嫌な女
「いらない。」
事の始めは鈴里が言ったその言葉だった。
その日は運悪く、鈴里が調子に乗る日だった。そのため、彼・トウキは忙しかっただろう。鈴里の好きなケーキを買いに行ったり、肩を揉んだり。まるで召使いのような事をさせられていた。僕はそんなトウキを見て、断ることはできないのか?と思った。が、トウキは以前、こんな事を言っていた。
「きっと、後にも先にも、おれには鈴里しかいないんだ。あの子を見た瞬間、この子だ!って思ったんだよ。」
だったら、せめて手伝ってあげようと思ったが、「別に大丈夫だよ」と言ってトウキが笑うから何も言えなかった。
あんな女、僕だったらすぐに別れるけどなぁ。トウキって面倒見が良すぎるんだよ。
トウキとは幼稚園からの仲。いわゆる幼なじみという奴で、今でも週1で遊びに行くほどだ。
昔から面倒見がよくて、優しい、良い奴だったんだけど、彼女はつくらない男だった。「女の子とどうやって話せばいいのかがわからない」とか言って、モテるくせに…。
と、そんなトウキに彼女ができたっていうから、どんな奴か想像を膨らませていたんだが…。
まさか、こんなヤンキー女とは。金髪だし、キラキラしたヘアゴム手につけてるし。性格悪いし。僕だったら絶対に受け付けない。
「トっちゃん。指輪欲しーな」
「おー、買ってやるよ。どんなのだ?」
おいおい。やめとけよ。なんで、そんなにこの女にこだわるんだ?世の中女なんていっぱいいるぞ。
「あっそうだー。春嬉。お前、青子さんと続いてるか?」
「あー別れたよ。」
「はあ?なんでだよ?あの人お前のコト本気で好きだったと思うぞ!」
「なんで分かるんだよ」
「なんでって…。そりゃあ」
あ、やっちゃった。強く言うつもりなんて無かったのに。別に勝たなくても…。と、目線を鈴里にやるとあっちも僕を見ていたらしく、赤い唇をにいっとあげた。すると、彼女は思いがけないことを言い出した。
「ねぇ、トっちゃん。私達別れない?」
『はっ?』
この女は何を言っているんだ?僕は髪の色は赤いが、馬鹿ではないぞ。高校もちゃんと卒業した。だが、この女が言っている事は、まるっきり分からない。
「なんで?急に?おれ、何かしたっけ?」
「そっそうだ!なんでだよ。トウキ良い奴じゃねーかよ」
僕もトウキも混乱する頭の中で、言葉を選択しながら話す。
「そうね。トっちゃんは良い奴よ。でも…私…春嬉君が好きなの。」
「へ?」
正直言って、僕・笹塚春嬉。まったく嬉しくない。というか、驚いている。
「春嬉の…ことが」
「そう。だから、トっちゃん【いらないの】」
もう少しで殴りそうだった。トウキが止めてくれなかったら、僕はコイツの顔面を崩壊させていただろう。
「おい、トウキ。‘なんで’ 止めるんだよ!こんなサイテー女…」
「‘なんで’ って…。まだ、おれが鈴里のこと好きだからだよ。」
▲
「お前って、人を見る目ねぇーよなぁ」
いつもの居酒屋、「まちどころ」で、僕はトウキと飲んでいた。
「うっせーよ。おれだってわかってんだよ。」
そう言いながら、トウキはグスグス泣いていた。
(よっぽど好きだったんだなぁ)なんて考えながら、僕はビールをゴクリと飲み干した。
「お客さん、大丈夫かい?」
と、心配されるほど酔っていたところまでは覚えているのだが、ここから先は記憶が無い。気がつくと、ベッドの上でスヤスヤ寝ていたようで。どうやって帰って来たのかが全然分からない。
「あっ今日、小野さん来るんだよなぁ」
僕は部屋の周りを見渡しながら、ある事を思い出し、「やべぇ」と呟いた。急いで机に向かい、原稿を見てみると、案の定一文字も書かれていなかった。
最初はハハハと笑っていたが、
「あーいって」
頭がズキズキする。二日酔いか。酒には強い方だと思ってたのになぁ。
ピンポーン
(あっ小野さん来た。)僕は壁につかまり、ずるずると玄関に向かう。ドアを開けると、そこには、元カノである青子がいた。
「あっ春嬉くーん。」
「げっ!なんでお前がいるんだよ。帰れ!もうお前は昔の女だ。」
「そんなこと言うところも好き。好き。だーいすき♡だから、ね!やり直そう。私達!」
そう言って、青子は僕に近ずいて来る。側から見れば、恋人同士がいちゃついているように見えるだろう。が、僕から見ればホラー映画だ。
あ、いてーなぁ。もう、うっとうしいんだよ。青子!お前って女は…ホントに。
と、僕は青子の唇に噛み付いた。なんて嫌な女が多いんだ。僕の周りには…。
「もう、帰れ。お前に会いたい気分じゃない、一生な。」
ガチャッとドアを閉めると、そのままベッドに倒れこんだ。
「すっステキー!待っててね、春嬉くん!私絶対あなたを手に入れて見せるから♡」
青子はカッカッというヒールの音を立てながら帰って行った。
アイツ、小説に使えそうな女だな。使いたくもないけど。
ピンポーン
「柿太郎先生、いますかー?」
「あっ小野さん!」
ペンネームで呼ぶという事は、小野さんだろう。と思いながら、ドアを開ける。やはり小野さんだ。
「な?どうしたんですか?」
「二日酔いです。」
と言いながら、僕は小野さんにたおれこんだ。
「うお!大丈夫ですか?って、酒くさ!」
「あっそうだ。原稿全然書いて無いです。さーせん」
「え〜!ダメダメじゃないですか。柿太郎先生」
▲
頭の痛みも治まってきた頃、原稿の話し合いが始まった。
「柿太郎先生の作品は、5年間で書いたものすべて、残酷なものなんですよね」
「えっ?そうなんですか?」
「気づいてなかったんですか?僕は、こういう作品が好きだからだと思ってたんですが。」
全部残酷な作品だったんだ。知らなかった…。でも、言われてみればそうだな。
「そこで、です。」
小野さんが急に改まった感じで話し出す。
「今さらですが、というか筆が乗らないのなら…恋愛ものを書いてみませんか?」
「恋愛?」
「はい。念のため、恋愛小説を持ってきたのですが…。」
小野さんが持ってきた恋愛小説は、カップルがいちゃつく場面や、「うわぁ」と思う場面が結構あった。
「書けますかね?僕が」
「まぁ、頑張ってください」
テキトーだなぁ。まぁ、へたな応援してもらうよりはマシだけど。
「あ、そうそう。この恋愛小説書いている小説家の、中山さんに話しを聞いてみたら、驚く事に、自分の経験とかを混ぜてるんだとか。」
「うわぁ、ますますうわぁっすよ。もう、ニヤつかないでください。うわぁ」
自分の経験?気色悪い。…あ、そうだ。
「小野さん、待っててください。僕書けるかもです。」
帰ろうとしていた小野さんを引きとめて、僕は宣言した。
「じゃあ、楽しみにしときます。」
小野さんはニヤつきながら、帰って行った。
僕はすぐにスマホからトウキに電話をかけた。頼む、トウキ。お前だけが頼りだ。
『は?あーもしもし。春嬉?』
この様子だと、トウキも二日酔いだろう。アイツ、酒に弱いからなぁ。
「あっ、今日僕ん家に来れる?」