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時盗られ  作者: 立涌丁字路
2/2

後編~時は盗られて~

2年4組のみんなの前で話してから、数日がたった。

不思議なことに、1日の疲れは7時間の睡眠でほとんど取れるようになったのだ。

また、教室の電波時計もおかしくなることはなくなった。

顔色も良くなった。

問題は全て解決しように見えた。


ところが、ある日の放課後、

若葉が俺のところにやってきて、

「話したいことがあるんだけど」

と言って、俺を呼び出した。


「今日は部活がないから特に用はないけど、何だ、話したいことって」

南側の教室のある学年棟から北側の施設棟に移動して、人通りの少ない1階の廊下で俺たちはいた。

若葉は申し訳なさそうな顔をしている。

「具合はどうなの?」

「疲れは取れてきたんだけど、話って」

「私がやったの、あんたも含めクラスの人達が謎の疲れを感じたのも私のせい」

若葉がいきなり告白をした。


俺は耳を疑った。

「一体どういうことだよ、待てよ、電波時計がおかしくなったのも……」

「謎の疲れと大いに関係あるわね」

「ふざけるなよ」

俺は右手に力を入れた。

「この数日、俺がどれほど苦しんだか分かってるのか? 夜更かしもしないでしっかりと寝たのに疲れが取れなかったんだぞ! 眠くて授業もついていくのが大変だったし、そもそもなんでお前が」

「必要だったの」

感情剥き出しの俺と比べて、若葉は落ち着いていた。

「何が」

「時間」

「そうなのか?」

若葉はうなずいた。

「私は時間が必要だから、みんなの時間を盗んだの。そして、これは今に始まったことじゃない」

若葉はその経緯を話すことになった。


若葉はまず、自分の家について話し始めた。

父親が看護師、母親が医師という彼女は、幼いときから勉強を強要されたという。

しかし勉強は特段嫌いというわけではないので、言われるがままにやってきた。

小学生までは良かった。

ただ、中学生になってから進路のことを考えるようになって、医学を志したいと両親に言ってから、学校の勉強以外にも医学に関する知識を半ば強制的に詰め込まれた。

両親の強要に若葉は「ノー」とは言えなかった。

なぜなら、母親は私立総合病院の理事長、父親は同病院の看護師長を務めているからである。

そのため、とても反論する気になれないと若葉は言っていた。

実際、医学分野のことは他の誰よりも知っているという自負もあったし、興味もあった。

だから、やるからには徹底的にやろうと自分を押し通したのだという。

これも若葉の強気な性格も手伝っているのかも知れない。


何はともあれ、若葉には勉強することが増えてしまった。

時間は誰も1日24時間で共通している。

でも若葉にはその時間では足りず、何とかしようと知恵を絞った。

その時、彼女が思い浮かんだのが幼いときに見せてもらった「母親のノート」だった。

そのノートには「人の心理時間」に関する記載があった。


「時間は確かに1日24時間であるが、時間の感じ方はそれぞれ違う。早く感じる人もいれば、遅く感じる人もいる。年を重ねれば、早く感じることが多い。これが人の心理時間である。この心理時間をうまく使うことができれば、人々の生活はもっとより良いものになるだろう」

「例えば、仕事の期限があと1時間のとても忙しい人に、時間を分け与えることができれば、その忙しい人はどれだけ助かることだろう。1時間なのに、何時間も働くことができるのだから」

「私は一見、ばかばかしいこの空論をぜひ実現したいと思っている。ちょうど、ヒトに時間という概念を生み出したという遺伝子が見つかったということを知った。これを元に、仕事の傍ら研究を進めていきたい」


若葉はこのノートと母親が研究した「時間コントロール」ノートを密かに調べた。

彼女も勉強の傍ら、自室で研究ノートに書かれてあることから、「時間」をコントロールする装置を作り出してしまったのだ。その装置は小さく、消しゴム状の大きさしかない。


その仕組みはこうである。

まず、装置に取り付けられている小さな棒からレーダーを出し、時間概念の遺伝子「ピリオド」の容量が多い人を探し出す。

このレーダーは前方の弧状にしか反応せず、範囲も10メートルと短い。

次に、該当する人が見つかると、その遺伝子の容量からどれくらいの時間を有しているかを調べるために、電波を飛ばす。電波の跳ね返り具合でこちらがコンロトールできる「時間」を計算するのだ。

コントロールできる時間が分かったら、小さな棒から今度は「TA(time air)ドレイン」という目に見えない糸をその相手の頭に飛ばす。TAドレインがついたら、今度は自分の頭にも同じようにTAドレインをつける。そうすると、相手から自分に「時間」が流れてくるのだ。いや、「時間」が流れるというよりは、「時間泥棒」が堂々と行われているというのが正しいだろうと若葉は言った。


少し時間がたって、夕日が沈む頃になってきた。

「俺が7時間眠っても、疲れが取れなかったのは、そういうことなのか」

「そう」

若葉は言った。

「あんたの7時間は、時間上では確かに7時間だけど、実際には心理的に3時間しかなかったの。あとの4時間の心理時間は私の勉強のために使ったわ」

若葉は視線を少しそらした。

「じゃあ、なんで俺の他に拓郎達も同じようになってたんだよ。最初から俺狙いだったんだろ、そんなことしなくても」

「ちょっと装置の不具合でね、一時的に他のところにもTAドレインが飛んでいってしまったの。あと、発射角度の関係で、結果的に教室の前から3番目までの人に届くようになってしまった」

そう言うと、若葉は練習試合中のテニスコートを少しだけ見た。

「本当はやってはいけないことだって分かってたの。だけど、医学を志すのならたくさん勉強しなくちゃいけないから、両親にも反抗できないし」

TAなんとかが出てきてサッパリ分からないが、いずれにしてもすごくつらい状況だったのだろうと想像できる。

「お前がやったことって、もしかして今に始まったことじゃないんだろ?」

若葉はうなずいた。

「中学生の頃から。他の人の時間を奪うんだもの、私はとんでもないことをした最悪の人間。それで学級委員長なんてやってるんだから、本当におかしいよね」

皮肉交じりの言葉を述べて、俺のほうを見た。

「本当に、ごめん」

若葉は頭を下げた。


今まで若葉はクラスのことをうまくまとめてきた。

文化祭だって大盛況だったし、クラスマッチだってクラスが団結したのは若葉の精一杯の激励があったからこそだ。

若葉は本当にクラスのことを考えているし、いつもクラスの中心にいる存在。

だから、今回のようなことは二度と起こしちゃだめだ。


「若葉、お前はクラスをうまくまとめていると思う」

「でも、私はクラスを利用しちゃった」

「それはいけないことだ。だからこそ、クラスをうまくまとめるために必要なことがあるだろう」

若葉は心配そうな顔をした。

「大丈夫だ、俺も協力してやるよ」

被害者が加害者に協力するなんておかしいだろうか。

いや、訂正、加害者じゃなくて同じクラスの仲間だな。


その日のうちに、職員室にいる担任の福崎先生のところへ一緒に行き、若葉は今回の顛末を話し、それから先生に謝った。

先生は話の内容に終始分からずじまいだったが、若葉のことをしっかりとしかった。

一方、先生も悩みを聞くことができずに申し訳ないと、若葉に謝った。


そして次の日、朝のホームルームの時に若葉はまず2年4組のみんなの前で謝った。

一体どうしたのだろうとみんなが少し動揺する中、若葉は今回の事の顛末を話した。

若葉の話に対して周りの反応を見ると、中には首をかしげている人もいた。

無理もない、若葉の話は俺もよく分からないところがあった。

ただ、俺や拓郎などが当事者なのは間違いなく、今もしっかりと若葉の話を聞かなければならない。


「みんな、本当にごめんなさい。私のせいで、みんなに迷惑をかけてしまいました」

若葉は深々と頭を下げる。

顔を上げてから、若葉は自分の席に戻っていった。

クラスの反応は様々だった。

不満や文句を言う人、同情する人、あまり反応がない人などなど。

先生はみんなを落ち着かせる。

俺は一番の被害者だから一番怒って当然なのだが、こう改めて若葉の話を聞くと、やはり怒りより同情の気持ちが強い。

拓郎はどうなのだろうか。


「宮井さん、すごいことをしちゃったんだね」

休み時間、拓郎は言った。

「両親が医療関係者だと、やっぱり大変だよね」

俺は拓郎の言葉を受けて、若葉の席のほうを見た。

若葉は以前の俺のように机に突っ伏しており、クラスの友人との会話もない。

周りに全く人がいないため、なんだかクラスから無視されているような気がする。

俺の考えすぎでなければ良いが。

拓郎も若葉には同情的だった。

拓郎は俺と違って感情をあまり表に出さない。

しかし、だからといって冷たいというわけでもない。

「これじゃあ、宮井さんが小山君みたいになっちゃうよ」

確かに、このままだったら若葉は精神的に参ってしまい、しまいには学校に来なくなってしまう可能性もある。

若葉は強気なところがあるから、芯は強いところがある。

ただ、それが崩れてしまうとそのギャップが大きいのだ。

「何とかしなくちゃな」

当事者はいつまでも当事者だ。


次の日、若葉は学校を休んだ。

昨日の今日だ、相当精神的にこたえているのかも知れない。

きっと、反省の意味で休んでいるのだろう。


また次の日、昨日休んだ若葉は今日、学校に登校してきた。

クラスの人に形式的なあいさつをして、自分の席に向かう。

俺も頃合いを見計らって、若葉の席へと向かった。

「おはよう、大丈夫か」

若葉に声を掛ける。

「おはよう、昨日ゆっくり休んだから問題ない。かぜじゃないけど、頭も冷やしたし」

やや目線を下げて彼女は言った。

どうやら若葉はしっかり反省したらしい。

「なあ若葉、昼休みちょっといいか?」


学年棟から施設棟に向かう廊下の左側にベランダがある。

ベランダといっても、テーブルがあればお茶が飲めるくらいの広さだ。

俺は若葉をここに連れてきた。

「ここって、普段から入れるんだっけ?」

若葉が確認してきた。

俺達は隣り合うように西側を向いて立っている。

「問題ないよ、先生にも特に怒られないし。確かこの前、ここでたそがれている人もいたし」

「そうなの?」

「誰だって悩みの一つや二つくらいあるさ」

俺も、そして……。

「ありがとう、気を遣ってくれて」

若葉の表情は柔らかくなっていた。

それからポツリと、

「時間は限りあるから、その時間の中で頑張るんだよね。私、どうかしてた」

「俺も気付いたことがある」

「何?」

「時間は実は無限なんじゃないかなって」

「時間は有限じゃないの?」

若葉が返してくる。

「確かに時間は有限だけど、使い方は無限にある。今回、若葉のおかげで、そのことにようやく気付いた」

「私はひどいことをした」

「だから時間は拓郎と犯人捜しに使った。疲れたけど、有意義な時間だった」

実際、俺はそう思う。

「だから、時間は無限なんだ」

俺ははっきりと断言した。

「そうだよね、時間は無限か」

そう言いながら、若葉は大きく伸びをした。

「だったら、決めた。今度はみんなの時間を返してあげる」

「時間を返す? どうやるんだ」

「まあまあ、見てなさい」

こう言って、若葉はベランダから出て行った。


それから若葉はクラスの信頼を取り戻すべく、みんなに挨拶をしたり、声をかけたりしていた。

それはいつもの若葉と変わらないのだが、強気なところは元気なところに変わっていった。

見ていて多少おせっかいではないかと思ったが、若葉はそんなことを気にする様子はない。

実際、若葉の周りに人が少しずつ集まってきたのだ。

若葉はとても楽しそうである。

もしかすると自分の時間を返すというのは、これからはクラスのことを考えて行動するということなのかも知れない。

実際、若葉にしか分からないことなのだろうけど、きっとそうだろう。


「宮井さん、元気になって良かったね」

拓郎も若葉のことを心配していた。

「若葉なら大丈夫だ。へこたれないだろうよ、こんなことくらいで」

「ほんと、君のおかげだよ。でもさ、君、宮井さんのこと結構見ていない?」

「え? そんなことないぞ」

思わず声が裏返る。

「図星だね、君は分かりやすいな。言葉を返すけど、君なら大丈夫だ」

どうも拓郎は納得した様子だ。

「何が大丈夫だよ」

と俺が言おうとした時に、

「何話してんの」

と若葉が後ろから声を掛けてきた。

「何でもないぞ。なあ、拓郎」

「そうそう、何でも、ない」

「本当に? ちょっと顔が少し赤いようだけど」

若葉は俺の顔のよくちょっとした変化に気付くものだな。

「寒くなったからかな? ほら、それで火照ってるんだよ」

俺はとにかくごまかす。

「しっかり休んだほうがいいと思う。よく寝てる?」

いつもの若葉だ。

「うん、寝てる」

おかげさまで、しっかり眠って疲れは取れるようになってきた。


まさか自分の時間が盗られるなんて思わなかったけど、今回の出来事で改めて時間の大切さを学んだような気がする。

時間は有限だけど、使い方は無限。

これは宇宙の真理なのかなと思ってみる。

盗られたものはあったけど、得たものもあった。


2年4組の様子はいつもと変わらないけど、常に時間が流れている。

電波時計は、正確に時を刻み続けている。

カチカチ、カチカチと。


いかがでしたでしょうか。初めて前編と後編に分けて投稿しました。今回の物語では、何気ない高校の様子にSF要素を入れてみました。物語を考えるのは大変でしたが、とても楽しみながら執筆をすることができました。


そして、最後までお読みいただき誠にありがとうございました。

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