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少しだけ理不尽な話

理不尽な話です。

携帯が鳴った。


 今日は仕事が休みだ。私は仕事が休みの日には携帯に出ない。無視する事にした。だが五月蝿い。あまりに五月蝿いので手に取る事にした。すると、仲の良い友人、田中からの電話だった。

 最初から携帯に内臓されている単音の着信音が暫く鳴り続ける。単調すぎる音はかなりの耳障りだ。私は電話を切ってやった。


「うるせぇなぁ。」

 ついでに携帯の時計を見ると、午前11:32となっている。朝から携帯の着信音で起きるのは意外とムカつく。二度寝をしようと試みたが、不在着信が有る事にも気づいた。


「誰だ?」

 着信履歴を見ると、昨日の晩から同じ友人から三回電話が掛かってきていたのだ。流石に何か有ったのかと思い、重い腰を上げ電話を掛けなおしたのだ。


「おう、悪い寝てた。何かあったの?」

少々カスレ気味の声で田中に問いかけた。

「おいおい、寝てたじゃねぇーよ。また俺の武勇伝が増えたぜ。」


 田中はアホで間抜けで面白い奴で、ついでに馬鹿な男だ。きっとまた、喧嘩して勝ったとか女を軟派したとかの下らない類の話だろう。


「で、何? 武勇伝って?」

欠伸をしながら一応聞いてみる事にした。

「実はよ、昨日の夜、事故ってよ!!」

「はぁ?! 事故ったぁ??!」

たかが事故の話である。何が武勇伝なのか。


「で、どんな事故?」

「おうおう、それがよ。相手は11tダンプさ!」

田中の車はボロボロの軽自動車だ。きっと軽く当てられたのだろう。

「へぇー。で、どうしたの?」

「それがよ!運転席側は大破よ!!」

恐らく、運転席側が大破しても無傷とかの話だろう。田中と言う男は馬鹿だが、恐ろしく強運の持ち主なのだ。


「運転席側大破なのに、俺は無傷何だぜ!! 凄くね?!」


 的中。


 自慢気に言う田中は元気良く続ける。

「これから腐れダンプヤローから金を沢山巻き上げてやるんだ!」

 意味不明な事を言い出す田中。


 とりあえず、私はどうやって田中が金を巻き上げるかが気になり、事故状況を聞く事にした。


「で、どんな事故なの?」

「あ?! 事故状況か?」

「そう。教えて。」

事故=被害者で可哀相な田中=慰謝料=お金沢山。これが田中の頭の中で描いた方程式なのだろう。


「保険会社には言ってあるけど、仕方無いからお前にも教えてやるよ。」

 何が仕方無いのか解らないが、私にも教えてくれるみたいだ。


「えーとね、時間は夜で、一車線の道を走ってたの。で、前がダンプね。俺が後ろ走ってた。」

「へぇ、お前の後続車はいなかったの?」

私は気になる事は質問をする質なのだ。

「いなかったね。ダンプと二人。ランデブーさ。」

何がランデブーなのか。下らない。

「で、どうやって接触したの?」

「走ってた道は一車線なんだけど、交差点近くになると二車線に増えるのさ。右折専用レーンがね。」

「もしかして、交差点内の事故?」

「そうだね。」

「で、それで?」

私は事故内容に興味深深になっていた。


「ダンプの奴が右ウィンカーを出して、右折レーンに入って行ったの。俺、直進じゃん? だから、そのままの車線を走ってたんだけど、ダンプヤローがいきなり左折してきやがってよ!

巻き込まれたんだよ!!巻き込み事故!!!」

後半、声を大きく荒上げて田中は吼えた。


「右ウィンカーを出して、右折レーンに入ったのに左折してきたの? ダンプが?」

「そう! 後続車の俺の存在に気づかずに! きっと道を間違えたんだな。」

 大した男である。田中と言う男は。左折に巻き込まれたならボロボロの軽自動車なんて一溜まりもない筈である。私は笑うしかなかった。


「ははっ! お前、左折の巻き込み事故に有ったのに良く無傷でいられたな!」

「だろ? 紙一重だったわ! もう少しで死ぬ所だったね。」

 元気で何よりだ。


「で、病院には行ったんでしょ?」

「はあ?いかねーよ。無傷だもん。」

「じゃ、ダンプの運転手は全面的に悪いの認めたんだ?」

「いや、生意気な野郎でよ。認めないんだ! しかもよ、俺の事を当たり屋呼ばわりするんだぜ?! 酷くねぇ??!」


 何だか雲行きが怪しくなってきた。


「ん?!」

 コヤツはどうやって金を取るのだろう?運転手を脅すのか?いやいや、それは脅迫罪になるから馬鹿な田中もそんな事はしないだろう。

「で、どうやって金取るの?」

私はストレートに田中に聞いた。

「大丈夫! 警察呼んだから。」

また意味不明な返答が返って来た。


「は? 警察呼んだから大丈夫なの?」

「本当はムカつくから殴ってやろうかなって、思ったんだけどよ。そこはグッと堪えて警察を呼んだんだ。ラチが明かないからな。」

 ダンプの運転手もなかなか質の悪い奴みたいだ。


「警察は真実を証明してくれるんだぜ? それが警察ってもんだろ。」

 田中はどれだけ警察の事を信用しているのだろうか。本当にアホで真っ直ぐな奴だ。警察なんて何にも動かない税金泥棒だろう。


「それじゃ、物損事故だろ? 警察は介入しないんじゃない?保険会社同士の話し合いになるんじゃないの?」

「え?! そうなの?! でも保険会社の人が真実を証明してくれるんじゃないの?!」

 どこまで無知な田中だろう。可愛くも思えてくる。


「金は取れるでしょ? だって悪いのはダンプだぜ? 俺の車は廃車同然よ?」

 こう見えても田中は、嘘をつけない男なので、この話は恐らく全て本当の事だろう。そんな単純な田中が可哀想になってきたので、私は少しアドバイスをする事にした。別に私は保険会社に勤めている訳でも無いのだが、この手の話は少し好きなのだ。


「ダンプの損傷は?」

私はダンプの損傷が知りたかった。

「フェンダーって言うの? その辺が少し1m位の傷が入っただけかな。」

「田中、お前は車両保険入ってた?」

「入る訳ないじゃん。あんなボロボロの車に。」

「何年前の車だっけ?」

「十八年前かな?」

「目撃者は?」

「俺。俺が見た事が真実。」

「他には?」

「いないね。」

「ダンプは右折レーンに入った事は認めた?」

「それは認めた。警察の前でも言ってたから大丈夫。少し入ったかなって言ってた。」

「ダンプの運転手の怪我は?」

「有るわけないね。」


 私は少し計算をした。


「田中、お前この事故で金は取れないぞ?」

私は笑いながら田中に言った。

「はぁ?! なんでよ?! 絶対悪いのはダンプだぜ?!!」

 田中はビックリした模様だ。それもそうだろう。こういう事故は弱者が弱い。車両保険でも入っていれば良かったのだが、価値の無い車が被害者の事故の場合はとても理不尽な結末になる。


「田中、俺の予想だと今回の事故の過失は、6対4、もしくは7対3だな。」

「何でよ?! 10対0だろ!!」

「交差点内の事故には、10対0は有り得ないから。ダンプが右折レーン少しでも入った事は認めているから、過失はダンプにある。」

「それはそうだろうよ!!」

 田中は明らかに興奮をしている。そんな田中をよそに私は今回の事故の今後の推測話を続けた。


「恐らく、ダンプの修理に20万位掛かるだろう。そして、お前の車の価値はきっと10万位だ。そしてきっと廃車扱いになるだろう。」

「俺の車の価値とかは関係なくね??! てゆーか、そんな話にならなくねぇ?」

 田中の言いたい事は解るが、私は心を鬼にして田中に告げる。

「物損事故の場合は関係大有り。過失割合が6対4の場合、田中がダンプに支払う金額は8万円。

ダンプが田中の車に払う金額は6万円。はい、2万円の赤字。」

 私は事実を伝えた。


「は?何で俺が払わなければなんねぇの??! 意味わかんねぇ?!! 保険使えば良いんじゃないの?」

 田中は唖然としている。声も裏返り始めた。

「勿論、保険を使えば金は払わなくて良いよ。でも、お前の車は廃車だよ? どうせ、また車を買わないといけないでしょ? その時また任意保険に入らないといけないからその時は2等級増えるぜ?」

「ん?! 意味わかんねぇ。」

「兎に角、この事故はお前にとって何も美味しくも何ともないって事。」

 私はとうとう真実を口走った。


「じゃ、じゃあさ、車修理すれば良いんじゃない? 高く見積もってさ!!」

「さっきも言ったろ? お前の車の価値は新車価格の10/1の十万円。修理しても10万円まで保険しか適用されない。」


「・・・・・・!」

田中は絶句した模様だ。


「10対0にならない?」

小さな声で田中は言う。

「ならないね。」

私は溜め息交じりで応えた。

「絶対?」

諦めずに田中は食い下がる。

「ダンプが真実を告げればなるかもね。でもそんな事は絶対言わないよ。この世の中の人間は腐っているからね。」


「・・・・・・」


 暫く無言を貫いた田中が再び口を開いた。


「どうしたら良いんだ?」

 さっきまでの元気だったのに、今の田中の落ち込みの度合いがとても面白く、私は笑いながら良い策を教えてあげた。


「田中、とりあえず病院に行け。」

「病院? 何とも無いのに? 面倒くさいぜぇ。」

「お前の為にも病院に行け。」

 私はまた言った。

 交通事故を起こしてすぐの場合は、アドレナリンが大量に出ているので痛みを感じ難い。田中の場合は既に数時間が経っているが、常にアドレナリンを出している田中の場合は例外だろう。以外と交通事故を起こしてから二、三日で痛みを発症するケースも有るのだから正当な行動にもなる。


「でも、俺は無傷だぜ? 警察の前でも言ったし。」

 ちょっと弱気になる田中。

「良いから病院に行け。そうすれば活路は自ずと見えてくる。そして、何よりお前の為だ。」


「・・・・・・」

 少し黙り込む田中。


「やっぱり、男に二言はねぇ!!」

 無駄に男を見せ始める田中。

「じゃ、何か? この理不尽な事故にお前は泣き寝入りをするのか? 一方的に悪いダンプの運転手が笑っていても良いのか?」

 私は病院に行くよう勧める。

「そんな事は有ってはならない!! 悪いのはダンプ!!!」

 田中は本当に馬鹿だ。


「なぁ、病院に行って何すんの?」

 ようやく、田中もこの話に乗ってきた様だ。

「何、普通に診断してもらうだけさ。」

 私は田中の為にアドバイスをする。

「そして、診断書をもらうんだ。」

「診断書?」

「そう。それを警察署に提出だ。それで任務完了だ。」

 私は適切な事を教えた。

「それで良いのか? あの謝りもしないダンプヤローをギャフンと言わせれるのか?」

「ああ、そんな嘘つきダンプヤローは懲らしめてやらないと駄目だからな! ちゃんと事故の診断書を貰ってくるんだぞ!」

 私は馬鹿な田中に解りやすく教える。

「それを警察に出せば、人身事故になる。そうすれば警察もやっと動くから。それとダンプのナンバーの色覚えているか? 緑?」

「緑っぽかった様な気もする。」

 田中は自身無さ下に応えた。

「緑なら儲けモノなんだが。」

「なんで?」

「緑は確か、社用扱いになるからな。緑ナンバーで人身になると、その車は暫く仕事では使えなくなる筈だからね。そうなると向こうが困るでしょ? 仕事に使えないから。それと、ダンプの運転手にこの事故の過失が有るから、人身になると最悪免停にもなる。そうなれば、こっちの保険会社の発言も強くなるから。」


「うおぉー!」

 田中は雄叫びを挙げた。

「お前なんでそんな悪い事を知っているんだ?!!」

 私は決して悪知恵を言っている訳ではないのだが、純粋な田中にはそう思われたのかも知れない。


「それで?! その他に俺がする事は??!!!」

 ゴリラみたいに興奮した田中はまだ私に問いかける。


「入院でもすれば良いんじゃない? すればするほどお前の為よ。」

「わかった!! これから病院に行ってくる!!!」


電話が切れた。


 恐らく、田中は真っ直ぐな人間だから、私の言ったとおりに病院に行くだろう。


「・・・・・・、55分。」


 私は愕然とした。田中との通話時間。しかも、私から田中に電話を掛けたのだ。寝起きから長電話とは。


 私は、少し遅い二度寝をする事にした。


「今度、田中に焼肉でも奢って貰おう・・・・・・。」

 そんな事を思いながら布団の中に体を入れた。



 


 事実、田中に焼肉を奢って貰うのだが、それは二ヵ月後の話になる。





------------この世の中、腐った人間ばかりなのだ。
















こんな事故で泣き寝入りする人もいるみたいですね。皆が皆理不尽でした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 両者の被害額の総額から過失割合分を相殺して多い方が出す制度に改正しないと1対9でも相手が超高級車とかだった場合は理不尽すぎるよね……
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