なすまつり 〜麻婆茄子〜
「あー……夏だもんねぇ……」
職場の給湯室にこんもりと置かれた様々な夏野菜を前に、そんな当たり前の感想しか抱けなかったのは田舎住みなら仕方のないことだと思って欲しい。
私の働いている職場は、一部上場企業の田舎支店に当たる。社内人数は事務営業合わせて15人ほど。もちろん本社と合わせるとバカみたいな数にはなるんだけど。基本的に支店にいると本社と交流することも少ないし、若干中小企業のような小ぢんまりした支店だ。
給料はそれなりで休みもそれなり。でもまあ、月2回はあるし正月休みもあるし、有給は普通に使えるからそこそこマシな企業だとは思う。
と、まあそんな田舎であるが故に、実家が農家だとか知人が共済で働いているだとか、そういう社員が多い。
都会の人はないのかもしれないけど、その時期その時期で私たちは色んなところから野菜なり果物なりをすごくお裾分けされるのだ。
因みに私も祖父母が趣味で自家栽培をしていて、毎年スーパーで売ってる2倍の大きさのスイカだとかキュウリだとかをいっぱい貰う。
すごくありがたいし美味しいんだけど、何分私は一人暮らし。会社の同僚たちも夫婦二人だとか私みたいに独身という人間が多い。
そうなると、必然的にもらった分は消費しきれなくなり、消費できなくなった野菜果物の行き場所は。
「バザーみたいよね、毎度のことながら」
みんな会社に持ち寄って、家にない食材を持ち帰るという風習が生まれたわけだ。
もちろん知人に野菜や果物を作っていない社員もいる。そういった人は気を使うのか、結構お菓子とかを持ってきてくれたりする。
支社長は釣りが趣味なので釣った来た魚を捌いてみんなにわけてくれたりね。
この間くれたサバ美味しかったなぁ。
給湯室に置かれたコンテナの中には、トマトにキュウリ、トウモロコシにししとうなど夏野菜がこれでもか! というほど入っている。
たまたまだろうけど、持ち寄りが何人か被ったのだろう。
因みに私の手にもスイカがある。おじいちゃんが張り切ってふたつも持たせてくれた。ひとつは母と半分こしてわけたけど、さすがに1個半も食べきれないので会社にこうして持ってきたのだ。重かった。
幸いにもスイカは被ってなさそうだし、昼休憩になったら切り分けてみんなで食べよう。あまったら早い者勝ちでお持ち帰りである。
「あら、三柳ちゃんもなんか持ってきたの?」
「あ、おはようございます。佐越さん。私はスイカです」
「スイカ! 今年まだスイカは食べてなかったのよ~。わたしは茄子持ってきたわ」
「いいですね、茄子。…………すごい量ですね?」
「植えてたのが見事に実ってねえ。これでも収穫したの半分なのよ」
空のコンテナを新しく用意してスイカを入れていると、先輩の佐越さんも出勤してきたらしい。
言葉の通り、両手に茄子がぎっしりと詰まった袋を持っている。重かったわー、と私がスイカを入れた横に茄子を袋ごとどさっと入れる。
肝っ玉母さんといった風貌の佐越さんはうちの支店のお母さんみたいな人で、私も何かとお世話になっている。スイカ余ったら優先的に持って帰ってもらおう。確かお子さんがまだ小学生だったはずだし。
というわけで、今私の手には茄子が大量にある。
一人分でよかったんだけど、帰りにみんなで分けてるときにちらっとオリヴィアのことが頭を過ぎったのがまずかった。
妙に聡い佐越さんに「いいから持ってきなさい!」と半ば強引に色んな野菜を持たされてしまったのだ。
トマトやキュウリはおじいちゃんにもらったものがあるからと辞退は出来たけど、ぐっと私にだけ見えるように親指を立てて笑いかけてきた佐越さんは何かを誤解していると思う。
思うんだけど否定してもたぶん聞いてくれないし、オリヴィアの説明も難しいし、曖昧に笑ってそそくさと会社を後にした。
「……ってわけだから、茄子のフルコースよ今日は」
「ナス? この紫色してるのって食べ物なの!?」
「食べ物以外の何に…………よく考えると紫色の食べ物って知らない人から見たら怖いのかしら」
「基本的に紫ってポイズン系のバッドステータス引き起こすわ」
オリヴィアの世界には紫色の食材はないらしい。
しかし紫で毒ってまた安直な……。ってことは、葡萄とかも毒に見えるのかしら。
今度見せてみよう。
「んー……気になるなら別のもの使うけど」
「……マスミはそれを食べるのでしょう?」
「うん。茄子好きだからね」
「ならアタシも食べるわ! マスミの作る料理に間違いはないもの!」
ぐっと両拳を握って決意を固めるオリヴィアに、逆に不安になる。
間違いないって私も失敗することはあるんだけど……。しかも茄子って好き嫌いあるから一概にみんな美味しいと思うとは限らないんだけどね。
まあ、わざわざ否定することもないから茄子料理でいかせてもらうけど。
万が一を考えて、別のものも視野に入れておいてあげよう。
あー、私優しいー。……カップ麺あったかな。
「アタシ食べるからね? なんか雑なこと考えてない? マスミ」
「気のせい気のせい。ほら、作るから離れてて」
変に勘の鋭いオリヴィアをキッチンから追い出して、エプロンを装着する。
さて、何を作ろうかしら。
とりあえずアルミホイルを取り出して、トースターに乗せる。千両茄子を選んでヘタを落とさないよう浅く切り込みを入れて、縦にも浅く包丁を入れておく。二本をアルミの上に乗せて約15分加熱。あとは放っておく。焼き茄子は簡単で好き。
ミンチ肉あったかしら。あったあった。冷凍してた豚ミンチをレンジで解凍。
白ネギと生姜をみじん切りにして、ピーマンは一口大に切っておく。
茄子もヘタを取って一口大に切ったら、水を張ったボールにさらす。灰汁が結構出るからね。
「ナスって中は白いのね」
「うん。ああ、そっか。中も紫だったら確かに食べる気しないかも」
ん? でも紫芋とか紫キャベツとかは美味しそうって思うし一概には言えないかも。先入観かしらね。価値観の違い?
興味深そうにオリヴィアが私の手元を見つめてる。まあ、いつものことだし気にしない。
フライパンを取り出して、ちょっと多めの油を入れて170度くらいまで加熱。茄子はキッチンペーパーで水気を取ったらピーマンと一緒に片栗粉をまぶしておく。油通しするととても美味しく仕上がるので、このひと手間は外さない。
フライパンをもう一つ出して、ごま油を引いたら白ネギと生姜のみじん切りを入れ、軽く炒めたら解凍の終わった豚ミンチを入れる。
豚ミンチがほんのり色づいてき始めたら、甜面醤と豆板醤、チューブにんにくを追加して焦がさないよう炒める。
その間に揚げ油がいい温度になったので茄子とピーマンを揚げていく。平行作業は時短の基本。
揚げ泡が細かくなってきたら取り出して、紙タオルにとって油をきっておく。
分離した油が赤く透き通ってきたら、鶏がらスープの素をお湯で溶いて、茄子とピーマンと一緒にフライパンへ。
うん、いい匂い。
オリビアもそろそろ出来上がりが近いのが分かったのか、身を乗り出して楽しそうに私の手元を見ている。
あとはしょうゆと料理酒と砂糖で味を調えて、と。
そういえば、今更だけどオリヴィアってピーマン食べれるのかしら。私はこの苦みが結構好きなんだけど、大人でもピーマンが苦手という人は多い。
ピーマンを一かけら箸に摘まみ、オリヴィアに差し出してみる。
「あーん」
「え……え? ど、どうしたの? マスミ」
「いいからちょっと食べてみて。コレ苦いっつって苦手な人もいるの忘れてたのよ」
今まで調理途中のものを食べさせるようなことをしたことがなかったからか、やたらと動揺してるけど気にせずオリヴィアの口にピーマンを押し込む。
「どう? オリヴィア。食べられる?」
「……もうちょっといい雰囲気みたいなのが欲しかったわ」
「何言ってんの?」
「何でもない。っていうか、すっごく美味しい。ピリっとするんだけど、嫌な辛さじゃなくて後を引くし食感もとても好き。全然苦くなんてない……ものすごく美味しいわ!」
「ならよかった。じゃあこのまま仕上げるわね」
「あ、ちょっと、そうじゃなくて、マスミ。さっきの後でもう一回……」
「何ー? 聞こえないわよ。後で聞くから」
何やらそのあともぶつぶつと言ってたけど、炒める音で聞こえないので放置。味が問題ないならそれでいい。
大方混ざったら、水溶き片栗粉でとろみをつけて最後に強火で炒めたら完成、っと。
トースターの方もとっくにチンっと音が鳴って出来上がっていたので、焦げた皮をむいて器に盛りつける。
生姜と鰹節を添えて、醤油をかけて、焼き茄子もオッケー。
「出来たわよ。焼き茄子と麻婆茄子。ご飯よそうけど、オリヴィアは……」
「アタシ、大盛りで!」
「はいはい。ホントご飯の消費量増えたわ」
まあ、食費なのかなんなのか、向こうで採れるらしい鉱物とかをくれるんだけど。
綺麗に指輪とかブレスレットに加工してくれるから、価値が不明だけどくれるものはありがたく貰ってる。
そういえばあの指輪貰ってから体調がいい気がするけど、パワーストーンみたいなもんだったのかしらね。
病は気からっていうし、そういうの大事だとは思う。
「ねえ、マスミ。さっきのもう一回して!」
「さっきの? どれよ」
「あーんって」
「なんでよ? フォークもスプーンもあるでしょ。アホなこと言ってないで食べるわよ。お腹空いたんだから」
テーブルに全部運んで椅子に座ったところで、満面の笑みでオリヴィアが意味不明な要望を持ち出してきたけど一笑に付しておく。
年上を揶揄って遊びたい年頃なのかもしれないけど、素直に揶揄われるほど若くないのよ。
適当にあしらって手を合わせて、頂きます。というと、オリヴィアも慌てて手を合わせて食前の祈りを行って、フォークを取った。
うん、久しぶりに作ったけど我ながら会心の出来。
辛みはちょうどいいし、茄子も外側はしっかりして中は柔らか。やっぱり油通しってするのとしないでは全然違うわね。
「オリヴィア、美味しい?」
「ええ! とっても! あの紫色の食材がこんなにジューシーで美味しいなんてビックリよ。このお肉も辛みとのバランスがとてもいいわ。オコメともすごく合うの! さすがマスミね!」
「褒めすぎよ。まあ、ありがと」
褒められて悪い気はしない。
さっきまでむくれていたのに、麻婆茄子を口に入れた瞬間目を輝かせてパクつくオリヴィアを見ながら、あとの茄子はどうしようかなあと思考を巡らせた。
麻婆茄子(二人分)
千両茄子2個・ピーマン2個・豚ミンチ80g・白ネギ1/2本・
生姜大さじ1・にんにく大さじ1/2・甜麺醤大さじ1・豆板醤大さじ1・鶏がらスープの素100ml・片栗粉適量(まぶす用と水溶き用)
料理酒大さじ1/2・醤油大さじ1・砂糖小さじ1
焼き茄子(二人分)
千両茄子2本・生姜(好みで)・鰹節(好みで)・醤油(好みで)