正義に誓う 第4章
「だから~、それだけじゃ警察は動けないんだって」
「でもこのままじゃ奏多が……頼む!」
「あぁもう、さっさと帰ってくれよ。こっちだって忙しいんだ」
あの後、正義はまっすぐに警察署に駆け込んだ。生活安全課に通されて話をしても、情報が少ない、被害者本人が来ないと、など軽くあしらわれてばかり。正義は自分の無力感でいっぱいになり、警察署から飛び出した。
「正義の象徴じゃなかったのか、警察は……」
とぼとぼと、家の方向に歩く正義。正義は自分がどうしたら奏多を助けられるのか、まったくわからなかった。当てにしていた警察が動かないのであれば、結局自分でやるしかない。
「よっ、浮かない顔してんのな。はとこさんよ」
考え事をしていて気づかなかったが正義の目の前に、道をふさぐように一人の男が立っていた。
「斉藤……か。何のようだ」
その男は斉藤直行、正義のはとこであり、正義の父親が起こした事件の真相を知っている男。そしてエクリプスとして正義たちの前に立ちはだかった元ステラナイツだ。
「あぁ、俺は最近は裁貴って名乗ってんだ。だからお前もそう呼べよ」
「僕も裁貴だからややこしいな。じゃあ直行で」
「名前呼びかよ、いいけど……で、一人なのか?枝園はどうした?」
直行はきょろきょろと周囲を見渡す。周囲には奏多どころか誰一人、人間がいなかった。暗い表情のままの正義に直行は苛立ちを覚える。
「奏多は……いない」
「そうか、ステラナイツのくせにな。何だ、捨てられたのか?」
「捨てられてない!」
正義の力強く、いつもより低い声が周囲に響く。直行は驚いて身を引いた。
「そんな怒るなよ……何かあったのか?」
「何かって……お前に言っても仕方ないじゃないか」
正義の肩に手を伸ばそうと出した直行の手を正義は弾いた。直行は痛そうなふりをしながら、やれやれと首を振った。
「そんなこと言うなよ、親戚だろ。少しは力になれるかもしれないぞ?なんてったって俺の父親は警察官だったし、知り合いの刑事だっているからな」
「警察……どうせ……いや……頼みがある」
その瞬間に正義は直行に向かって頭を下げる。今にも土下座をしそうな勢いに直行が引く。直行は、自分のはとこが自分に対して頭を下げるとは思っていなかった。敵意を向けられるものだと思っていたから。
「頼み?」
「あぁ、奏多を助けたいんだ。だが、警察は動いてくれない。その知り合いの刑事っていうひとを紹介してくれ。僕には他に頼る先がない。だから頼む」
「おい、土下座はやめろって。遥に言われて最近は優等生で通してんだよ」
直行は膝をついた正義の脇を抱えて無理やり立ち上がらせる。正義の表情は今にも泣きそうだった。
「話は聞く。まずはそれからだ。それと、ヒーローが泣いてもいいのか?」
「いや、泣かない、泣いてる場合じゃないんだ」
直行は近くの喫茶店に正義を案内した。直行と遥が常連になっている場所で秘密の会話も問題なくできる場所だった。
「すまん、ちょっと電話をかけててな。で、教えてくれよ」
「いや、いい。どこから話すか……」
それから、しばらく、正義のぽつぽつとした言葉を聞きながら直行は状況をまとめていく。直行は直行で自分の正義に反している枝園正義に対する怒りを燃やしていた。
「で、結局どうしたいんだ?枝園を助けるだけならそいつを消せばいいのか?痛みつければいいのか?」
「それは正義じゃない。警察が捕まえて、法律によって裁く、僕はそれが正義だと思う」
「だが、ヒーローだからこそ、お前自身が手を下したいって思わないのか?悪い奴は倒すんだろ?」
直行は楽しそうに意地悪く笑った。こいつを試してやろうと思ったのだ。あの日、突きつけた現実を飲み込んでただ若かったこいつの正義がどういう風に変わったのか。自分が変わったからこそ、正義に突きつけたかったのだ。
「それは……そりゃ!許されるなら……僕が、この手で……懲らしめてやりたいよ」
「なら、俺が手伝ってやろうか?」
直行はにやりと笑う、まだ若く青い正義の姿に。それと同時に直行は落胆も感じていた。怒りに我を忘れて正義が枝園の父親を私刑に処すれば、こいつは昔の自分と一緒だったと、直行はシースのために自分の正義を歪めた正義をあざ笑うことができる。
「だけど……僕はヒーローである以前に、裁貴正義なんだ。奏多は……優しいから、きっと僕が自分の父親を傷つけるところなんて見たくないと思う。僕は……ずっと前に約束したんだ。奏多の理想に近づけるように努力するって」
続いた正義のその答えに直行は驚いた、というよりも自分のことを恥じた。正義はここまで成長しているのに自分と来たら……。自分に対して苦笑すると正義の目をまっすぐに見つめ返した。
「……そうか、いい答えを聞けて良かったよ。呼んでおいて正解だった」
直行は後ろを振り返ると面倒くさそうに頭をかいたスーツの男が立っていた。直行が声をかけるとその男はこっちに近づいてくる。
「お前な、警察官を部下みたいに呼び出すんじゃねぇっての。いくら信正の息子だって言っても……」
「そんなこと言っててもいいんですか?鷹星さん、悠那さんにいろいろばらしますよ?」
スーツの男は慌てて直行の口をふさぐ。直行は笑いながらも、正義の方に目線を向けた。正義は突然の乱入者と直行の仲良さげな会話に困惑していた。
「ちょっ、わかってるって。だからわざわざこんなところに来てやったんだろうに」
「直行、この人は?」
「この人は佐野北鷹星、捜査一課の刑事だよ。大丈夫だ、他の警察官と違って信頼できる正義漢だよ」
「なるほど、ってことは今回の依頼者がこの少年ってわけだな。鷹星だ、よろしく」
佐野北という男は正義に握手の手を差し出した。正義はよろしく、と返しながら差し出された手を握り返す。信頼できる警察官という言葉を信じ切ることができるのかは不安だったが、直行とこの男を信じなければもう手がない。正義にとって藁をも掴む思いなのだ。直行に話した内容を鷹星にも伝える。すべてを聞いた鷹星は腕を組みながらため息を吐いた。
「なるほどなぁ、そいつは……でも俺の範囲じゃないな。それこそ悠那の範囲だ。けどまぁ安心してくれ。俺と同僚で力になってやるよ」
「本当に……?ありがとうございます」
「気にするな、これが俺たち警察官の使命だ」
「似てないそうですよ、そのモノマネ」
かっこつける鷹星に直行が茶々を入れる。ただ、その状況を見ている正義はこの二人なら信頼できる気がした。ステラナイツの仲間たちのようなそんな安心感を感じていた。
「じゃあ、明日、その家に行くぞ。正義、案内してくれ」
「分かりました。お願いします」
「さてと、じゃあ明日の計画の成功を祈って、ここは俺がおごってやる」
直行は伝票をさっと奪い取ると、すぐにレジに向かう。そのあとを追おうとした正義を直行は手で制した。
「え、それは悪いから僕の分は……」
「その金で枝園になんか買ってやれよ。俺は金には困ってないんだ」
「かっこつけたいお年頃なんだな、直行は」
どや顔だった直行に今度は鷹星が茶々を入れた。その茶々に顔を真っ赤にさせた直行は一言だけ呟いた。
「……悠那さん……」
「ちょ、やめろって……おい、待てっ」
鷹星は慌てて直行を追いかけていき、二人はいなくなってしまった。一人だけ残された正義は、握りしめた拳を見つめた。その中に握られた「義」の文字を。半分になってしまった二人のたからものを。
「これで、僕は君の望む正義を貫けているだろうか、奏多……」
これで希望は生まれた。一人では輝けなかったけど、闇を照らす眩い光に僕はなれていたんだろうか。いや、ならなければならなかった。奏多のパートナーとして、奏多のブリンガーとして。正義は決意を固め、その喫茶店を後にした。