冷やし中華始めました 。 〜冷やし中華〜
蝉の大合唱が嫌でも耳に入り、ただでさえクソ暑いのに体感温度が更に上がる気がする。
本来ならクーラーの効いた車での行き帰りなのだけど、今日は電車で取引先に向かわなきゃならない事情があり、直帰してもいいってことだったから電車通勤と相成った。
ほんと、久しぶりに電車乗ったわ。田舎だと車ないと詰むから電車とかほとんど乗らないのよね。
地元駅に着いた瞬間、容赦なく照り付ける太陽を見上げ、そういえば日焼け止めが切れそうになっていたことを思い出した。
夜は冷蔵庫にある食材でいいかな。と思ってたけど、まだ時間も16時と早い時間帯だし、日焼け止め購入とついでに晩ご飯に何かいいのないかスーパーに寄って帰宅しよう。そうしよう。
っていうか、スーパーで涼みたい。
何、この地獄の暑さ。
吹き出す汗をハンカチで拭いながら、早足でいつものスーパーへ向かう。スーツで外を歩き回る営業をホントに尊敬するわ。
「今日暑かったじゃない?」
「そうなの? マスミの部屋、いつも丁度いいから知らなかったわ」
人が暑さに耐えかねて、アイスを食べていたところにオリヴィアがやってきた。
アイスの最後の一口を咀嚼して、立ち上がる。ようやく一息ついたと思ってたけど、時間が経つのは早いものだ。
伸びをして、オリヴィアに着替えるようTシャツを渡す。いつ見ても鎧は暑苦しいと思うのよね。
「……地域どころか世界すら違うの忘れてたわ。暑かったのよ、とてつもなく」
何せ外気温板に表示されていた数字が36度とかだったから。
36度ってあれよ? 体温よ? 最早。今年一番の暑さがどうのってさっきニュースでも報道されていたのを見てげんなりしたわ。
そういえばオリヴィアのいるところも夏なのだろうか。
オリヴィアが私の部屋に来るときはいつも革鎧のようなものを着用しているので、利便性重視過ぎて季節感がよくわからない。
っていうか、暑くないのかしら鎧。
豪快に目の前で着脱しているオリヴィアに疑問をぶつけてみる。どうでもいいけど少しくらい羞恥心持ちなさいよ。いくら同性とはいえ。
「オリヴィアの世界は夏じゃないの? その鎧、暑くない?」
「こっちも夏よ。暑いけどダンジョンでは命と直結するもんだし、割り切ってるわ。上階層くらいしか潜らないなら魔力の温存考えなくて済むけど、マスミのとこ来るには37階層まで潜らないとダメだからねー。暑い寒いに魔力使ってらんないし」
「……まあ、よくわからないけど……気を付けて来なさいね?」
久しぶりにファンタジー100%なセリフ聞いてどう反応すればいいのかわからなかった。
まあ、私の動揺なんてオリヴィアは一切気にせずTシャツとハーフジーンズを履いてくるっと回って楽しんでいる。
毎回、回ってポーズ決めてるけど、いらないわよね。その工程。
「どう? マスミ! 似合うかしら!」
「似合う似合う。なんで毎回聞くのよ、あんた……」
「だってマスミに褒めてほしいんだもの!!」
「ああ……そう」
実際問題、オリヴィアはスレンダーで無駄な脂肪がなく、顔もハリウッド女優かというくらい美人なので正直何を着ても似合うし普通に街中で出会ったら見惚れるような気もするのだけど、なんでかしらね。性格が微妙に残念だからか適当にあしらえてしまう。
満面の笑みで褒めてオーラを出してるオリヴィアを普通に褒めて、頭を撫でる。
どうしてか、何かの拍子に頭を撫でちゃったことがあったんだけど、オリヴィアはそれを妙に気に入って。撫でる度に嬉しそうに照れるのがちょっと可愛かったので、それから気が向けばこうしたやり取りをしていたりする。
こういう顔見ると年相応かしらねぇ、なんて感想が浮かんできたけど、自分の年齢を顧みたくないので気の迷いだということにしておく。
オリヴィアが可愛いのは今に始まったことじゃないし、気にしたら負けな気がするし。
最後にオリヴィアの額をぴんっと弾いて、キッチンに向かう。
オリヴィアが来たってことは19時半過ぎてんだし、さっさとご飯作らないとね。
キッチンに入ってエプロンをつける。さて、今日は最初に言った通りそれはもう暑かったので、完全に私の趣向の一品になる……ってことをオリヴィアに言いたかったのにどこで話がそれたのかしら。
「マスミ、マスミ! 今日はどんなご飯なの!」
「日本で暑くなると始まるヤツよ。簡単だしすぐ食べられるから待ってて」
今はタレもいろんなのが出てるけど、個人的にはオーソドックス一択だ。
ゴマだれとかもあるけどね。あれはあれで甘くて美味しいけど、さっぱりしたいなら醤油ベースだと思う。
大きめの鍋に水を張って加熱。麺を茹でるためだから沸騰するまでこのまま置いておく。ザルも出しておこう。
隣のコンロにフライパンを置いてサラダ油を熱していく。
卵は、2個でいっか。卵を溶いて片栗粉を少し入れる。表面が綺麗に出来んのよね。余計な油をふき取ったら溶き卵を薄く入れて、焼けるだけ焼く。薄焼き卵は冷ましたら半分に切って千切りに。
タレは、と。
醤油、お酢、砂糖、塩を混ぜてごま油を少し垂らす。梅肉入れとこうかしら。夏の暑い日に梅はいいわよね。
チューブ梅肉を冷蔵庫から取り出し…………オリヴィアが梅を食べられない可能性もあることに気づいたので梅肉入りと梅肉なしにわけて作る。んー……砂糖もうちょい足して……、これでよし。
野菜は何入れようかしら。
とりあえずトマトは半月切りにして、キュウリは千切り。もやしもあったかしらね。卵を焼いてたフライパンを小鍋に変えてお湯沸かして、もやしを茹でる。しゃきっとした食感が大事だし、茹ですぎないように注意。さっと茹でたら冷水でしめておく。
お肉はササミでいいかな。ツナでもいいけど、あんまりさっぱりしすぎるとオリヴィアが物足りなさそうだし。
ササミをパサつかせないようにするには低温調理が一番と思うのよね。ポットの熱湯を小鍋に入れて、塩を投入。沸騰するまでにササミの筋を取っておいて、沸騰したらササミを入れてすぐに火を止める。
そのまま5分ほど放置。
ずーっと加熱したままだと身が固くなってパサつくんだけど、こうすると冷めてもしっとりしてるのでぜひ試してほしい。……誰に言ってんだろ、私。
沸かしてた大鍋に中華麺を入れる。……どれくらい食べるんだろう、オリヴィア。
今日は白米ないしなぁ。
「……オリヴィア、お腹空いてる?」
「とっても空いてるわよ? え、どうして!? き、今日はあまりないの!?」
「ああ、いや、違う違う。麺どのくらい茹でようかな、と思っただけ。三、四束くらい食べそうね、あんた」
聞いておいてアレだけどいつもの食べっぷりを思い出したので、買ってあった5袋の中華麺を全部湯がくことにする。
そのスレンダーな身体のどこにあれだけの食べ物が入るのかって感じだけど、テレビで見る大食い選手権の人たちもそうだしね。痩せの大食いは意外といると思う。私? 私は普通。
それに探索者? とかいうのは身体が資本みたいだし、食べないとそれこそ生命に直結するのだろう。
平和な日本に住んでる私にはイマイチ理解しづらいことではあるのだけど。
麺を湯がき終わったらザルにあげ、冷水でしめる。同時にササミも出来上がったので同じく冷水でしめて、適当な大きさに手で裂いていく。
麺をしっかり水を切って、お皿に盛りつけ。キュウリ、卵、トマト、もやし、ササミを上に乗せれば。
「かんせーい。冷やし中華。タレは好きな方あとでかけてね」
「なにこれ凄く綺麗! ヒヤシチューカ? マスミの作るご飯はいつもきらきらしてて、とても素敵!!」
目を輝かせて冷やし中華を大絶賛するオリヴィアが微笑ましい。
確かに冷やし中華は上に乗せる具材次第で見栄えがとても変わる。赤に黄色に緑ってのは彩りとして映えるし、見た目にも楽しめると思う。
ただまあ、私はプロじゃないし、家庭で作る割と簡単目の冷やし中華なのでオリヴィアの称賛はこそばゆ過ぎるんだけども。
テーブルに冷やし中華とお茶と、冷蔵庫にストックしてた冷や奴を出して晩ご飯は完成。
オリヴィア用にフォークも用意して、二人で手を合わせていただきます、と。
「マスミ……これ、どうやって食べるのが正解なの?」
「麺と上の具材を一緒に食べればいいわよ? ああ、その前にこれかけてね」
「これはどう違うのかしら?」
「片方は梅肉入ってんのよ。結構酸っぱいから味見して好きな方かけるといいわ」
タレを入れた容器を見て不思議そうな顔をしているオリヴィアに見本を見せる。
そういや最近は全部出来上がった状態で、あとからソースかけたりとかするもの出してなかったから、こうやってどうやって食べるのか教えるのとか久しぶりな気がする。
梅肉なしのタレをかけて、フォークで中華麺を巻きながら幸せそうに食べているオリヴィアを見てそんなことを考える。
「んぅ? マスミ? アタシの顔に何かついてる?」
「いや、別に。ちょっとアンタと会った時のこと思い出してただけ」
「う゛…………あ、あのときは、ごめんなさい……」
「もう気にしてないわよ。懐かしいなって思ってね」
しょんぼりと頭を垂れて申し訳なさそうに謝るオリヴィアにそういうつもりじゃないと訂正する。
だって、今はこうしてオリヴィアにご飯を作って食べさせるの、楽しみにしてる私がいるのだから。
苦笑して、食べなさいなとオリヴィアを促す。
食事は楽しんで食べんのが一番だからね。
……ホント、絆されたもんだわ。最初は出会いも印象も最悪だったのにねぇ。
冷やし中華(二人分)
トマト小2個・もやし1袋・きゅうり1本・ササミ3本・卵2個・中華麺2玉
片栗粉小さじ1/2(薄焼き卵に混ぜる用)・サラダ油大さじ1
タレ
梅肉(チューブ可)好みで・お酢大さじ3~4・砂糖小さじ4・塩少々・醤油小さじ1~2・大さじ1~2