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素材不明の中華料理 〜回鍋肉〜

 目の前の食材……たぶん食材に対して、さてどうしたもんかと頭を(ひね)る。

 いや、ほんとにこれはどうするのが正解なのかしらね。っていうか、そもそもコレ何に該当するの? 鳥? 豚?

 見慣れない形状の、皮を剥いで下処理をしただけという何らかの生き物の亡骸を睨んでみても何も進展しないことはわかっているのだけれど、睨むくらいしか今は出来ないのだから仕方ない。


 ……まあ、オリヴィアが戻ってくるまでの十数分ほどのことなんだけど。


 いつものように風呂場から落ちてきて、満面の笑みで私にこの食材かっこ仮かっこ閉じるを差し出してきたオリヴィアは、なんというかいつもある程度汚れてるけど今日は一段と酷かった。

 ダンジョン探索とやらを生業として魔物と切った張ったをしているから、汚れるのが当たり前なのはとりあえず理解できたのだけれど、綺麗好きといわれる日本人的に許容範囲を超えた。

 食材と思われる何かを受け取って、即刻オリヴィアを脱衣所へ叩き返したのは数分前。シャワーの使い方を教えて、決して無駄に遊ばないように念押しして体を洗うように言いくるめて風呂場へ放り込んだ。


 とりあえずオリヴィアが戻ってくるまで適切な処理の仕方がわからないから冷蔵庫に入れとけばいいわよね。

 万が一食材じゃなかった場合でも最悪冷えてるってだけだから、まあ大丈夫だと思う。

 

 うん、と一人納得して冷蔵庫に入れて、代わりに野菜室からトマトとレタスを取り出す。

 たぶんメインになる肉が何肉か不明だから調理が迷走する可能性もあるし、今日はスープだけ先に作っておくことにした。


 まな板と包丁を取り出して、まず野菜を下処理。トマトはヘタを落としてくし切りに。レタスは四分の一個くらいでいいかな。大体一口サイズのざく切りにしておく。

 鍋を用意して、水と切ったトマトを入れて火にかける。しばらくすると湯剥きしたように皮が取れるのでその皮をつまんで除去。皮が取れたら万能中華調味料を入れる。

 沸騰してきたら、レタスを投入。くたくたになるまでが好きならしばらく煮詰めるけど、ある程度食感ある方が私は好みなので色鮮やかになったくらいで弱火にする。

 味見。……んー………………やっぱもう一味いれようかしら。醤油と塩胡椒で味を調えて、最後にごま油を少々。ごま油は入れすぎるとクドくなるからほんとに少しだけね。

 卵を溶いて、と。くるっと鍋に回し入れてそのまま卵がふわっと固まるまで加熱。

 ごま油がいい香りして食欲をそそる。最後にもう一回味見して、と。うん、美味しい。


 出来上がりに納得して頷いたところで、いきおいよくドアを開けてオリヴィアが入ってきた。


「マスミ、何作ったの! ものすごくお腹が空く匂いするんだけど!」

「スープよ。ちゃんと髪拭いた? ドライヤー使うなら貸すわよ」

「……アレ苦手なんだもの。あとでマスミやって?」

「はいはい。じゃあ食べ終わったらね。しっかり水気だけは拭き取っておくのよ」


 目をキラキラさせて、スープを作ってる私に抱き着いてきたオリヴィアを適当にあしらう。

 作り終わったのを確認して抱き着いてきてるから、まあ邪魔にはなってないしいいんだけど、この子ほんとにスキンシップ過多よね。若い頃って私もそうだったかしら……。

 甘えてるのか、首筋にすり寄られるとくすぐったかったので、オリヴィアの持ってたタオルで頭をわしわしと撫で拭いて離れるようにテーブルを指さした。なぜか嬉しそうに笑ってるけど、いいから頭拭きなさい。風邪引いたら笑うわよ。


 オリヴィアが私から離れて髪を拭いてるのを確認したところで、冷蔵庫にいれておいた謎肉を取り出す。

 たぶんメインに使ってほしいってことだと思うのよ。

 とにかく、調理方法も何が適しているかわからないし、そもそも実は食材だとも言われてないのでオリヴィアに結局これはなんなのか確かめることにした。


「で、オリヴィア。これ、なに」

「トワイツホビラトよ! めったにいないんだけどね、31階層で見つけたの。マスミに食べさせたくて久しぶりに本気出して狩ったわ!」


 逃げるスピードめちゃくちゃ速いのよ、と謎肉を捕まえた時のことを力説し始める。

 いや、うん。とりあえず希少なものだとは理解したけど、ちょっと待ってね。


「トワ……なに? もういっかい」

「トワイツホビラト。ダンジョンにしかいない魔物でね、銀貨10枚もするんだけど美味しいの! ドラゴミートには負けるけど柔らかくてねー。あ、でもこの辺りはパサパサであんまり好きじゃないんだけど。マスミならきっととっても美味しい料理にしてくれると思って! 丸ごと持ってきたの!」


 期待の眼差しが眩しい。

 とりあえず謎肉は食用で合ってたのはわかったけど、名前を聞いても結局何肉なのかわからなかった。

 何、トワイツ……なんとかって。

 ちらっと魔物とか聞こえたけど、聞かなかったことにする。これは肉。食肉。

 そもそも私は一般的なOLなので食肉の丸ごとの形状って鳥くらいしか見たことがないから、私が知らないだけかと思ってたけど完全に異世界の生き物だった。そりゃわかんないわ。

 そしてわからないから調理も何に向いているのかわからない。とりあえずちょっとだけ焼いてみて……味見してから決めよう、かな。


 そうと決めたら出刃包丁を用意。まな板はさっきトマト切ったからさっと洗っておく。

 少しだけそぎ切りにしてフライパンにサラダ油をひいて加熱。何やらキラキラした視線を感じるからオリヴィアの分もひとくち切っておく。


「因みにオリヴィアの世界(とこ)だとコレどうやって食べるの?」

「…………焼く?」

「え、素焼き?」

「マスミみたいに色んな方法知ってるヤツなんていないもの。こっちだと焼くか茹でるかくらいよ? アタシもそれくらいしか知らなかったし」


 あっけらかんと言い放つオリヴィアに改めてカルチャーショックを覚える。

 焼くか茹でるかしか調理法がなくて調味料も高価で電子機器もない……そりゃオリヴィアが私の料理絶賛するわけだわ。

 改めてオリヴィアの世界との違いを感じて納得したところで、そぎ切りにした謎肉をフライパンで焼いていく。

 シンプルに塩コショウのみでいいかしらね。

 軽く塩コショウを振って両面に焼き色がつくまで焼いていく。お肉から油が滴って、ふわっと室内に焼けたお肉のいい匂いが充満していく。うん、確かにこれは美味しそう。

 程よく焼けたところでお皿にあげて、オリヴィアにも手渡す。味見だから一切れだけね、と伝えて同時にぱくりと一口で。


「美味しい~……マスミが焼いてくれた方が断然美味しいー……。同じように焼いただけなのになんで~……」

「……塩コショウしたから? かしら」


 噛みしめるように味わってるオリヴィアに適当に答えて、咀嚼する。うん、確かに美味しい。

 美味しいけど、わかった。

 これあれだわ。豚肉と似た味がする。

 一切れを食べ終わって残念そうにまな板の上の生肉を見つめてるオリヴィアは置いておいて、頭の中でメニューを考える。

 このまま焼肉でもぶっちゃけ美味しそうなんだけど、せっかくオリヴィアがこっちにわざわざ持ってきてくれたものだし、何かしら作ってあげたい。

 豚カツ、生姜焼き、豚丼、トンテキ…………。


「あ。回鍋肉(ホイコーロー)にしよ」


 いろいろメニューを考えてみたけど、中華スープを作ってあったのを思い出した。

 中華括りにしよう、うん。中華はオリヴィアの世界には絶対ないものだろうしね。

 そうと決まればこの謎肉を…………。


「……オリヴィア、解体って出来る?」

「まかせて!」


 普段スーパーでパック肉を買ってるOLが丸一匹を部位ごとに解体とか出来るわけがない。

 適材適所。出刃包丁を貸そうかと申し出たら、大丈夫! と張り切ってバッグパックから解体用ナイフを取り出したオリヴィアに丸投げする。

 大き目のまな板をふたつほど渡して、リビングのテーブルで事に当たってもらうことにした。


 その間に私は合わせ調味料を準備。

 甜麺醤(テンメンジャン)豆板醤(トウバンジャン)紹興酒(しょうこうしゅ)……はないから料理酒。砂糖、醤油、お味噌をお椀に入れて全て混ぜる。

 味噌とチューブにんにくが若干混ぜづらいけど根気よくダマにならないように。

 よし、完成。


 合わせ調味料が出来たら、野菜の準備。

 オリヴィアはまだ解体中だし、小さめのまな板を用意して、ピーマンとー……色合いにパプリカもいれようかしらね。種を取って、一口サイズに乱切りにする。

 長ネギは斜めに包丁を入れて1センチほどの厚さに切りそろえる。今回は白い部分だけだから、あとはラップで包んで野菜室へ戻しておく。こういうのっていい保存方法何かあるのかしらね。とりあえず残りは明日使おう。傷む前に使い切れば大丈夫でしょ。

 キャベツは一口サイズ。……野菜多め美味しいわよね。気持ちキャベツは多めに切っておく。芯は薄くスライスすると火が通りやすくなるので、芯も捨てずに切っておく。


「出来たわ! 完璧よマスミ!!」

「ありがと、オリヴィア。そしたらこっちへ…………多くない!?」


 キャベツを切り終わったところでオリヴィアが物凄くいい笑顔で解体が終わったと知らせてくれた。

 改めて切り分けてくれた肉を見ると量がすごい。

 若干質量に圧倒されたけど、とりあえず今日使う分だけ貰ってあとは冷凍しとくことにする。こんなに一気に食べらんないもの。


 ロース部分、かな。おそらくロースに当たる個所をオリヴィアに見繕ってもらって塊を切り分ける。

 スライスして、…………全部切ろ。オリヴィアかなり食べるだろうし。

 潔く塊をすべてスライスにし終わったら、フライパンを火にかけてサラダ油を馴染ませる。ちょっとだけごま油も入れると風味が良くて好き。

 中火でロース肉を炒めていく。ある程度色づいてきたら長ネギとキャベツを投入。キャベツがしんなりするまで炒める。


「ねえねえ、マスミ。トワイツホビラトで何を作ってくれるの?」


 解体用ナイフを研いで片づけたオリヴィアが、興味津々といった様子で私の調理を覗き見る。

 オリヴィアの世界(とこ)では焼くだけって言ってたものね。野菜と炒めてるのすら不思議なのかもしれない。


回鍋肉(ホイコーロー)っていう中華料理よ。ちょっと辛いけど、麻婆食べてたし平気だと思う」

「マーボー! あれ美味しかったわ! 辛いのが後をひくのよね!」


 目を輝かせていつぞやの麻婆茄子がいかに美味しかったかを語りだしたオリヴィアに苦笑する。

 これだけ絶賛してくれるのは作り手冥利に尽きるというか、嬉しいけどちょっと照れくさいわね。

 ちょっと赤くなった頬を誤魔化すように、また作ってあげるわと約束をして手を動かす。


 あ、スープの小鍋も火を入れておかなきゃ。今火にかければちょうどいいでしょ。

 キャベツがしんなりしてきたら、ピーマンとパプリカを入れる。

 あとはピーマンとパプリカもしんなりするまで火を通して、作ってあった合わせ調味料を回し掛けて、と。

 ここからは強火に変更して、調味料と具材を絡めるように炒めていく。

 最後に水溶き片栗粉を入れれば。


「出来たわよ。スープも温まったし、すぐよそうわね」

「やったあ! 待ってました! もうさっきからいい匂いしすぎなんだものー! あっゴハン大盛りにしてね!!」

「わかってるわよ。回鍋肉も多めにしてあげるから」

「マスミ愛してる!!」

「やっすいわね、アンタの愛」


 軽口を叩きながらテーブルへ移動する。安くないわよ! と叫んでるオリヴィアはさて置いて料理を運んで席に着く。私が席に着くと素直に座るから面白いわよね……。

 三人前はありそうな量を前にしてキラキラと目を輝かせて食前の祈りを済ませたオリヴィアにフォークを渡して、私も箸を持つ。


「さてと、それじゃいただきます」

「いただきます!」


 キャベツとトワなんとか肉を一緒に一口。お肉の脂身の甘さと豆板醤のピリっとした辛みが絶妙。久しぶりに作ったけど我ながら美味。

 うん、と頷いてオリヴィアを見るとすごい勢いで食べていた。まあ、確かにご飯進むのわかるけど、えっと、ぶっちゃけ潔くどんぶりに入れてたんだけど……底見えてきてない? あんたは大食い選手権にでも出てるのか。


「…………おかわりいる?」

「いるー! オコメと物凄くあうわ、このホイコーローっていう料理!! トワイツホビラトにタレが絡んで甘辛いのが食欲そそるし! 赤いこの野菜は緑のより苦みが少なくて、マスミの作る料理はいつも美味しいけど今日もとても美味しいわ! あ、ホイコーローまだあるかしら?」

「多めに作っておいてよかったわ……」


 三人前くらいは瞬殺されて、炊いていたご飯も五合が綺麗になくなった。

 ……気に入ってくれたみたいで何よりデス。

中華スープ(二人分)

トマト小1個・レタス4分の1個・卵1個

万能中華調味料(味覇)大さじ2~3・醤油大さじ1・塩コショウ少々・ごま油数滴

回鍋肉(二人分)

豚肩ロース150g・キャベツ8分の1個・ピーマン2個・パプリカ2個・長ネギ4分の1本

甜麺醤大さじ1~2・豆板醤小さじ1・料理酒大さじ1・砂糖小さじ1・醤油小さじ1・味噌大さじ1/2・チューブにんにく2cm・水溶き片栗粉適量

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