多ちゃんだっけ、その女の子の部屋があそこなのね」
「ほとんど監禁じゃねぇか。そいつは本当に父親か?けど、話では父親とその子だけしか聞いてないが、普通なら母親もいるよな」
悠那は隣で怒りを燃やしつつ冷静な同僚が人としては好きだった、今の警察内部でここまでまっすぐに正義を貫いていられるのは持って生まれた性質か、それともあの人のおかげなのか……。
「どうでしょうね、こういうDV事件だと、母親だけ逃げちゃう家も結構あるから」
「世知辛い世の中だな。自分で腹を痛めて産んだ子供だってのに」
「そうね、私は生んだことないから分からないけど……」
行き遅れを気にしていると噂の悠那にちょっかいをかけてしまうのは男としての性なのか、鷹星はからかうように笑いかける。
「小鳥遊はまだ先輩の事を引き摺ってるからな」
「そういうわけじゃ……ちょっと集中してよ。職務中よ」
「分かってますよ~」
まったくもう、そんな悠那のつぶやきを聞きつつも楽しんでいる鷹星は、急に雰囲気が変わった悠那の変化に気付いた。
「……どうした?」
「……気のせいだったらいいんだけど、嫌な予感がする。あの車……曲がり角の」
「うん?黒のワンボックスか?それがどうしたんだ?」
住宅地には似合わない黒色のワンボックスカーが曲がり角から少しだけ覗いていた、窓も全部スモッグがかかっており余計に怪しく見える。
「今、生活安全課で目をつけてる売春グループの下っ端の車だと思う、ナンバーも一致するし。けど、どうしよう。ここで問題を起こしたら、こっちの父親は警戒するわよね」
ポケットから手帳を取り出しすぐにデータと照合している同僚兼上司に、こういうところなのだろうかと、鷹星は焦りを覚える。が、それはともかく……と意識を切り替える。
「あぁ、それにまだ動く気配もない、一応監視だけしとこうぜ」
「そうしましょうか」
それから何時間も動きのないまま、18時を過ぎた。SoAの下校時刻に近づく。
「小鳥遊、俺はここで見張ってるから、SoAまで少年を迎えに行ってきてくれ」
「え、私面識ないし、この車も鷹星のでしょ?」
「小鳥遊にこんな事させれっかよ、何かあったらすぐに連絡するから頼むな!」
そう言って車を降りて近くの電柱に身を隠した。ワンボックスからは見えない位置、悠那は感心しつつも、運転席に乗り換えてSoAへ向かった。
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「とりあえず、私は鷹星の同僚の小鳥遊悠那。君は?」
「……裁貴正義です」
「へぇ、珍しい名前。かっこいいね」
「ありがとうございます」
車の中で、悠那と正義はあまり話が弾まなかった、迎えに着いた時にはとびかかる勢いで車に近づいてきたため、面識はなかったが悠那はすぐに男の子を認識できた。
「とりあえず、今日は様子見だからね。鷹星がなんて言ったか分からないけど、法律を破るわけにはいかないの」
「分かってます。けど取り合ってもらえなかったので、協力していただいて感謝しています」
高校生の真面目な堅苦しい反応に苦笑しつつ、悠那はわき見運転にならない程度に正義の方を見つつ頭を下げた。
「その話も聞いた、たぶん部下だから、今度怒っとく。だから今回は私が協力するから、それで警察としての信用は下げないでほしいな~なんて」
「はい、警察の中にも正義を守ってる人たちがいるんだって安心しました」
「ならよかった、よし、着いたね」
前回は走ったからかかなり遠くまで来たつもりだったが、車だと一瞬だった。心的時間の問題かもしれないが……。
「鷹星、何か動きはあった?」
「来たか、正義。いや、動きはない。あれから何も起きてないな」
「ワンボックスも?」
「あぁ……」
刑事らしい会話に正義は取り残されている感覚だった。今回はこの二人に任せてしまった方がいいのではないか?自分は邪魔なんじゃないか、そんなことばかり考えてしまう。
「そんな暗い顔すんなって。大丈夫、俺たちが絶対に助けるからな」
「心配しないで、きっと無事だと思うわ」
正義を安心させるために二人が声をかけるが、正義のヒーローとしては情けなった。まだ自分は心配される立場でしかないことに。自分で助けると断言できないことに。
「おい、動いたぞ。一人か」
「まさかとは思ってたけど、関係してたのかぁ。まとめて捕まえられるからある意味では楽だけど……おっと失言だったかな」
黒のワンボックスから一人のスーツを着た男が降りて、インターホンも押さずに枝園家に入っていった。鷹星悠と悠那はお互いに目を合わせると、頷きあい、家の方に歩を進めた。正義も慌てて二人の後を追いながら疑問を投げかける。
「なぁ、今の奴は誰なんだ?」
「あ~、悠那、任せた」
「えっ私?……う~ん、あんまり知らないほうがいいかも。一つだけ言えるのは他の事件で追っている犯人の一人よ」
二人の煮え切らない答えに、正義はもやもやするがそれ以上聞くことはできなかった。鷹星が人差し指を立てて静かにするようにジェスチャーしてきたのだ。
「状況が分からないけど、あのグループは未成年に手を出してるって噂があるの、奏多ちゃんが巻き込まれてる可能性が高いわ。もうこれは始末書覚悟で現行犯逮捕に踏み切るしかないわね」
「分かった、さっきの男と父親は俺が制圧する。小鳥遊と正義はその女の子の保護を頼む」
「分かった」
三人で玄関の前までゆっくり近づくと、鷹星は警棒に手をかけてドアを勢いよく開け中に突入した。その後に続くように悠那と正義も、まるで海の底のような光のない真っ暗な家の中に入っていった。