前編~取れない疲れの謎を探る~
今回は物語を前編後編に分けました。最後までお読みいただければ幸いです。
朝の目覚めはここのところおかしい。
眠気があって、疲れがとれない。
勉強しすぎたのかなと思ったけど、どうもすっきりしない。
7時間寝たのにな…
眠い目をこすり、俺は立ち上がって制服に着替え、高校に行く準備をする。
高校は俺の町から上り電車で一駅のところにある。
だから眠気でボヤっとしている今の状態だと、下手すると乗り過ごしてしまうこともある。
それだけは避けたい。
だから俺は次の駅で降りることだけを考えた。
でも、そう考えるのは何も今日が初めてではない。
学校の2年4組の教室に着くと、俺は机に突っ伏した。
こうでもしないと授業中眠ってしまうからである。
少しでもここで長く蓄積された疲れを取らなくては。
と思っても、
「おはようございます!」
と担任の福崎先生の迫力ボイスに妨げられるのだった。
前から3番前の席でもよく聞こえる。
1時間目の授業はその福崎先生の現代文の授業だった。
先生の声は大きいから眠ることはないけれども、現代文も含め他の教科の内容を理解するのは大変だ。
ノートは取るけれども、先生の話についていくので精一杯だった。
分からないところは後で教科の先生に聞く、ということが増えてしまった。
1時間目の授業がもう少しで終わる9時20分頃、
「福崎先生、時計また止まっていますけど」
とクラスのある女子生徒が福崎先生に言った。
教室の壁にかけてある時計の秒針が先に進めなくなっていたのだ。
ピン、ピンと1秒分針は動いたまま。
俺は真ん中の席から見ていたけど、この時間で止まるのは今日が初めてではない。
クラスが少しざわついていた。
「皆さん、静かにしてください」
と福崎先生は注意した。
「また止まったんですか? 故障しているとは考えにくいですけど」
先生は腕を組んで首をかしげていた。
うちのクラスだけではなく、高校のほとんどの教室にある時計は電波時計、つまり標準電波によって正確な時刻が表される。でも、電波時計に不具合があるのはどういうわけかうちのクラスだけなのだ。
一回電波時計を外して調べたことがあったが、故障を疑うようなものはなかった。
このように毎日ではなかったけど、ときどきこういうことがあって授業が中断されることがあった。
1時間目の授業が終わって、俺は同じクラスの篠崎拓郎のところに向かった。
彼に聞きたいことがあったからだ。
拓郎の席は俺の席からちょうど二列右の席で、廊下に最も近い列。
拓郎は普段クラスの中でもあまり他の人とは話さないほうだ。
休み時間はいつも小さな文庫本ばかり読んでいる。
俺は拓郎とは親友というわけではないが、勉強を教えてもらっているうちに言葉を交わすようになった。
「拓郎、ちょっといいかな」
右横から声を掛けると、文庫本を読んでいる拓郎が読むのをやめてこちらを見た。
「どうしたの、小山君。さっきの時間大丈夫だった?」
「今日も大丈夫そうだ、何とかな。でも、今日のところも後でいいから教えてくれないかな。ちょっと話が飛んだところもあったから」
「いいよ」と拓郎は言った。「でも君は相変わらず疲れた顔をしているね」
「そこで、ちょっと聞きたいんだが、今日も時計が止まったよな、電波時計の」
「うん、今週で3回目だったと思うけど。確か先週からおかしくなったんだよね」
「先週か、本当に何でおかしくなったんだろうな。毎日じゃないんだろ?」
と言ったすぐに2時間目の開始の鐘が鳴った。
「ごめん、後で話す」
「いいよ。昼休みでも話そうか」
クラスの人が席に戻る中、俺も自分の席に戻った。
昼食を食べた後、昼休み俺は再び拓郎の隣の席にいた。
クラスの中はおしゃべりでにぎやかなところもあるし、静かなところもある。
そんな状況の下、俺たちも会話を始めた。
「電波時計の話の続きだよね」
拓郎が確認してきた。
「そうだ。どうしておかしくなったのかという話」
「調べても壊れているところがないんだもんね。変な話だよ」
そう拓郎が言った途端、俺の中で何かがひらめいた。
ぼんやりとした頭の中でも、何かがおかしいと気付いたのだ。
そうだ、何で勉強もほどほどにして、夜更かしもしておらず、しっかりと7時間も寝ていたのにどうして俺は疲れているんだろう。
最近何か変わったこともないし、1日1日を大切に過ごしているのだ。
いつからこうなのだろう。
頭の中を探っていく。
「あのさ」
「何?」
「俺、いつからこんなふうになってる?」
「いつからかな」
と左腕を肘に付けながら拓郎はしばらく考えいるようだったが、
「もしかして時計がおかしくなった頃からじゃないかな」
「そうなのか?」
俺ははっきりはしないのだが。
「間違いないよ。休み時間に先生のところに頻繁に行くようになったじゃないか。たぶん、よく分からなかったんだろう、授業に集中できなくて」
そう言われると、つい納得してしまう。けれども、ちょっと待てよ。
「俺のこの状況と、時計は何か関係があるのか?」
そうすると拓郎は少し考えていた。
そして、
「もしかして」
拓郎がつぶやいた。
「何か分かったのか」
「実は僕もその日、とても眠かったんだよね」
「眠かった?」
「どっぷり疲れちゃって、布団に入ったらぐっすりだった。今思えば、何であんなに疲れていたんだろう。もしかすると、君と同じようなことが起きていたのかも知れない」
「時計が関係しているのか」
「分からないけど、もう少し調べてみる必要がありそうだね」
拓郎ははっきりと言った。
その日放課後、掃除を終えてから部活動に行こうとしたら、拓郎がやってきた。
「小山君。ちょっといいかな」
「拓郎か。あんまり時間ないんだけどな」
「ごめん、手短に話す。時計がおかしくなった日は誰も休んだ人はいなかったんだけど、その次の日は3人休んでいるんだ」
「3人も?」
「うん、あ、ごめん。後は明日話すから、じゃあね」
「ああ、じゃあな」
俺はカバンを持って教室を出た。そうすると、頭を使った1日の疲れが出てくる。
後は拓郎に任せて、今日はもうこのことについて考えないようにしよう。
その日は、部活動中も、帰宅してからも、気にすることはなかった。
そして、次の日。ホームルームの前に拓郎がやってきた。
「おはよう。じゃあ、昨日の続き話すね。少し長くなるけどいい?」
「大丈夫だ。疲れはだんだん取れていると思うから」
「分かった」
こうして、拓郎は話し始めた。
電波時計が初めておかしくなった日、2年4組の欠席者はいなかった。ところが、その次の日、3人の欠席者がいたのだ。
欠席したのは、江村麻美、田村良二、野々岩一郎だった。
拓郎は2年4組の学級日誌を調べたそうだ。
拓郎は欠席した3人の座席に注目した。
3人は全員、俺や拓郎より前に座っているのだ。
麻美が俺の前、一郎が拓郎の前、そして、良二が麻美と一郎の斜め前に座っている。
図示するとこうだ。
ベランダ 廊下
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良二
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麻美 一郎
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俺 拓郎
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電波時計が初めておかしくなった次の日に休んだ3人は全員廊下側から3列まで、そして前から2番目までのところに座っている。ちなみに良二の前にその電波時計がある。
その後、麻美、一郎、良二の3人に休んだ時のことを聞いてみると、前の日は元気だったのに、次の日の朝、3人ともよく分からない体のだるさを感じたという。
3人は、その日、つまり初めて電波時計がおかしくなった日に休んだ。
3人ともその日は休んだが、1日しっかり休んで、体調は次の日には回復したそうだ。
以上のことから、俺や拓郎、麻美、良二、一郎の少なくとも5人の謎の疲れは、電波時計が何か関わっていると拓郎は結論付けた。
けれども、証拠がないのだ。証拠がないと、単なる偶然とも考えられる。
一応、福崎先生に今回の一連の推論を伝えることにした。先生は信じられないようであったが、今回のことについては自分も責任があるのではないかと考えていた。
そこで先生に、電波時計と俺達が経験した謎の疲れのことについて、2年4組のクラスの前で説明できるように頼んだ。
先生は学級委員長にも言った上で、説明することを了承してくれた。
俺のクラスの学級委員長は、宮井若葉という女子生徒だ。
友人が多く、いつもその中心にいる。
リーダーシップがあって、クラスの人からは信頼されているほうだ。
ただ強気なところがあって、中には苦手と感じている人もいるらしい。
俺は特に苦手意識はない。
「若葉、ちょっといい?」
昼休み、男女問わずクラスの人と会話している若葉を教室の隅に呼び出した。
話の最中に申し訳ないとその集まりには言った。
「何?」
目の前の若葉は腕を組んでいた。
「実はさ、教室の電波時計のことなんだけど」
電波時計と自分達が経験した(俺は今でも少し疲れているが)謎の疲れについて若葉に説明した。
「なるほど、それで隆久達が説明することになったと言うわけなのね」
相変わらず腕を組みながら、若葉はうなずいた。
「俺の言ってること分かった?」
「まあ信じがたいけど、分かった。みんなの前で言っていいよ」
「ありがとう、助かる」
俺がそう言うと、若葉は会話の中に戻っていった。
そして、その後ホームルームを前に麻美や良二、一郎の協力を得ることができた。
その日の帰りのホームルーム、俺はみんなの前に立って、自分の謎の疲れについて説明した。いつ頃からその疲れが始まったのか、そしてそれがどうもクラスの電波時計がおかしくなったこととその疲れに関係があるようだということも説明した。もちろん、俺の他にも、拓郎や麻美、良二、一郎が謎の疲れを感じているということもみんなに伝えた。
「他にも先週、電波時計がおかしくなった日の当日、またはその次の日以降で、かぜじゃない体のだるさを感じた人はいますか?」
先生が俺の説明を補足してくれた。
クラスの人達は周囲と相談したり、首をかしげながらも考えていたりしているようだった。
しばらくして、数人が手を挙げた。
手を挙げた全員、前から3列目以内の席なのだ。
俺が席を見渡していると、若葉が視界に入った。
彼女の席は、一番後ろのベランダ側にある。
前にいる俺からは一番右端になる。
俺の席からは、斜め左後方といったところだ。
若葉は手を挙げた人を見ていたが、いつもの強気な表情とは違った、少し心配したような顔をしているようだ。




