貴方、ヤキモチを焼きなさい
「あら、おはよう」
朝に出会えば挨拶を。
「ふふ、どうしたのかしら」
目と目が合えば、クスリと微笑み。
そして今日もまた、彼女は僕の耳元で呟いた。
「それでは、恋の授業を始めます」
嬉しそうに、楽しそうに、それでいて愛おしそうに。
とても彼女は不思議な存在だった。
まだ転校してから数日しか経っていないのに、時々見ていて思いついた表現。
それはまるで雲の上に立つような、とても遠い存在として僕の瞳に映り込む。
容姿端麗、それでいておしとやかで、とても話し上手。すぐに男女関係なしに教室の生徒と打ち解けて馴染んでいた。
当然、至極当たり前なくらいに彼女はモテた。
半分くらいは下心でなのかもしれないけれど、転校初日で何回か告白を受けていたらしい。
そして今も、目の前で告白をしようとしている男子が居る。どうも他の子のようにコソコソとではなく、堂々と真正面から攻めていくみたいだ。
「あの…久納さん! 好きです! 付き合ってください!」
そういう彼は顔は悪くない、僕より背も高いし、話によると成績は常に上位に入っているとか。対して僕は顔は普通だし、背も普通、成績も普通だし、何の特徴も持っていない。
どあっても僕じゃ敵わない相手。久納さんだって頭が良くてカッコイイ男子にモテたとなると、僕の相手なんかするよりもよっぽどいいだろうな。
モヤモヤとした気持ちで久納さんと告白した男子を見つめる。
今見ている光景が彼女にはお似合い。それが当たり前。そう頭の中では理解しているのに、胸の辺りが苦しくなっていく。
(…もしかして僕…やいている…?)
まさか、出会って二日、三日しか経っていない相手に、少し自分に気があると思っていたら、途端に他の男の子に告白されてヤキモチをやいているというのだろうか。
「…そ、そんなはずない…」
いくら何でも図々しい。というよりも勘違いにも甚だしい。そんな訳あるはずない。
最近目不足が続いているからか、そのせいで身体が弱って風邪でも引いたのかもしれない。
「…ありがとう、とても嬉しいわ」
「じゃ、じゃあ!」
「けれどごめんなさい」
その彼女の言葉を最後に男子はガックリと肩を落とし、他の男子に慰められながら自分の教室へと戻っていく。その姿を見て、僕はホッと息を吐き出した。
(…あれ、今…安心した…?)
無意識に胸を撫で下ろした事に、再びまさかと否定する。けれども、胸に残っていたモヤモヤは気が付けばすっかり消えていた。
何事も無かったように隣の席に着く彼女。先ほどまで本を読むことに集中できず、ずぅっと彼女の事を見つめていた自分が恥ずかしくなり、なるべく顔を見ないように反対を向く。
「ねえ小室くん」
すると彼女は話し掛けてくる、僕は仕方なく彼女の方に恐る恐る顔を向けた。
見ると彼女はニヤニヤと口元がニヤついている。まるで何処かで見た事があるような顔。意地悪をするような、何か悪だくみを思いついたような、今にも可笑しくって笑い出しそうな、そんな顔。
「ずぅっと私の事を見ていたけれど…もしかして心配してたのかしら?」
「~~ッんな!? な、何…が!?」
声が裏返りそうになるも、何でもないと平然を装う。
「ぜ、全然心配なんて…してない…!」
「そうなの?」
「う、うん…だ、だって…ぼ、僕は別に…その…」
「けど、ずっと見てたって事は否定しないのね」
「~~ッ!!?」
そういって楽しそうに笑う彼女の顔を見て、恥ずかしさのあまり声も上げずに机に顔を伏せる。
これではまるで、自分からずっと見てた事を肯定したという事になってしまう。けれどもそれは事実。
否定しようにも今更となってしまうし、違うといったところで彼女がずっと見てたと証言している以上は、目が合ってなくても僕の方を見ていた可能性が高く、どちらにしても言いずらい。
結局、僕はどうやっても弁解する事が出来ず、ただ黙って認めるしかなくて。
「ふふ、ステップ4…ヤキモチ…かしら?」
ただただ否定できず、僕は真っ赤になった顔を隠すよう机に顔を伏せていた。